乙女と企み


 ジゼルは、ノークレス家の邸でもなければ首都のノース家の屋敷でもなく、馬車の中にいた。それも一人だ。


「こんな格好することになるなんて思わなかったわ……」


 ゴトゴトと小さく揺れを刻み進む馬に引かれる箱の中に座るジゼルは、普段とは装いが異なっていた。どう異なるのか。


 まずドレスは派手に開いているまではいかないが、首もとまでは覆いきらない上品な形。袖の長さはあまり変わらない、青と一口に言えど微妙に違う濃淡の青を駆使した色をしていた。

 形も凝っていて、ジゼル一人では着られないものだ。

 そして首もとには何年どころか何十年も着けてこなかった装飾品、首飾りの感触があってあまり慣れない。

 元はノークレスの令嬢だったのに、長くつけなければこのような違和感があるらしい。

 動くとわずかに肌を滑るそれに、もはや他人事だ。


 布で覆われているとはいえ、布をよければ窓からは外の景色が見られる。

 垣間見る程度で外を眺めているが、目に映すだけで楽しみはせず、ここまでの道中、考え事ばかりをしていた。

 ふと景色に見覚えが出てきたと側面に寄りかかっていた肩と頭を浮かせる。布を大きくよけて外を見ると、間違いないと確認した。

 そもそも目的地がそうなので驚くべき事項ではない。ただ、少し落ち着かない。慣れない格好のせいだろうか。

 布で完全に窓を覆い、ジゼルは背もたれに背をつけた。

 もうそろそろだ。




 馬車が止まりしばらくするとドアが開いた。ジゼルは背もたれから背を離し外へ向かう。差しのべられた手を礼儀上とり地面に降り立つ。

 今日は清々しいくらいに晴れているようだった。馬車から出たジゼルに注がれた日差しはすぐに遮られた。

 邸の屋根の下から振り返って空を見ると予想通り青い――それよりも青い空があった。長くは見ておらず前を向く。


 シモンズ家の邸の中には、丁寧に公爵夫妻が二人揃っていた。


「こんにちは」


 こんなときの挨拶がとっさに出てこなかった。普段遊びに来たみたいな挨拶をしてしまった。


「とてもよく似合っているわ、ジゼル!」

「ありがとうアイリーン」

「やっぱりあなたは明るい色が似合うのだから着なくては、ああ本当にいいわ……」


 ふわぁと花が一気に咲いたような華やかな笑顔をした、すみれ色の瞳も綺麗な女性が、ジゼルに軽く駆け寄り全身を見て褒める。

 ジゼルも嬉しくないはずないが、そう見られると慣れないからまじまじと見ないでほしい。

 二人寄り添っていたうちの片方であったこの女性の名をアイリーン・シモンズと言い、デレックの妻だ。

 シモンズ公爵邸。何度も訪ねて知っている、見慣れた場所。

 とても喜んでいるアイリーンの肩越しにデレックが近づいてくる様子が見えた。


「いらっしゃいジゼル」


 デレックもデレックでいつもの出迎え方だ。ジゼルに合わせてくれたのだろうか。

 さりげなく妻の腰に手を回し寄り添う形に戻ったデレックと、腰を抱かれたアイリーンと顔を合わせる。


「デレック、あなたがこんなことを一緒になって仕組むとは思わなかったわ」

「息子の熱意に負けてな」

「その息子の姿は見えない気がするのだけれど」


 この場合の息子は嫡男、クラウスだ。

 姿がないと無意識に探していたことはさておき、姿が見えないのは気のせいではない。いない。

 少しだけ安堵してしまった。


 ジゼルが指摘すると、デレックは困った表情を混ぜた。


「クラウスはいないんだ」

「クラウス、いないのね」


 この場に見えないだけではないことを的確に理解する。ああなるほど家自体にいないのだな、と。


「すっぽかすつもりなのね」

「すまない」

「ごめんなさいジゼル」

「気にしないでデレック、アイリーン」


 ジゼルは本当に気にしていないので謝る彼らに首を振る。

 並び出迎えてくれている使用人たちも異様に申し訳なさそうにしているが、いいのに。


「お見合いの類いはすっぽかしてきたって聞いた気もするわ」


 ふぅとジゼルは息を吐く。呆れた、や、怒りの感情からではなく単純に出た。


「私もまさかそんな形を用意しているなんて」


