性欲を持て余すヒーロー

 これは女がいなくなり、男だけになった未来の話。


 西暦4090年。女性のみが罹患する謎の奇病が突如発生した。Y染色体が急激に減少し、女が男へと変化してしまう謎の感染症だ。


 哺乳類全てがキャリアになる可能性があり、罹患したイルカが世界中の海へと広げた。その結果、海洋哺乳類が緩やかに死滅していった。


 しかし、人類の認識は甘かった。生態系が狂ったと断じてしまい、海洋資源の保護という風潮ができて終わりだった。



 最初の被害国は日本だ。



 南洋で捕獲されたキャリア持ちのクジラを食した男性が売春婦と性交した。その晩に彼女は、外国人を含む複数人の男と枕を共にした。数ヶ月後、彼へと変わった彼女は、個人ブログで自身に起きた悲劇を公開した。


 しかし、取り上げたのは、PV目的のゴシップメディアのみだった。貴重な証言も数日後には、読み流される記事に埋没した。



 最悪はいつも緩やかに始まり、やがて激しくなる。


 

 国民の間で起きている事態に気がついた政府は、調査機関を設けて原因を追求した。そして、彼女のブログに辿り着く。真実を知った政府は疫病に「パックマン」と名付けて非常事態宣言を下し、国民に国外避難を促し、哺乳類を食べないように呼びかけた。しかし、遅すぎた。世界のターミナルとして、外国人誘致を積極的に行っていたのが仇となったのだ。


 日本政府が警鐘を鳴らしても、諸外国は信用しなかった。貴重な海洋生物を捕獲したという部分に焦点があたり、旧態依然と食材とみなす日本を非難し、世界各地で日本人排斥運動が起きた。言い換えれば、それのみだった。


 水に溶いた絵の具を流し込むようなスピードで、数カ月後に全世界でパンデミックが起きる。日本の言い分が正しいと判断した頃には、全世界から女が消えていた。

 

 世界中が男性のみになった日。日本が世界の敵となった日。極東の小さな島国から戦火が上がった――それはマッチ棒のように急激に燃え上がり、すぐに消えた。



 消し炭となった列島の大地。しかし、日本人は死滅していなかった。舞台はパンデミックが収束してから20年後の世界。人々は畑を耕し、山野を駆けて獲物を得る日本社会。その中に、日本人としての矜持を取り戻そうと目覚める男たちがいた―――



「女はいるはずよ」と、筋骨隆々で髭面の大男はそう言った。


 彼の名前は素子。若いときは元モデルだった女らしい。しかし、その面影はない。どこから見ても中年の山賊か世紀末な雑魚だ。



 僕は「どこにいるんだよ?」と返した。



 高校3年生で性欲旺盛なのに、僕は女を知らない。好みの男で処理していたが、ある日出会った禁制の同人誌で女を知って以来、頭から女体が離れない。それは無限に湧出する欲望になり、出しても出しても収まらない。



 だから、夏休みを利用して旅立つのだ。全ては女を抱くために。だから、同人誌を販売しているコイツから女の居場所を聞き出さねばならぬ。しかし、なかなか口を割らなかった。素子は僕の欲望をナメた。だから、フローリングにキスさせてやったんだ。


 先般のセリフは、2時間殴り続けてやっと割り出した情報だというわけだ。さらなる情報を聞き出すため、素子の胸ぐらを絞り上げてやった。素子は血がとめどなく流れる口で続けた。



「あんただって、人間が産まれるメカニズムを知ってるでしょ?」

「当たり前だろ。学問やスポーツ、事業で優秀な成績を収めた者のみが、政府機関に選出されて、保管されている卵子で人工授精をする。違うか?」

「そうよ!まったくもってそう。でも、その卵子はどこから来るのよ?」

「冷凍保存しているんだろうが!」



 素子の右頬を拳で打ち抜いてやった。ドヤ顔でくだらない知識をひけらかしてるのが気に食わなかったんだ。


「なぁ。知らないなら知らないって言えよ? そしたら、さんざんドツキ回した上で、秘密警察(ケージ)に言ってやるよ。禁じられた同人誌を売っている中年オヤジがいるって」

「大人をナメんじゃないわよ! ケージくらいいくらでも言い込められるわ!」

「この野郎……めんどくせぇ」


 僕は大事なカピカピのエロ同人誌をバックから取り出し素子の頭を叩いた。


「版元の住所とクレジットの"エローヌオスぷれい・ジャンヌダルクモトコ”って名前だけでギルティだろうが。こんな名前で逮捕されたら、お前のご両親どう思うかな?」

「ちくしょう! 分かったわよ!言うわよ!」

「もったいぶってんじゃねぇ!」



 素子の左頬を撃ち抜く。「プヘィ!」というけったいな鳴き声と歯が飛んだ。



「あんたメチャクチャじゃない……単純な憶測よ。保管しているってことは、数に限りがあるわけじゃない?」

「そうだな。だから選出しているんだろうが」

「でも、保管されている数は公表されていないし、少しながらも出生率は毎年上がっている。これはどういうことかしら?」

「まさか……補充している?」



 身を起こしながら「そういうことね」と、素子が大仰にうなずいた。気に食わなかったが見逃してやった。


「卵子は女しか作れないもの。じゃあ、政府が"卵子提供者を囲って保護している”と考えるのはスジじゃない?」

「なるほど……じゃあその女はどこにいる?」

「公表したら、保護にはならないじゃない。女がいるってバレたら、女を知っている世代が暴動起こすわよ。だから禁制の同人誌だってお目溢ししてくれているのよ。 あんただって男が溜めるとすごいって知っているでしょ?」



