第7話 私の心の安定剤


 ~神の国、アインドロール~


 帰還したシェリルと、リアムの足は自然と神の国の女神でシェリルの母であるルシアの元へ向かっていた。が、部屋の前で警備隊にそれを阻まれた。


「どきなさい!私は、お母様とお話があるの!!」


「今は、ルシア様はとても重要な会議をしているんです!」


「娘の私でも入れないの?!」


「例え、シェリル様でも通すなと言われております」


「どーしても、話したいことがあるの!!」


 そこに、マーガレットが現れた。彼女は、時々その戦闘力を買われ城の警備や、シェリルの身の回りのお世話をしていた。


「ちょうどいい所に来てくれたわ!!マーガレットからも言って!!!私には、フィアンセなんて必要ないわ!って」


「それは・・・出来ません」


「え?」


 マーガレットは、少し悲しそうな表情を浮かばせてこう続けた。


「ルシア様からの伝言です。『あなたに拒否権なんてない。あなたは、ただ言うことを聞いてればいいの』だ、そうです」


「・・・そんな」


 彼女は、その場から膝から崩れていた。


「姫様・・・ここでは、目立ちます。お部屋まで私がお送りいたします」


 リアムが、手を差し伸べるがシェリルは彼の手を払う。


「自分で、歩けます」


 そのまま、部屋に走って向かうシェリルをマーガレットが後を追うのだ。リアムは、払われた手が軽くジンジンとしていた。


「りるちゃ・・・姫様っ!!ココをお開け下さい」


 シェリルの部屋の扉を何度も叩くマーガレット。しかし、シェリルはけっして扉を開けることはなかった。彼女は、扉に背を向けて体育座りをしながら、涙を流していた。


「私は、お母様にとってなんなの・・・。」


 泣きつかれたのか、彼女はそのまま眠ってしまった。


 ここは、少しシェリルの夢の話しをしよう。


 幼少期、彼女の憧れはオリビアだった。強くて、いつも凛としていて、なにより美しかった。神の国の次期女王というだけで、色眼鏡でシェリルを見る学校の友だちという名前の赤の他人。いつも、明るく振る舞いなさい、凛としないさい、そして、強くなりなさい。これが、母ルシアの口癖だった。シェリルは、ルシアの言う通りにしていた。でも、本当はルシアが思っているほど、彼女は心が強くない。


 いつだって、本当は不安と、不満と、悲しさ、辛さ。ありとあらゆる怖いものがシェリルを追い詰めていた。泣きたい時は、笑った。辛い時も、笑った。彼女は笑顔を無理矢理貼り付けて、笑っていた。でも、一人になると必ず涙を流していた。


 誰にも言えないこの悲しみ、苦しみ、不安、襲われる時は必ず笑っていた。


 そんなある日のこと、今見たく部屋の扉に背を向けて体育座りをして泣いていると、目の前のバルコニーからコツンコツンとした音がする。気になって見に行くと、幼少期のチェイスが遊びに来ていた。高さ二メートルぐらいのバルコニーを飛び越えて、彼は彼女に会いに行っていた。


「チェイスくん?」


「今、オリビアから逃げてるんだ・・・かくまって」


 よっと。と、言いながら部屋に入ってくるチェイス。この頃の彼は、まだフードを被っておらずひょっこりとした濃いピンクの耳に何個かピアスが開いていた。


 チェイスは、シェリルの頬に流れる涙を指で拭う。


「なんで泣いてるんだ?」


「あっ!えっと・・・あ、欠伸!!そう、欠伸したの」


 また、いつもの笑顔を貼り付けた。すると、頬にじ~んとした鈍痛が走る。チェイスが、シェリルの頬を引っ張っていたのだ。


「ふぇ?」


「まーた、ムリに笑ってるだろ。なんで、悲しいのに笑うんだ?」


 彼の手から開放されると、シェリルは彼に一言『無理なんてしてないよ』と、下を向いて呟くと。チェイスの温かい手が、彼女の涙で濡れた頬を優しく包み込んだ。


「リルが泣きたい時は、俺が傍にいるから。だから、泣きたい時は泣けばいいし不安とか不満とか、俺が受け止めるから!その不安も全部取り除くから、無理して、笑うな。」


 チェイスが、初めてシェリルの気持ちを理解してくれた気がした。大袈裟な例えかもしれないが、彼女はこの言葉に救われたのだ。


 現実に戻り、シェリルは夢から覚めた。頬を伝う涙と、彼女を襲う不安それだけを残して。その時だ。


 コツンコツン。と、バルコニーの方で音がした。まさか。と、思いシェリルは急いでバルコニーの扉を開いた。すると、そこにはフードを深く被ってこちらに手を振る愛しい人。


「悪いんだけど、今日一日泊まらせてくんね?オリビアの怒りが凄まじくて・・・っ?」


 思わず、彼女はチェイスの胸の中に飛び込んだ。


「本当だ・・・チェイスくんは、私の心の安定剤だぁ・・・」


 涙声の彼女を察して、チェイスは優しく彼女を抱きしめて、頭を撫でてあげた。


「約束しただろ」


「うん!!」


 この時、初めて彼女の中の不安という恐怖から開放された。

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