村人Aの災難

「貴殿は先程の」

「あ、どうも」


 店番をしていると、イケメンが来店した。

 さっき、散歩中の俺に声をかけてきた青年だ。村に到着したばかりの彼からここの名前を聞かれた俺は、これぞ村人Aだと静かに興奮していたのだが、それはさておき。


 青年の肩に乗ったミニドラゴンが、挨拶のつもりかぽっと炎を吐いた。なかなか可愛いやつだ。初見は驚いたが、気絶することはなかった。記憶も安定し、こちらの世界観にも慣れてきたのだろう。


「こちらの親方殿は、よい腕をお持ちだと伺いました」


 ご在宅でしょうかと尋ねてくる瞳は涼し気なブルーだ。キャラメル色の髪に、女受けのよさそうな甘い顔立ち。礼儀正しく、上品な物腰。このイケメンこそ、真のおぼっちゃんのようだ。


 やがて作業場から出てきた親方に青年が差し出したのは、何やら意味深な紋章入りの剣。ゲームとかでよくみるやつ。もしかしなくても、勇者サマというやつなのでは。親方が目を見張った。


「これは……」

「私の魂です」


 一つの照れもなく青年は言い切った。

 ヒュー、かっけえ。さすがイケメンは言うことが違う。


「……あんた、魔王を倒しに行くのか」


 親方が静かに尋ねた。青年の頷きに、そうかと呟く。

 魔王なんてものがいたのか。今の今まで知らなかった。


「魔王は大変な美女だと聞いています」


 美形か、嫌な予感がするな。ん? 今の誰の声だ。ものすごいイケボだったが。


「その美貌で誑かし、意のままにすると」


 ドラゴンが喋ってる。嘘だろ。

 ぽかんとする俺に気付いたようで、親方がこっそりと背を支えてくれた。

 ありがとう、親方。大丈夫だ、俺もこの非日常に慣れてきたから。


「彼は初心ですから、心配なんですよね」

「こら、カルロス、何を言い出す」

「まあ、一途なところが彼らしくていいのですが」

「カルロス、」 


 親方と俺の視線に気づいた青年は、薄らと顔を赤くした。なるほど、意中の誰かが彼にはいるようだ。俺はこっそりと安堵のため息をついた。


 イケメンは苦手なんだ。俺の初恋K先生を奪ったこともそうだが、フリーのイケメンは違う意味で要注意人物なのだ。そう、美形に俺はモテる。あとは分かるな?

 恋愛脳とか馬鹿にするなよ。こちとら貞操がかかってんだ。


 だが、このイケメンは大丈夫だ。警戒レベル0。危険性なし。どうぞ、末永くその誰かさんと幸せになってくれ。一つ欲を言えば、どうかその人がブスではありませんように。


 魔王というのは、ここから遠く離れた孤島に城を築く魔物のボス(♀)らしい。その圧倒的魔力と美貌、カリスマ性に惹かれて、世界中の力ある魔物たちが集いつつあるのだという。権力集中を恐れた各地の為政者たちが軍を送ったが、軒並み骨抜きにされてしまった。


 そこで、でてきたのがイケメンもとい勇者だ。人柱と言ってもいい。青年もそれは承知の上のようで、この命に代えてもと空を見上げる瞳は覚悟を決めた男のそれだった。

 親方は黙って仕事を引き受け、俺も何も言わなかった。事情を知らずに引き止めるのは無責任な行いだ。語らずの彼のためにできるのは、ただ誠実に送り出すことだけ。


***


 青年が店を後にすると、俺は再び店番に戻った。暫くして、おつかいの声がおかみさんからかかり、外出の準備をする。


 途中、通りがかった酒場が妙に静かだった。いつもは冒険者や観光客などでそれなりに賑わっているのに。不思議に思って覗いた俺は、すぐに後悔した。


 異様な光景が広がっていたのだ。カウンター席に座る一人の女を囲んで、全員が跪いている。皆、うっとりとした顔で女を見上げ、他には何も目に入らない様子だ。

 深いスリットの入った黒のロングドレスから、白い足が艶めかしく投げ出されている。スケベそうなおっさんがよろよろと近づいて蹴られていた。喜んでるからいいんだろうな。


――その美貌で虜にする……


 あれ、魔王じゃないか。


 俺はすぐさま顔を引っ込めて、壁にぴたりと張り付いた。

 まさかなと思ったが、ここに来てからそんなことは幾度となく起こっている。勇者のパーティーメンバーの少なさと装備の具合からして、この村はRPGの序盤にあたるポジションのようだ。そんな村にラスボスが一杯ひっかけにきていてもおかしくはない。多分。


