俺と妹が美少女から受けた依頼はストーカー事件ではなかったのか?

ワイルドベリー

第1話殺人犯の手口?

 軽やかな小鳥のさえずりと柔らかな朝日の光、窓から入る爽やかなそよ風がベッドで寝ている俺、和紗かずさ ゆうを心地良い眠りの世界へと誘う。


 ――もう少し寝ていたいな…………。


 木曜日である今日、高校二年生の俺には学校という、個性を埋もれさせるには十分なくらいに、画一的な行動を強制される場所に、登校するって日課があるんだけど、まだこの微睡みの時間を楽しむだけの余裕はあるだろう。

 そんな甘い考えで、ベッドから起き上がることを拒否し続ける俺の耳に、不快な音が入り込んでくる。

 キュッ、キュッ、キュッ……


 ――ん?


 その音は意識を集中していないと聞こえないくらいの小さな音だが、確実にこの部屋へと近づいて来ている。


 ――足音?


 まだハッキリと目覚めていない頭の中に、耳から入ってくる微かな音が俺の脳の働きを徐々に覚醒させていく。


 ――誰だ?


 今、俺の家に居るのは母親と妹だけのはず、父親は出張で一週間前から此処にはいない。普通に考えて、物音を立てずに行動するというのは、大概、良からぬ事を行う場合にとる行動だ。


 そして最後のキュッっていう音が部屋の前で止まった後、部屋のドアがゆっくりと音を立てずに開かれた。

 何者かが音を立てないよう細心の注意を払って部屋に入ってくる。


 ――母親? 妹? それとも外の人物?


 とりあえず、俺は何が起きても対処出来るように身構えておく必要がありそうだ。

 そう考えている間にも、その人物はどんどん寝ている俺に近づいて来る。

 次の瞬間


「あっ!」


 俺はその人物が発した大きな声に反応して、体を窓側の壁に寄せて、上半身を起こした。


 ブスッ!


 ホームセンターとかで売られている家庭用包丁が、一秒も満たないくらい前に、俺が寝ていたベッドに突き立てられた。


「うああああーーーーーーっ!」


 起きるのが一瞬でも遅れれば、俺のお腹のど真ん中に悠然としてその包丁はそびえ立って、朝の陽の光に煌めきながら、真っ赤な飛沫を吹き上げていたことだろう。


 あ、あぶねぇー、ギリセーフだ。


「ごめん! スマホの充電コードに足をひっかけちゃって……えへ」


 ベッドに突き立った包丁から手を放して頬を赤らめて舌をちょぴり出している犯人、いや、俺の妹の和紗かずさ あおいがそこに立っていた。


「えへ、じゃねーよ! これは立派な殺人未遂事件だぞ!」

「だぁっ〜て、こんなところにスマホの充電コードがあるなんて思わなかっただもん。誰だって足をひっかけちゃうわよ」


 今度は少し頬を膨らませて、不満気に答える。葵の足下を見ると、足首に俺のスマホとコードが絡まりついている。

 そういえば昨日、寝る前にスマホを充電しっぱなしで、某動画サイトの動画を観ていて、そのまま寝落ちしてしまったんだっけ。


「いや! 問題なのはそこじゃなくて、物音を立てないように部屋に入って来て、手にした包丁で寝ている俺のお腹をひと突きって、明らかに殺人犯の手口だよね」

「だ・か・ら、ごめんって言ってるじゃない!」


 葵は両手を顔の前で合わせているのだけれど、相変わらず口からでる言葉は不満気で、逆ギレっぽい雰囲気さえある。

 まあ、幸い病院行きって事にはならなかったわけだし、こいつの天然っぷりも今に始まったことじゃない。まぁ、しゃーねーか。


「葵、もういいよ。大体の事は想像がつくしな」

「何の?」

「これの理由だよ」


 俺はそう言いながら、睡眠を貪るにはちょうどいい具合にクッションの効いたベッドに、今だに突き立っている包丁を指差しながら答える。


「ふーん。とりあえず聞いてあげるから言ってみなさいよ」


 なんか上から目線で、すげー腹が立ってきたんですけど。


「じゃあ、よーく聞けよ。手にしていた包丁は、母さんと朝食の準備をしていたからで、慌てて僕を起こしに来た為に置いてくるのを忘れてしまった。それから、物音を立てないように部屋に入ったのは、寝ている俺を驚かそうとしたから」

「だいたいは合ってるわね」

「だろ〜?」

「うざっ!」


 俺の得意げな顔を見て、葵はいっそう不機嫌になった。


「そんな推理、わたしの格好を見れば誰だって解るわよ」


 俺は学校の制服の上に、付けているエプロンに目を移す。とは言うものの、葵は胸が大きい方で(サイズがどれだけなのかは知らないけど)腰で結ばれたエプロンの紐が、やけに大きな胸を強調する形になっていて、目を留めておくには気恥ずかしくて、目線をすぐに上げた。まあ、妹の胸が大きいからって凝視する兄はいないだろうが。


「ま、まあ、そうだな。じゃあ、寝起きドッキリしようとしてたのを当てた理由を聞きたくないか?」

「どーでもいいけど、一応聞いてあげる」


 そう言って葵は、左手にある物を自分の体の後ろに隠した。


 どーでもいいって、ひどくないか?