 僕は素子の鼻に拳を叩き下ろした。素子は「ガフ!」と鳴いていたが、僕は「変わった声だな」くらいにしか思わなかった。



「何すんのよ!」

「もったいぶんじゃねぇよ!さっさと女の居場所を言えや!」

「憶測だからね……昔は日本に尼僧という女性の僧侶がいたそうよ。彼女たちは、仏門にいるから獣は食べない。つまり、哺乳類には縁がないの」

「尼僧!」

「よくよく考えなさい。人工授精で必ず男が産まれるわけないわ。女として産まれる場合だってある。そもそも人工授精ができる科学力があれば、クローンで人間を再現できる。でもやらない……じゃあ匿っているのよ、女を」

「なんのために!?」



 僕は素子から離れて、彼女に続きを促した。素子は鼻を押さえながら起き上がり、涙声と鼻声が入り混じった声で続ける。



「その方が政府にとって都合が良いからよ。女が男に変わり自然と出生率が減少する。他国からの報復で国民の多くが死に、産業も労働力も壊滅したけれど"国民を選出できる社会”を創り上げられた。世界での日本人の躍進を見なさい?誰も彼もが、世界で必要とされるリーダーになっているわ」

「そんな……」

「自分の種を後世に残すという生物本来の使命を、栄誉あることに祭り上げて国民に克己させる……うまく創り上げたものね」

「そんなシステム……そんなシステムぶっ壊してやる!」



 ふざけるな!力を持った者だけが、女を囲って謳歌し、力なきものは人工授精を餌に走らされる――そんな不条理が許されるか!僕だっておっぱい揉みたい!!



 体から湧き上がる怒りと熱に弾き飛ばされるように、店の出口へと駆け出す。そんな僕の肩を素子が掴んだ。


「待ちなさい。最後に名前くらい教えなさいよ」

「必要ないだろ?」

「若き革命者に成りえるかもしれない男の誕生を目の当たりにしたのよ?もしかしたらすごい名誉になるかもしれないじゃない」



 僕は「それもそうか」と思い、栄誉ある目撃者に向き合ってやった。素子は歓喜の微笑みをたたえているようだ。ボコボコにしすぎたせいで、表情が死んでいるから断定できないが。



「僕の名前は……井澤ヒロ。東神高校の3年生。みんなは"世紀末ヒーロー”……そう呼んでいる」

「そう。東神高校の井澤ヒロくんね……」



 素子は噛み締めるように僕の名前を呟いた。そして、ゆっくりと店の各所を順々と指差す。その先の全てに監視カメラがあった。



「今までのやり取り、録画と録音しているから! 警察と親御さんに見てもらって、それなりの罰を食らうといいわ!」

「てめぇ!汚えぞ!」

「見どころを抜粋して見やすく編集してあげるわよ!」



 僕は素子の胸ぐらを掴み上げた。素子はボロボロの顔に、一瞬だけ苦しげな表情を浮かべたが、悪意ある笑い顔を貼り付けていた。



「何が世紀末ヒーローよ!ただの溜まってるガキのくせに!大人なめんな!」

「クソ!てめぇ覚えてろよ!」



 素子の股ぐらを蹴り飛ばしてやった。素子は男になった女だ。この痛みを体験したことがないのかもしれないな。「ヒュン!」という声を漏らして倒れた。いいざまだ。お前はそうやって泡を吹きながら、白目を剥いて無様に床にキスしているときが一番お似合いだ。



 しかし問題が1つある。帰るべき場所を失ってしまった。帰ったらケージも、パパとパパが許してくれないだろう。



 僕は女のために自分の居場所を失くした悲しさと、まだ見ぬ女への期待感と、漏れ出さんばかりの性欲を引きずりながら店の外に出た。紫色に染まった空に、少しだけ姿を見せた朧気な太陽の光を今でも鮮明に覚えてる。



 高校生最後の夏。こうやって僕は衝動的な性欲に突き動かされて、女を求める旅に出たのだ。



 当時は知らなかった。まさか素子が言っていたことの殆どが事実で、自分が政府転覆を目指すテロリストのリーダーになるなんて。知る由もなかったのだ。



 僕の旅は終わらない。実際にこの両手で女を抱きしめる日まで、おっぱいを揉む日が来るまで――この旅は終わらない。



 その日が来るまで、僕の暴力的なリピドーは仲間のマサくんに受け止めてもらおう。










 ※続きません。

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