属性過多は腹いっぱい
美女襲来から暫くの日が経った。
彼女はやはり噂の魔王だったらしく、国から取り調べの人間が村に寄越された。王直属の兵士たちだ。調査対象は村全体。
身元が怪しい俺は内心、何か突っ込まれるのではと緊張した。魔王と同じ黒髪黒目を合わせ持つのはこの村で自分一人だ。他の地域も踏まえると全くいないわけではないらしいのだが、少し珍しい存在なのだという。
関係者とでも疑われたら最悪だ。自分について証明できるものが俺には何もない。
そう思いながら質問を受けたが、拍子抜けするほどあっさりと終わった。親方を始めとする村人から、訳アリの子ども(意味深)だと説明が入ったためだ。恐らく。
推測なのは、質問の前にピリピリとした雰囲気だった兵士が、別室で親方夫妻の話を聞いた後、明らかに優しくなったから。
二人が、勘違いたっぷりの俺の身の上話でもしたのだろう。魔力がないことには注目されたが、この点もやはり稀ではあれど前例がないわけではない。魔力持ちが普通のこの世界では、ないことがすでに同情の対象だ。同情するならブスをくれ。
悲劇の過去持ち(捏造)も相まって、特に厳しく問いただされることはなく俺は解放された。むしろ、偉いおっさんから、苦労したんだなと頭を撫でられるおまけつきだった。
誤解のないように言っておきたいが、俺はそこまで年少ではない。日本人は童顔に見られがちというが、あながち嘘ではないのかもしれないな。
国から派遣された一団はやがて帰ったが、代わりにここら近辺担当の兵士がよく見回りに来るようになった。魔王の気まぐれでまた誰か攫いにくるかもしれないと推測されたためだ。可能性が高いのは俺だという声が大きかった。魔力ゼロの俺に興味を示したのではという推測からだ。違う、魔王が初めて出会ったブス専だったからだ。
ここで、アリアナの話題に移る。
絶大な信頼を受ける祈祷師様が、何故魔王襲来を予知出来なかったのか。
そりゃ、未来透視なんてできないからだ。俺は心の底からそう思ったが、彼女の予知能力は本物なのだと村人たちは言う。過去に災害などを事前にあてて、村を何度も危機から救ってくれた。だからきっと何か訳があると。
定期的に開催される村の集まりにて、アリアナは村人たちに謝罪した。
「私には視えなかった。村に大きな力が働くときは、いつも神の御心が響いてきたのに」
これは
おばばと俺だけの秘密が……! なんてふざけている場合じゃない。美形には何故か大層ウケがいいが、その他にはただのモブ男の俺だ。今度こそ厄介者扱いで村からポイされるかもしれない。
勇者とは違う方向で覚悟を決めた俺だったが、村人たちは予想外の方向へ向かった。迎え撃ってやるぜと奮起したのだ。
ぽかんとした俺の肩を彼らは次々と叩いてきた。
曰く、強大な力を持つ魔王にたった一人で立ち向った俺の姿にグッときたと。酒場で絶体絶命だった人々を見捨てて置けなかったのだろう、全く馬鹿な奴だ泣けるじゃねえかと。その若さが危うくて放っておけないと。お前はもう村の一員じゃないかと。
争いを壮大な意味で受け取っている。
気づいた俺は正そうと試みたが、言えば言うほど村人たちは暖かい目でこちらを見てくる。
たまにいるよな、なんかめちゃくちゃ好かれる奴、お前もそうだったんだろう。分かるぞ、村のためにと必死になれるお前だ、愛されるのも道理。様々に声がかけられた。
いやいや、だから違うって! アリアナ、もっとちゃんと説明してくれよ!
だが、祈祷師様はまた丁重に屋内へ
争いというのは「モブ男を取り合う美形たちの醜いギャグバトル」だ。何故それを言わない。アリアナが言うから説得力があるのだ。勘違いが走り出すと、俺にはもう止められない。何をしても、プラスに捉えられる。好感度がどんどん上がる。だが、ブスとはお近づきになれない。
「……心臓が止まるかと思った」
やんやと歓声が上がる中、隣にいたエリザがぽつりと呟いた。そう、こういう美形が常に側にいるからだ。
「どうしてあんな無茶をしたの。男の子って、そういうものなのかしら」
「エリザ、」
「置いていかないで。一人で、戦おうとしないで」
俺を見て、エリザは泣きそうな顔で微笑んだ。間違いない、この表情で大体の男は落ちる。ブス専の俺でも、申し訳なさは感じた。
そっぽを向いた彼女は、その翡翠の瞳から雫を零したのかもしれない。俺は握られた手をそのままに立っていることしかできなかった。この状況で離したらまた何か勘違いが起こるのは確か、かと言って握り返すのは裏切りになる。フラグを立てるわけにはいかないのだ。だって、俺はブスが好きなのだから。
集会から数日が経ち、俺は風の噂で、エリザがアマゾネ……いや、エブリン達に弟子入りしたことを知った。エリザは治癒関係に優れている。いわゆるヒーラーだ。だが、魔力がある以上、この世界の人は努力次第で他の魔法も使えるようになるのだという。
母性の塊が筋肉の塊に……!?
