殺人予告者

神村律子

プロローグ  謎の招待状  10月10日 

 この日は、まさしく生涯忘れられないような体験の始まりの日であった。


 私の名前は、神村律子。八王子の某私立大学の法学部の2年生である。えっ? 美人なのかって? ノーコメント。ご想像にお任せします。まァ、強いて言えば、指を差されて笑われるような顔はしていないかな。


 さて、そんな私にはとても変わった友人がいる。そのの名前は中津法子。彼女もまた、私と同じ大学の法学部に在籍する女の子である。え?  その娘は美人かって? 他に訊くことないの? うーん。彼女はもうそのなんて言うか、天が二物どころか、三物くらい与えてしまったんじゃないかっていうくらいの娘なのだ。

 つまり、才色兼備。その上、スポーツ万能、バイクも車も、果てはジェットスキーまでも乗りこなすスーパーレディである。えっ? 何? 近寄り難いって? そんなこと、全然。彼女はすごく気さくな女の子だし、明るいし、変に気取ったところもないから、才女にありがちな、嫌味な感じは皆無。普段は少しポンヤリして見えるくらい、性格は穏やかなのよね。

 法子は、法学部に在籍しているせいか、それとも生まれつきなのか、犯罪学と犯罪心理学にとても興味を持っていて、本来なら、4年生になってから受ける講義なのに、そ知らぬ顔で受けているのである。私もついついその人の好さからつき合って、訳もわからないまま、2つの講義に出ていた。

 そんな彼女だから、好きな読み物はもちろん推理小説。日本のミステリーは言うに及ばず、ポオ、ドイル、ルブラン、クイーン、クリスティー、カー、ヴァン・ダインと、推理小説の黄金期を飾る傑作はほとんど読んでいた。私もその影響で、すっかり推理小説オタクと化してしまっている。

 彼女と私は、性格は全く違うのだが、妙に気が合っている。高校まで別々だったのに、何年も前からの親友のように仲がいいのだ。だから、彼女から電話で、急いでアパートに来て、と言われた時は、二つ返事で出かけて行った。まさか、あんなことに巻き込まれるとは夢にも思わずに。


 法子が住んでいるのは日野市と八王子市の境付近にある、洋館風の洒落た造りのアパートである。都心から遠いためと、大学生向けに造られたため、六畳間と四畳半、バストイレキッチン付きで家賃が5万円とは、格安である。

 法子の実家は世田谷の祖師谷にあるので、そこから通おうと思えば通えるのに、彼女は電車に長時間乗るのが嫌で、わざわざ大学のそばに引っ越したのだ。

 アパートは女子のみ入居可で、法子の両親も少しは安心して娘の独り暮らしを許可したみたい。

 しかも建物の周囲には高い塀があり、中を覗こうにも覗けないようなっている。これなら確かに安心だ。それに比べて、私のアパートのデンジャラスなこと。(しかし、田舎の両親は私の身の危険なんて考えてもくれないのだ!)

「お邪魔しまァす」

 私は、きれいに靴が並べられた玄関に入り、パンプスを脱ぎながら言った。法子はそんな私をニッコリとして見ていた。

「早かったね、律子」

 彼女はよく通るその声をまるで惜しまずに使って言った。

「まァね。ちょうどいい時間のバスがあったのよ」

 私も負けずに通る声(のつもり?)で答えた。よく見ると、法子はまたきれいになったような気がした。

 長い髪をポニーテールにし、前髪を少し垂らし、耳には後れ毛がかかっていて、女の私もゾクッとするほどだった。でも彼女は全然自覚症状がなく、「私は男に生まれるはずだったのかもね」とか言っているくらいだ。

 確かに、服装に関して言えば、彼女はあまり女の子っていう感じを抱かせるモノは着ない方かも知れない。どちらかと言うと、スーツ系が多いし、今日みたいに彼女の部屋で会ったりする時は、トレーナーにジーパンという格好がほとんどである。