 厄介事は嫌いだ。美形が関わっていると更に嫌いだ。だが、この状況を放っておくとまずいことはさすがに分かる。あのイケメンは宿屋に一泊すると言っていた。彼を呼びに行こうと足を踏み出した瞬間、冷たい声がかかった。


「そこの」


 周りを見るが、誰もいない。店の中はみんなメロメロ状態だ。つまり、99%俺を指している。


「待て」


 そう言われると逃げたくなるのが人のさが。そうだ、待てといわれて待つ馬鹿がどこにいる。逃げるが勝ちだ!


 モブ男は にげようとした!


「聞こえなんだか」


 しかし とらえられてしまった!


 よく分からない紐のようなものが伸びてきて、俺はあっさり酒場に引き込まれた。向かった先は美女の膝元だ。首を後ろから掴まれて、否応なしに顔を上げられる。

 目の前いっぱいにひろがるのはぞっとするほど美しい顔。巻き毛の黒髪に赤い唇が映えている。


 怪しい目の色だった。これが、人を惑わす魔性の瞳だろうか。だが、俺には何の変化もない。うーん残念。美形には露ほども興味がないんだ。

 ノーリアクションの俺に、美女はゆっくりと目を瞬かせた。黒い瞳が現れる。これが本性なのだろうか。


「ほう……好みではないと」


 そうですね、もっとブスがいいです。

 とはもちろん言えない。首に巻き付くように添えられた長い爪で、八つ裂きにされそうだからだ。正直怖い。ちびりそう。


「貴様が望む姿を映してやろう」


 ぐにゃりと視界が揺れた。見る間に美女が醜女へと変化していく。おお、これは素晴らしいブス。

 だが、俺の脳内ではバツ印が点滅していた。そう、俺のブスセンサーの前では偽りのブスなど無意味だ。その奥に見えるぞ、元の美形っぷりが。


 萎えた顔の俺に、魔王(仮)は眉を吊り上げた。ブスの険しい表情だ。いい。学校で習った話を思い出す。

 あれはよいブスだった。病で苦し気な美女の真似をして顔をしかめれば、自分も美しく見えるかもしれないと考えた醜女の話だ。なんという勘違いブス。可愛すぎる。


 だが目の前のブスは本物ではない。パチモンのブスだ。


「何が気に入らぬのだ。答えよ」


 喉が締め上げられる。く、苦しい。これでは答えようもない。俺の様子に気付いた魔王(仮)は僅かに力を緩めた。


「すみ、ません……やっぱり、元が……綺麗な方、なので、」


 美貌が隠しきれてないです。

 俺の言葉に、くわっと魔王(仮)が目を見開いた。首にかけられた手の力が再び強くなった。爪が食い込んでる。痛い。


 駄目だ、俺はここで死ぬらしい。グッバイ、異世界。今度こそあの世に行くんだろうか。ブスはいるだろうか。


「おもしろい。気にいったぞ」


 こういうボス系の人ってなんで揃いも揃って、この台詞言うんだろうな。お笑いの評論家か何かなのか。

 どこかぼんやりとした思考回路でそんなことを思っていると、ふいに首から手が離された。


(助かった……?)


 そう思う間もなく、身体が浮上した。え?


「来い。我が眷属にしてやる」  


 エーッ!?

 勇者のお供に聞いた話が蘇った。


――数多の魑魅魍魎を従え、君臨する玲瓏たる美女。


 いや俺、ブスは好きだけど、クリーチャーは専門外だぞ!?

 片腕を掴まれ、宙づり状態になった俺は必死にもがいた。ものすごい腕力だ。スレンダーなのに男一人持ち上げて涼しい顔をしている。


 本当に人間じゃなかった。魔物っぽい翼もいつの間にか出現してるし、さっきの紐の正体も判明した。腰に巻き付いた蛇だ。ベルト代わりにしているようだが、魔物界のファッションなのか。

 再び美女に戻った魔王(仮)は、ジタバタする俺を嬉しそうに観察していた。


「きかん坊だな。調教しがいがある」

「い、いや俺、そういうプレイは求めてないというか!」 

「美しさを厭うとは珍しい、何がお前をそうさせた」

「何もないです、生まれ持った性癖です!」


 だから離してくれ!