止めたかったが、俺に秘密にしているようなので言い出すこともできない。非力すぎる己が情けないが、ないものを捻りだそうとしても無駄だ。魔力がないなりに、俺は生きる術を見つけていくしかない。
***
「イアン、ご機嫌麗しいか」
「おかげさまで最悪だ」
こいつはカイル。近辺の兵士の中でナンバーワンの人気を誇るイケメンだ。有力貴族の息子で士官学校首席卒という期待のエリート様。指揮官をしている。
硬派で浮いた話の一つもない、清廉潔白な騎士。というのが俗説だ。アッシュグレーの短髪に紫の瞳。まあ、見た目は確かに納得の美形だな。滅びよ。
「あまり興奮させないでくれ、まだ日も高いというのに……」
口元を押さえたカイルは、横を向いてぼそぼそと呟いた。おい、聞こえてるぞ。この前のエリザと同じポーズなのに、こいつの場合穢れに満ちている。
お巡りさんこの人です。
そう叫びたいが、こいつこそ実質お巡りさんなのだ。なんてこった、世も末だ。
見回りの件で挨拶に来るのが、フリーのイケメンと聞いて嫌な予感はしていたんだ。俺の頭を撫でたあのおっさんがこいつの上司にあたるはずだから、話を聞いていたのだろう。哀れな少年がいるとかなんとか。
悲劇の過去持ち+魔力ゼロ+魔王に拐われかけたという前提知識で俺を見たカイルは、目を見開いた。その視線で分かった。こいつの危ない扉を開いてしまったと。
エリート街道を走っていたり、完璧超人だと持て囃されている人間に限って、俺と出会うと新しい性癖に目覚める。こいつの場合はSMだ。己とは正反対の境遇にある冴えない人間に、庇護欲と加虐性欲がぶつかり稽古をし始めたと見ていい。
だが、今まで清く正しく美しく生きてきたせいで、己の欲望が理解出来ていない。そうして懸命に抑えようとした結果、静かなる変態になってしまった。
俺が冷たくあたるのは、ツンデレを気取っているわけではない。こうでもしないと危ないからだ。
「今日も朝露のように儚い……この手で繋ぎ止めておかないと消えてしまいそうだ」
そら、ご覧のありさまだ。取り出したのは捕縛用の縄。おい、それは罪人に使うものだろ。しまえよ。
は、僕は何を……などと言って元に戻している。本当にヤバい。こいつには何が見えているんだ。
立ち去ろうとした俺を、カイルは慌てて引き止めてきた。なんだよ。
「待ってくれ。今日は話があって来たんだ」
「話?」
「ああ。我が屋敷で執事見習いとして働かないか」
「断る。あんたら変態兄妹の餌になる気はない」
「変態だと……!?」
カイルが目を見開いた。まずい、さすがに言葉が過ぎたか。これでも、名家のご子息様だ。逆鱗に触れれば命はないかもしれない。
「それは、僕たち二人だけに許された称号か……?」
光栄だ……。
両手を上げて微笑む姿は、さながら舞台役者のようだ。なんで喜ぶんだよ。本当にエリートなのかこいつ、勉強のし過ぎでおかしくなったんじゃないか。
「仕事先を探していると聞いたんだ。それで是非、と思ったんだが」
眉根を下げた顔に下心は微塵も感じられない。だが、続く言葉が全てを表している。
「君に毎朝起こされたい……目覚めの悪い僕に手を焼く君を、シーツの影からこっそり眺めて幸せに浸りたい……」
また口元を押さえてボソボソだ。わざとやってるだろと思うが、天然だから質が悪い。純朴が過ぎて拗らせたパターンだ。
「あんたそんなことしてるのか。執事の方を困らせるなよ」
「じいを心配してくれるのか。なんて優しいんだ君は……」
だめだこいつ、何を言ってもポジティブに受け取る。話を聞かない変態はこれだから困る。
「大丈夫だ、普段は先に起床している。今のは例えだ、可憐な君を少々、困らせたかった。すまない、愛らしい表情を見てみたいという僕の願望が出てしまった」
「は?」
「あ、いや、違うんだっ、すまない、忘れてくれ!」
早口で語ったかと思えばこれだ。どうにもやりにくい。異世界まで来て、また新種の変態を見つけてしまった。
「君はジュリアの美貌にも全く心を奪われなかった。聞くところによると、魔王の魔性にも打ち勝ったそうじゃないか。なんなんだ君は、聖人なのか。僕のような男では手の届かない尊い存在なのか?」
背徳感……。
噛み締めるように呟いたカイルの鼻から赤いものが垂れた。こいつ、自分の性癖を受け入れ始めてないか。第二形態に変化しつつあるのか。まずいぞ。
我に返った変態は鼻血を拭くと言葉を続けた。
「兄として、妹の側によからぬ男は近づけたくない。だが、男手があると安心するのもまた事実。君はうってつけなんだ、どうか考えてはくれないか」
「兄弟愛は分かるが、他をあたってくれ」
「君のことも心配なんだ。僕が君を守る、魔王になど渡しはしない」
「気持ちだけ受け取っておく」
「つれない……」
カイル様が切なげにため息を……と道行く女の子が囁き交わしている。何がお心を悩ませているのかしらって? 会話の内容を聞けば一目瞭然だよ。
「ああ、執務の時間だ……また来る、考えていてほしい」
「来なくていい」
さっさといけと俺は手を振った。
名残惜しそうに何度も振り返りながら去って行くカイルを見送る。先に背中を向けると危ないからだ。勘違い話を耳にしているためか、奴は俺に触れてはこない。その代わりに舐めるような視線を送ってくる。生粋の変態だ。いつか飛びかかられるのではと俺は気が気ではない。
魔王が目をつけた魔力ゼロの身元が怪しい人物。実は、秘密裏に監視されているのではと思ったりもしているが、真相は今のところ不明だ。
ああ、カイルのせいで変態妹のことも思い出してしまった。あの人も大概、拗れているんだよな。
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