第2話ミステリー研究会と美少女依頼人①
「ダメだなぁ、和紗くんは」
「はぁ、いきなりのダメ出しですか…………」
放課後、ミステリー研究会の部室で僕に隣りに座っている部長の
「君は女心というものをまったく理解していない!」
「はぁ……女心ですか?」
ミステリー研究会の部室は、俺らが学んでいる教室の半分くらいのスペースで、壁には本棚が備え付けられている。その本棚にはもう入りきらないっていうくらいにミステリー小説が並べられていて、ミステリー小説好きには垂涎ものの環境だ。そして部屋の中央には長テーブルが二つくっ付けて並べられていて、部員はそこについて自分のやりたいことをするのが、基本的な部活のやり方だ。
「そう。今朝の葵ちゃんの心だよ」
「……葵の心ですか……」
やれやれ、妹の心を推察しなければならないとは……俺は朝のことを思い出した。
二度目のギリセーフのあと、俺は着替えを終え、急いでリビングの朝食が並べられているテーブルに着いた。朝食をとりながら、隣りに座っている葵の様子を伺う。葵は俺と目が合った瞬間、ギッっと睨んでぷいっと顔を横に向けた。
うーん、なんだかわからないけど、まだ怒っているようだ。葵は朝食の間も、通学中も、俺と会話すること無く、学校に来てそれぞれの教室に別れた。放課後になった今もまだ何の連絡も無いところをみると、まだ怒っているのだろう。俺としてもこのままほっておくわけにもいかず、何か問題解決の糸口でも掴めないかと部長に相談している。
「確かに、妹がいるのに着替えを始めたことは反省しています。でもそんなに怒るようなことでもないと思うんですけど」
「和紗くん、君は間違えている。考えてもみたまえ、天気の良い、朝の清々しいひと時に、男性の股間を見せられるんだぞ。怒りもするだろう?」
いやいやいや! 間違えているのはあんただろ!
朝っぱらから、妹に股間を見せる兄がどこに居るんだっつーの!
「部長! 誤解を招く発言は止めて下さい! ちゃんとパンツ履いていました!」
「まあ、履いていようがいまいが、この際どちらでもいい」
「よくありません!」
履いてなかったら逮捕レベルの話だ。俺は強く否定したが、部長は俺の否定を聞く様子もなく、身振り手振りを交えながら話を続ける。
「大切なのは、そのときの葵ちゃんの気持ちだ! 例えば、この事象を葵ちゃんの立場に置き換えて想像してみる」
「相手の立場に立って、物を考えてみろってことですね」
「そうだ。……天気の良い、朝の清々しいひと時、自分の目の前にいる女性が突然服を脱ぎ始める………………和紗くん想像したか?」
「はぁ、想像しましたけど…………」
勢いで想像したって答えてしまったけど、現実的にあり得ない事を想像しようにも、何の映像も頭に浮かんで来ない。
「どうだ?」
「どうだって言われましても何とも…………」
「何ともない訳ないだろう」
目尻が下がり、鼻の下を伸ばして何を想像してるのか、部長はにへらっと笑って何とも間の抜けた顔になっている。だが、それを知ってか知らずか、堂々と胸を張り言い切った。
「嬉しいじゃないか!」
ダメだこの人。
細身で、顔の造りもイケメン俳優のように整っていて、女の子にも凄くモテるのだが、大事な話になるとからっきし役に立たない。
部長に相談した俺がバカだった。そんな俺の心の声を、代弁するかのような声が聞こえてきた。
「小早川部長はおバカさんですかぁ〜?」
役に立たない部長に、ほんわかした声でキツイひと言が浴びせかけられた。
「相変わらずキビシイなぁ、知夏ちゃんは」
「いいえ〜、思ったことを言っただけですからぁ〜」
部長に暴言を吐いたのは、ミス研のもう一人の部員、一年生の柳良 知夏(なぎら ちか)。ふんわりした髪が背中まで延び、ほんわかした造りの顔に大きな丸い眼鏡、ほんわかした声で、キツイ言葉の爆弾を投下する後輩だ。
「おや? 何か間違えてたかい? 知夏ちゃん」
「は〜い、全てが間違えてましたぁ〜」
「全部なの?」
「は〜い、全部ですぅ〜」
「全部かぁ」
部長はバツの悪そうな顔をして頭をかいた。そんな部長を気にもとめず、知夏ちゃんは俺に向き直って話を続ける。
「悠先輩が葵ちゃんの前で、着替えを始めたのは問題ありですけどぉ〜、葵ちゃんがこんなに怒っているのって、そのことじゃぁなくってぇ〜。悠先輩がそのあと言った『妹だろって』言葉に怒っているのですぅ〜。わかります?」
「? ちょっとわからないけど…………」
知夏ちゃんは横を向いてふぅっと一度嘆息して、俺の顔を改めて見直して言った。
「悠先輩も、たいがいなおバカさんですねぇ〜」
うわぁー、これだよ、これ!