 思いもせず、だ。




 ***




 事の発端は遡ることしばらく前になる。

 庭園にて「姉上にお話があります」と、ノークレス家現当主が、ジゼルにいやに真剣な顔で切り出したことより始まる。

 細かく言えば話を最初に持ち出したのはデレックであると言うが……まとめると、クラウスのジゼルへの求婚事情や堕ちた神の消えた一連の出来事が関係していた。

 息子の行動力にそこまでか、と思ったらしいデレックがノークレス家に話を持ち込んで来たらしい。直接。

 そしてノークレス家現当主としても考えることあった模様で、話は何やかんや纏まったようだ。


 纏まった話とは何か。最終的にいうと『お見合い』だ。

 なぜそうなったと思うジゼルとて、ノークレス家所用領の本邸で聞いてここにいるわけなのでデレック側からは何も聞いておらず、デレックが何を考えているのか知らない。



 ノークレス家当主の話の切り出しは最初は『お見合い』ではなかった。

 シモンズ家から私的なささやかな場に招待したいとの手紙が来ていたとのことだった。

 なるほどそうかと、そうなればクラウスと会うことになるから。そうだな……と考えていたジゼルが何かいう前、だった。


 ――「お姉さまを奪われるくらいなら、わたしが嫁ぎます!」

 とジュリアがいきなりひょこりと現れて叫ぶではないか。

 ――「お姉さま! お嫌であれば言ってください! そしてこのままこの家に、わたしと一緒にいてください! ……あ、でもそうだとすれば誰が代わりになれば……!?」

 ――「ジュリア?」

 ――「お姉さまどうかいなくならないでください……!」


 ジゼルはいきなり現れて一気に泣きそうになってしまったジュリアに驚き、側にまで来た彼女を宥め、何事かと瞬く間に何も言えそうになくなったジュリアの背を擦りつつ彼女の父親を見た。


 ――「どういうこと?」


 嫁ぐとか聞こえた。

 すると隠されていたことが明らかになった。


 ――「すみません姉上、実はさきほど来たと言った話の実際の形は『お見合い』なのです」

 ――「お見合い? ジュリアの?」

 ――「いえ、姉上とシモンズの息子です」


 ジゼルはぽかんとした。


 ――「ジュリア、は?」


 いや、ジュリアとの話が以前出ていたはずでは? と一番に気にしてしまったのはそれだった。


 ――「ジュリアは姉上が取られるのが嫌なのですよ。……前に姉上が縁談を持ってきたではありませんか?」

 ――「クラウスとのね」

 ――「はい。あれをジュリアが受けたのは、シモンズの息子が姉上に求婚していたことを知っていたからです」

 ――「え……?」

 ――「求婚の件自体は何年も前から家族全員が知っていました。すみません」


 クラウスがジゼルに求婚していたことは知っていた。それで?


 ――「あの縁談が出た際ジュリアは姉上に求婚している相手に嫁いでしまおうと息巻きまして」

 ――「うそ」

 ――「これが本当です。姉上を取ろうとする相手に嫁げば解決するとか」


 以前クラウスと縁談をノークレス家に持ち込みジュリア込みで話をしてみたとき。「嫁いでみせます!」ととてもやる気に満ちていたのは、クラウスに惹かれたわけではなかったのか。


 ――「でもそれって」

 ――「ジュリアはあまり会えなくなったかもしれませんね。それでもいずれ結婚はするのだから、姉上が訪ねる可能性がある家とは中々妙案ではないかと」

 ――「本気で言っているの?」

 ――「お姉さま出ていかないでくださいぃ……!」

 ――「今回もお見合いという形だと聞いてしまって出て来てしまったようです」


 当主は娘の様子にやれやれといった様子になった。


 ――「私はそこだけは反対したのですが……お見合いとの形はデレックの仕業です、ので、姉上」

 ――「なに?」

 ――「私は姉上が幸せであればと思います。家族全員がそう思っています。そのため私が口出しをすることではなく姉上がお決めになることだと考えました。デレックの息子の気概が感じられなければ分かりませんでしたが……彼は姉上を幸せにできる可能性を、まあ僅かには持っていると思います。