 俺、もう少しで死んでたかも知れないんだぜ。葵が隠した左手に、わさびのチューブを持っているのは分かっているけど…………なんか癪に障るので、俺はこの生意気な妹に少し意地悪してやることにした。


「それはね…………。顔だよ!」

「えっ、顔って、わたしの顔?」

「そう。そう。葵の顔」


 俺はそう言いながら、意味ありげに含み笑いを浮かべてみせた。


「えっ、えっ、何か変? 何か顔に付いてる?」


 おお、焦ってる、焦ってる。


 葵は慌てて、自分の顔に手を当てゴシゴシ擦っている。髪を後ろに束ねたポニーテールで、二重まぶたのクリッとした目、少し丸顔の葵はずっと一緒に育ってきた僕には感じられないが、他の人から言わせるとかなり可愛いらしい。でも、そんなことを気にも留めていない葵は、頰っぺたを思いっきりゴシゴシするもんだから珍妙な変顔になった。


「ぷっ、あははは〜、違うよ。そうじゃないって」

「ん?」

「俺がおまえの声を聞いて飛び起きたときに顔が合ったよね。その時におまえの目が、ほんの少しだけ泳いだんだよ。目が泳ぐってことは何かやましいことがあるはずで、俺に対して殺意が無いとしたら、考えられるのは寝ている俺を驚かそうとしたってことさ」

「ふーん」

「ふーんって、俺の推理力すごいだろ?」

「まあまあね」

「だろ。なんてったって、ミス研(ミステリー研究会)のエースって言われてるからね」


 俺は学校の部活で、ミステリー研究会に所属してる(正確には同好会なのだが)。そのミス研の部長が、俺のことを次の世代を担うエースと呼んでいる。まあ、その部長自身が一風変わった人なので、その言葉通りに受け止めることは出来ないのだが。


「エースってなに? 野球部のピッチャーじゃないんだから」

「それだけ部員のみんなから期待されているってこと。俺に解けない事件はない! なーんてな」


 俺は左手を腰に当て、右手の人差し指を前に突き出してポーズを決める。そんな俺の姿を見て、葵は小馬鹿にした様に軽くいなした。


「はい、はい。勝手に言ってれば…………。でも、ミス研って、部員が三人だったわよね。三人しかいないのにエースって言われてもね〜」

「それはそうだけど…………」


 葵の言う通り、ミス研の部員は三人しかいないだよなぁ。よく、部活として存続しているものだよ。

 ふと、ベッドの斜め上方にある、机の時計に目をやると七時を過ぎていた。せっかくの微睡みの時間が台無しになったけど、それを理由に学校へ行かないなんてことが出来るはずも無い。

 俺は学校へ行く準備を始める為に、ベッドから立ち上がった。


「……キャッ! な、な、な、何してるのよ!」

「えっ? 何って、着替えだけど」


 パジャマから制服に着替えるために、ズボンを下げた俺を見て、葵は真っ赤になって顔を両手で隠している。


「なんでわたしがいるのに、平気でズボンを下げているのよーー!」

「いや、着替えなきゃ学校に行けないだろ?」

「そういうこと言ってるんじゃないの!」

「じゃあ、何のこと言ってんだよ」

「高校生の女の子がいる前で、堂々とズボンを下げるなんておかしいと思わない!?」

「高校生の女の子って……妹だろ、別に何もおかしくないと思うけど」


 ドスッ!


 葵の前蹴りが俺のお腹にキレイに決まる。俺はそのままベッドに倒れこんだ。


「ぐはっ! うぐっ………………っ」

「妹だろってなによ! わたしだって普通に女子高生なんだからね!」


 バタン!


 お腹を押さえてうずくまっている俺に葵は早口でまくし立てて、部屋のドアを思いっきり強く閉めて出て行った。


「……はぁ? 俺、なんか気にさわること言ったか?」


 倒れ込んだベッドの目の前で、不気味に光る包丁の刃が、こちらを睨んでいるのに気づき、俺の体から冷や汗がぶわっと吹き出した。


「あ、あぶねぇ」


 今日、二度目のギリセーフだ。


 俺はベッドに突き立っている危険物を抜き去り、急いで着替えて、朝食の用意がされているリビングへと向かった。

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