「座って。今、コーヒー入れるから」

 彼女は、キッチンの方へ歩を進めながら、私にクッションを投げて寄越した。私はそれを受け取ると、フローリングの床の上に置き、腰を下ろした。

「ねェ、わざわざアパートに来てって、何があったの? 彼でも来るの?」

 私がいたずら心を起こして冷やかし半分に尋ねると、法子はニコニコながらパーコレーターとコーヒーカップをトレイに載せて戻って来て、

「だといいんだけどね。違うのよ」

「そうなの。一体何?」

 私が興味シンシンの顔で再び尋ねると、法子はトレイをガラスのテーブルに置いてから、

「実はこんなものが私のところに届いたのよ」

 テーブルの下にあったレターケースの中から、一通の封筒を取り出して、私に手渡した。

「何これ?」

 封筒は茶色で、色気なんてまるでない。どう見ても市役所とか大学とかから来た、事務的なものにしか見えなかった。法子はコーヒーをカップに注ぎながら、

「差出人を見て御覧なさいよ」

 私はチラッと法子を見てから、封筒を裏返した。

「あっ!!」

 私は思わず大声をあげてしまった。差出人は、「殺人予告者」とプリントされていたのだ。

「何よ、これ!?」

 私は封筒を見たり、法子の顔を見たりして尋ねた。法子はパーコレーターをトレイに戻して、

「とにかく、中味に目を通してみてよ」

「うん」

 私はドキドキする心臓の鼓動を感じながら、封筒から便箋を取り出した。それは四つ折りになっていた。私は恐る恐るそれを開いた。便箋にもやはり、パソコンでプリントされていた。

「『中津法子殿へ

 貴殿の名推理ぶり、よく拝聴しております。しかし、これから朝比奈家で起こりますところ の事件、貴殿に解決できますか?』

何なの、一体?」

 私は他に言うことがないのかというくらい、同じようなことばかり口から発していた。

 確かに法子は、とてつもなく優れた推理力と分析力を持っている。現に彼女は何度か事件に関わり、解決したこともある。群馬県の榛名山で起こった首なし死体事件や、世田谷で起こった温水プール溺死事件などだ。しかし、そのことを知っているのは、ごく限られた人達なのである。つまり、それを知っているということは、法子のことを知っている人間が、こんな大胆な予告状を作ったということになる。

「どう思う、律子?」

 法子は少しも動じていないようだ。ニコニコしながら、コーヒーカップを口元に運んだ。私は呆然としていたが、やっと、

「どう思うって、これって、殺人予告状じゃないの? 大変なことよ」

「そうね」

 法子は私から封筒と便箋を受け取りながら答えた。そして、

「この便箋にプリントされた文章と、封筒の表の私の住所と名前は、誰の仕業か、おおよその見当はついているわ」

 私はまた呆然とした。

「だ、誰なの、こんな予告状を出したのは?」

「慌てないで、律子。順序立てて説明するから。まず、この封筒の差出人の『殺人予告者』のところをよく見て」

「えっ?」

 法子に言われて、私はもう一度差出人のプリントを見た。少し擦れているというか、歪んでプリントされている。

「これ、どういうこと? プリントに失敗したのかしら?」

 私は法子に目をやって尋ねた。法子は真剣な目をして、

「そうね。それも考えられるわ。でも可能性はもう一つあるのよ」

「もう一つ?」

 私はオウム返しにしかものを尋ねられなくなっていた。法子は封筒をパンとテーブルの上に置き、

「擦れたり、歪んだりするのはわかっていたけど、それしか方法がなかったということ」

「どういうこと?」

 私はすっかり法子の分析話に引きずり込まれていた。法子は便箋を畳んで封筒に入れ、

「封筒に便箋を入れて封をしてから、プリントしたかも知れないのよ」

 そこまで言われて、私はやっと法子が言わんとしていることに気づいた。

「つ、つまり、『殺人予告者』とプリントした人物と、便箋にプリントした人物は同一人物ではないってこと?」

「あくまで可能性よ。何の証拠もないんだから」

 法子はまた一口コーヒーを飲んだ。そして、

「話をもとに戻すわね。ではこの予告状をプリントし、私宛に手紙を出そうとしたのは誰か? もうわかるでしょ?」

「あっ!」

 さすがに鈍い私でもわかった。そうか、そういうことか。

「朝比奈裕子先輩。我が愛すべき推理小説同好会の代表!」

 私は得意満面で答えた。法子もニッコリして、

「御名答。そういうことよ」

 一つの謎は解けた。朝比奈裕子とは、同じ大学の4年生で、私達が所属する推理小説同好会の発起人であり、代表である人だ。だがここで新たな謎が出て来た。

「ねェ、法子、だとしたら、『殺人予告者』ってプリントしたのは、先輩じゃないのよね?」

「そうね」

「じゃ、一体誰なの?」

「わからないわ。今のところはね」

「今のところは?」

 私がキョトンとして尋ねると、法子は、

「朝比奈先輩に会って、確かめてみればわかることよ。そうすれば、これがただのいたずらかそうでないかわかるわ」

「そうでないかって……?」

 私はビクビクしながら上目遣いで法子に尋ねた。彼女は真剣な顔になって、

「本当に殺人事件を起こそうとしている人物がいるってことよ」

「そ、そんな……」

 私は血の気の引く思いがした。法子に関わって、私は今まで何度か事件に遭遇している。何か嫌な予感がして来た。すると法子は私の顔色が変わったのに気づいたらしく、

「まだそうと決まった訳じゃないわよ。とにかく、先輩の家に行ってみましょ」

「え、ええ……」

 私は半分失神状態で返事をしていた。

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