 ですが! ……もちろんお断りになりたいのであれば、私がすぐに断りましょう。今すぐにでも!」

 最後は反対されていた気がするが。


 ――「あなたたち、ひとまず落ち着いて」


 身を乗り出してしまった当主とまだジゼルの膝に顔を伏してしまっているジュリア。ジゼルは少し待て、と思う。

 話の飛び方がすごすぎて、どこでどうやったらそんな話が進むのかが分からず困惑と驚きしかなかった。

 テーブルに手をつき口を閉じた向かい側の視線を感じ膝の温もりを感じ……ジゼルは庭に視線を投げた。

 考えた。

 『お見合い』の真相は話を持ってきたらしいデレックに聞かなければ分からなさそうだ。それにしてもお見合いとは。


 ――「お見合い、ね」


 いつの間にか周りがジゼルが思わなかったことに動いていた。

 それは嬉しくないわけではないが……ジゼルがずっと部屋で考えていたことを思うと、心に影が落ちた。


 自分の中だけではなくて、答えは示さなければならない。

 ジゼルはテーブルの向かい側に視線を戻し、言う。


 ――「行くわ」

 ――「お姉さま!?」

 ――「形はどうあれ会いにいこうとは思っていたから、どうせなら設けてくれた機会を使わせてもらうわ」


 お見合いというより、ならば会いに行くだけ会いに行こうと思った。話を、しなければならないなとの考えからだった。




 ***




 だから普段着で行こうと思っていたのにドレスが用意されていて、お見合い自体には反対していたはずのジュリアに着てみてくれとせがまれて……今だ。


「しかしあいつも辛抱がない。別に騙したとは言っていないというのに、いやそう思うようなことを言ったことは否定しないが」

「そういえばどういうふうに伝えたの?」


 お見合い、とだけ伝えたのだろうか。

 ひらひらする袖を見て色々思い出していたジゼルは、デレックに尋ねた。


「言われた通りにな、『相手はセレナ嬢』という名前だと」

「……あぁ……なるほどね」

「ジゼルとは言わない計画だったからな。大方クラウスのお見合い逃亡の類の情報を耳に挟んで、そうなればいいとでも思ったんだろう。俺も俺で便乗して思わせ振りなことを言ってしまったが、その代わり今回は全力を出して息子を席に連れて行ってやろうとしたのにな。本当に逃げられるとは思わなかった。ははは、あいつ逃げてしまって知ったら後悔するぞ」

「そこは言わないでくれたのは私としてはありがたかったわ」


 お見合い、と銘打たれてジゼルだと伝えられて行っては何だか気まずいと表すべきか、何というべきか表現の仕方が分からない。


「それより面白がっているでしょう」

「騙される息子が悪いな。……意趣返しは騙すまでで、本気で逃亡阻止してやろうと思っていたぞ。この場で息子の驚く顔が見たかったからな」

「騙しているじゃない」

「今まで親に心労をかけた分だ。最後くらいいいだろう」

「デレック」


 『最後』、ジゼルは愉快げな彼に、咎める調子を帯びた声を出してしまった。


「あなたが『お見合い』とした理由は何かしら?」

「若い者同士に任せようかと思ってな」


 何をのんきな。

 それに若い者とは。


「デレック、あなたは」

「俺は反対していないぞ。する理由がない。これは今言うとずるいかもしれないが、前からジゼルさえ良ければ俺は反対することはなかっただろう。以前の問題は息子だけが行き過ぎジゼルは……理由を抱えていたからな」

「アイリーン」

「ジゼルと毎日お喋りできるようになるのは夢のようね!」


 どういうことだ。

 ジゼルの身体がもしかすると短命で終わるかもしれないと、人から生まれたものではないから他に問題があるかもしれないと話していたのに。

 友人夫婦はにこにこと微笑むではないか。


「ジゼル、あとは本人同士クラウスと話してくれないか」

「デレック」

「これはお見合いだからな、はっはっは」

「……」


 これは駄目だ。

 乗り気すぎる二人にジゼルはどうすればいいのか分からない。忘れていた。デレックから『お見合い』は提案されたのだったか。


「今探しにやらせたばかりなんだ。実は直前で姿を消してな、まあお茶でも飲んで仲良くしているところにでもあいつは入って来ればいい。そのときの顔が楽しみで仕方がない」


 クラウスに恨みでもあるのだろうか。これまでに用意してきた縁談の降り積もった結果か、全力で面白がっている。

 笑い立ち話もなんだと奥へ促すデレックに、ジゼルは動こうとせず首を振った。


「ジゼル?」

「デレック、馬を借りてもいい?」

「一向に構わないが……もしかして行くのか?」


 手早く髪をリボンでまとめると、ジゼルの視界の端で金色の毛先が揺れる。


「ええ行くわ」


 クラウスを見つけに。





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