 叫ぶ俺を片腕で掴んだまま、美女は酒場から飛び出した。


「貴様の意思など要らぬ。我が欲したのだ。我のものだ」


 少女漫画によくあるやつだ、強引なイケメンに迫られる平凡なワタシ。その男女逆バージョン。

 現実ははた迷惑の一言に尽きる。その強引さに何故かときめいたりはしない。

 少なくとも俺はそうだ、だってブスが好きだから!


「貴様の闇に興が湧いた。その闇、我が腕の中で見せよ」


 嫌だ、俺はブスの腕に抱かれて眠るんだ! 包容力のあるブス万歳!

 渾身の叫びを放つが、無情にも美女は俺を引き上げた。人間は脆いから、丁重に扱ってやろう。そう言って抱き寄せてくる。艶やかな唇が近づいた。


「待て!」


 あ、この声は――


「その御仁を離せ!」


 あのイケメンだった。おお、勇者サマ! 助けてくれ!

 顔を輝かせた俺とは反対に、美女はつまらなさそうな顔をした。


「なんだ貴様は。一部の闇もないではないか。清らかすぎて面白みがない」


 失せろと言葉が続いた。闇フェチなのか、この魔王(仮)。真っ白だからこそ穢したいとか言うところじゃないのか。


「カルロス!」


 凛々しく響き渡った声に、お供のドラゴンが巨大化した。その背に乗って、青年も同じく空に浮上する。かっけえなおい、情けなさすぎる俺と正反対だ。


 青年は何やら詠唱しながら、さっき親方に鍛えてもらった剣を構えて突っ込んできた。美女は余裕たっぷりの表情で避けている。


「姫をかたるな! 魔物!」


 どうやら青年の想い人はお姫様らしい。美女の目がまた怪しい色になっている。あのよく分からん術を使っているのだろう。


「イアン!」

「なんだお前は、子猫ちゃんをどうしようってんだ!」


 そうこうするうちに、エブリンとケイリーまでやってきた。あ、あそこに見えるのは親方だ。おかみさんはフライパンを振りまわしている。エリザは麺棒を持っているようだ。すげえ、鬼神の如き顔。気づけば、かなりの人数が集まっていた。


「イアンと申すのか。いな」


 頬にキスされ、嫌悪感から身震いした。青ざめた俺に、訳アリと勘違いしている村人の皆さんが激高している。イアンの心の傷がとかなんとかいう声がした。


「貴様、随分と可愛がられているようだな。ますます欲しくなった」

「離しやがれ!」


 ケイリーの魔力パンチ(適当に命名)が飛んできた。続いてエブリンの打撃。二人ともモンスター狩りの相棒であるドラゴンに乗っている。地上からも様々な攻撃がしかけられた。ルーシーの魔法陣が光を纏って飛んでくる。

 村人といって侮るなかれ、この世界は一般人でも魔力持ちだ。なおかつ戦闘力が高い。


 悠々とそれらをかわして遊んでいた美女だったが、暫くすると空中に輪を描いた。ぶうんと音がして謎の空間が現れる。きっと、ワープとかするやつだ。


「飽いた。そろそろゆくか」


 俺の抵抗もなんのその。その首、胴体と別れを告げたいかと言われればどうしようもない。悲しいほどに非力だった。

 真っ黒の空間へ美女とともに消えかけた俺は、一人跳ねだされた。


「えっ」


 落下しかけた俺の手を、咄嗟の判断なのか美女が掴んだ。ぐいぐいと引っ張られたが、やはり俺だけその空間には入らない。ギャグみたいな状況だ。


「貴様、何者だ」


 周りでは魔法攻撃が起こっている。荒れ狂う中、美女は目を細めた。

 説明しても、恐らく彼女が期待する答えではないだろう。知らないと頭を振った俺に返ってきたのは、ごくごくあっさりとした一言だった。


「面倒だな」


 同時に手を離されたのだから堪らない。今度こそ落下していった俺は、一目散に駆け寄ったおかみさんの風の魔法によって、優しく受け止められた。


 結局、美女は高笑いするとそのまま消えていった。

 落下寸前、最後に耳元で囁かれた「また会おう」という言葉は聞き間違いだったと思いたい。ブス専なんて探せばそこそこいるんだ、その中に闇持ちの薄幸美少年とかもいるだろ。そういう人にアタックしてほしいものだ。


 紆余曲折後、旅立つ青年を見送りつつ、俺はお伴のドラゴンから渡された鱗を手にしていた。お守りらしい。貴方はどうにも危なっかしいとイケボで言われ、握らされたのだ。


 あのお供、ドラゴン界では結構な美丈夫だと聞いた。美形か、なるほど……うん、まさかな?

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