第6話幼年期 5
「大量大量」
前世ーースカーレット・オーギュスの記憶を思い出して二年が過ぎ、7歳になったスカーレットは鼻歌混じりに森を歩いていた。
スカートではなく男の子が着るズボンを履いて。
癖毛にうねる赤い髪は首の付け根で無造作に一つに紐で縛って、肩には後ろ脚を蔓で縛った逆さまの兎を三羽掛け、逆の手の先にはスカーレットと大して大きさの変わらない猪が縄で縛られた状態で引きずられている。
小柄な10歳にも満たない少女が自身と同じ大きさの猪を引きずっている光景は見慣れない人間が見ればさぞかし異様だろう。
スカーレットの周り、村の人間たちにとってはすでに見慣れたいつもの光景になってしまっているが……。
村の入口まで戻ると、知らない人間がポカンと口を開けてこちらを見ていた。
役人らしき小綺麗な出で立ちの大人の男二人。
傍らには痩せっぽちの驢馬が二頭。
スカーレットはそれを見て、近くの町の役人かな?と想定した。大きな街やこの辺りを収める領主に直接仕えるような者たちではないと思われる。
それならもう少しマシな驢馬や馬を使わせてもらえるだろうから。
後で考えてみれば、知らない人間に気づいた時点で道を戻るなり隠れていなくなったのを確認してから戻るべきだった。
けれども村の人間はもはや野生児に限りなく近い農家の少女が猪の一頭や二頭を引きずって歩いていてもおすそ分けで夕飯のおかずが豪華になることを喜ぶことしかしない。
もはや慣れ切っているから。
スカーレット自身も周りがそんなだから自身が端から見れば奇異な、というかありえない真似をしているという自覚が薄い。
100年前の時も今と同じ7歳で猪くらいは狩れた。
あの時のスカーレットは一応下級とはいえ貴族のご令嬢というヤツだったが、所詮は爵位と領地があるだけの貧乏な子爵家だった。
「領地があるなら税収があるだろう」
昔、そうのたまった馬鹿がいた。
返事は口ではなく拳で返した。
領地の税収で優雅に暮らしていけるのは豊かな広い領地を持ち、しっかりと土地の収穫があったり特産品があったりする領地の主である。
それはほとんどが上位貴族が占めている。
稀に下級の子爵家や男爵家であっても立地条件がよろしかったり領主に経済的な手腕があったりすればそこそこ上手く儲けている家はある。
あるにはあるが、稀である。
少なくともスカーレットの家は領地は山と森に囲まれた田舎で、畑に出来る土地も少なければ、特産品といったものもなかった。
ついでに言えば特産品を作り上げるだけの資金も知恵もコネも流通させるための交通の便もなかった。
税収は常に雀の涙。
そこから領地の運営と国への税金に金を出すのだけれどまあ毎年赤字で母親はくつろい物で小銭を稼いでいたし、早くに死んだ兄は兵士として出稼ぎで稼いでいた。兄の仕送りは家計としてずいぶん大きくて、おかげで兄が死んだ後、スカーレットが軍属になり金を稼ぐことになったのだが……。
話が逸れた。
とにかくスカーレットの家は貧乏で、貴族だからと優雅にお茶会だの夜会だの言っていられなかった。その日のごはんも父やスカーレットが狩りや山や森の恵みで調達していたのだ。
もっとも父はスカーレットと違って魔力の多い人ではなかったから、あまり狩りの役には立たなかったけれど。
そんな前世のこともあって、スカーレットの中では自分が「いや、普通ムリだよね?おかしいよね?なんでそんな軽々と猪引きずってんの?」と言われることをしているつもりはなかった。
だがスカーレットは7歳で女の子でしかも平民だった。
スカーレットにとって魔力はあって当たり前で、身体を魔力で強化することも当たり前で。
あまりにも当たり前だったから、何も考えずに使っていた。
平民は魔力を持たないか少ない。
あっても使い方も知らない。
増やし方も知らない。
何故なら貴族が自分たちの優位性を保つために秘匿しているから。
もしも流した者は例えそれが上位の貴族でも厳罰に処される。
それは頭の片隅に知識としてはあったはずだけれど忘れていた。
だから自分が魔力を、しかも前世と大差がないだけの質と量を持つことも当たり前に受け入れていたし、それを前世の知識で増やすことも使うことも当たり前に行っていた。
覚えていれば、警戒していれば、ああはならなかったかも知れない。後になってそうは思うけれど、後悔もするけれど。
この時は自分でも不思議なほど何も考えなかった。
男たちがもっと上の役人であればもしかしたら少しは考えていたのかも知れないが。
スカーレットは何も考えずに、トコトコと軽い足取りで村の入口まで来ると、元気に「こんにちは!」と男たちに挨拶した。
ついでに男たちの対応をしていた村のおっちゃんに「後で家におすそ分け持ってくからね!」と笑って宣言した。
7日後。
村に見知らぬ大人たちがやってきてこう言った。
「この村に魔力を持つ子供がいるはずだ!その子供を出せ!」
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