ほんわかした顔と、ほんわかした声で、キツイこと言われると想像以上にこたえるもんだよな。
「そんなの決まっているじゃないですかぁ〜。それは葵ちゃんが悠先輩のこと………………もがっもがっもがっ」
いつからそこにいたのかは知らないが、葵がすごい形相で走って来て、知夏ちゃんの口を押さえる。
「ち・か・ちゃーん!」
「もがっ、もがっ、もがっ」
「余計なことはいわない!」
葵は今にも射殺しそうな視線で、知夏ちゃんを睨む。
「もがっ、もがっ」
完全に威圧された知夏ちゃんは、葵の言うことに、口を塞がれた状態でうんうんと頷いている。
「あははは……何でもないわよ。今日はただ機嫌が悪かっただけよ」
絶対に違うだろ。
今、おまえがとっている行動と、その乾いた笑い声が、そんな理由では無いことを雄弁に物語ってるじゃないか。でも、まあ、言いたくないんならしゃーねーか。
「そうなのか?」
「そうなの! そんなことより、わたしが昨日頼んでたこと覚えてる?」
ん? 昨日、何か頼まれたっけ? 朝のことがあって全て頭の中から飛んじゃってるぞ。
んーーーーーーと。
「ああ、友達がトラブルに巻き込まれたみたいで、ミス研のみんなに相談にのって欲しいってやつね」
「あんた、もしかして忘れてたんじゃないでしょうね」
俺をギロリと睨みつける。
「あははは……そ、そんなわけあるはずがないじゃないか」
「そう。じゃあ、その子を今呼ぶわね」
葵はスマホを取り出して、依頼人であろう相手と話している。その様子を横目で見ながら、部長が俺に小声で話しかけてくる。
「和紗くん。君の妹の依頼って厄介な事件かな?」
「どうでしょう。俺は依頼の内容を聞いていないので分かりませんが、妹がミス研を頼ってくるってことは普通では考えられないので、多分厄介な方の事件だと思いますよ」
「そうか………………じゃあ私はこれからデートの約束があるので、後のことは任せるよ」
俺は部室から出ようと歩き出した、部長の制服の襟を後ろから掴んで引き止めた。
「部長! 何で逃げようとするんですか!」
「は、離しなさい……和紗くん! 私にはかわいい女の子が待っているんだ!」
必死にもがいて、俺から逃げようとする部長に再び、知夏ちゃんのほんわか声の爆弾が投下される。
「残念でしたぁ〜。その女の子って一年二組の花木さんですよね〜。わたしが昼休みにキャンセルしておきましたぁ〜」
「…………そうなの?」
「は〜いっ」
部長は悲壮な表情で、その場に崩れ落ちる。
「な、なんてことだ。せっかくデートの約束を取り付けたのに……」
「ってぇ、実はそんなにショックでも無いんじゃないですかぁ?」
知夏ちゃんは崩れ落ちている部長に向かって平然と言ってのけた。まあ、部長の女癖の悪さから考えると、妥当な意見だと俺も思う。
「あははは〜、わかった?」
部長は悲壮な顔から一転、軽やかな笑顔で顔を上げた。
「わかりますよぉ〜。どうせ依頼人と会うのがイヤで、デートの予定を入れたんですよねぇ」
「うーん、バレてたか。私はほら、面倒なこと得意じゃないからさ、そこはうちのエースに任せるということでいいんじゃないかと」
なんでそこで俺にふる!
「全然良くないですし、勝手にエースにしないでください!」
「やっぱりダメか」
俺の言葉に、部長は頭をかきながら苦笑いを浮かべた。
コンコン。
話しているうちに依頼人が到着したのだろう。部室の扉を叩く音が鳴った。
「すみません。依頼の予約をした者ですが、入ってよろしいでしょうか?」
「どうぞお入りください」
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