tanθB=n2/n1=q1/q2=n12 反射幻肢少女

私は昔っから、1人っきりで過ごすのが怖かった。

だって、誰かが近くにいないと、感触を何も感じないから……。

だから、いつも寝る時は、大好きな愛犬のファンシーと一緒。

私は、家にいる時はファンシーの経験した感触をいつも感じている。


私は生まれつき、『……』


私はよく知り合いから五月蝿(うるさ)いって言われる。

パパやママ、それに、アーレスからもよく言われるわ。

でもそれは、私が1人になるのが

怖くて怖くて仕方ないから。


だからお願い。


「ねえ、チルダ? 私を1人にしないで……」




「先生。 娘の病気は治るんでしょうか?」


「治せません。申し訳ありません。

お母さん。

娘さんの症状は病気かすらもわかっていないのです。

現代の脳神経外科の

技術でも、娘さんの触覚の仕組みを矯正させることは難しいんです。

お役に立てず、本当に申し訳ありません」


「先生、何かいい方法は無いでしょうか?」


「娘さんには、今の感覚の違いと付き合っていきながら

社会生活に適応していく術を学んでいってもらう

しかないんです。

娘さんが今の自分の感覚を受け入れてもらえるまでは

精神カウンセリングを受けていただいたほうが

いいかもしれません。

それと、深刻な睡眠障害については、娘さんの部屋で

何か動物を飼われる事をお勧めします」


「はい……」

その時のママはとても辛そうな顔をしていたことを覚えている。



 小学校高学年のある日、

私はアーレスと他数人のクラスメートと一緒に近所の神社の境内で缶蹴りをしていた。



「だから、謝れよ!」


「あたししてないもん!」


「嘘つくなよ! お前、絶対後ろから俺のひざを蹴っただろ?」


「あたし、蹴ったりしてないよ。本当だよ」


「いいや! 絶対蹴ったね! 」


「そうよそうよ!

自分が鬼役からなかなか抜けられないからって、

ちいちゃんさ。それってラジアンに酷くない?」


「だってあたし、あたし……グスン」

私は悲しかった。

私はみんなにわかってもらいたかった。

後ろで転んで、痛い思いをするハズだったのは

私だって……。

自分の痛みを感じない苦しみがわかる?

どうせ、私の気持ちなんて誰にもわかっちゃもらえないんだ。



「ちょっと、みんなそんなところでどうかしたの?」


「アーレスか?

聞けよ? こいつな……」


「ちょっと二人とも、両手と膝をみせて?」


「え?」

私はアーレスの奇怪な提案に驚き、泣き止んでしまった。


「ちいちゃんは両手と両ひざに土が付いてるね。

ラジアンくんは……、両手両ひざとも土は付いてない」


「だから何だって言うんだ?」

ラジアンはアーレスの回りくどい言い方が煩わしくて仕方がないみたいだった。


「今日はさっきまで雨が降っていたから、ここの土の地面がぬかるんでいるよね。

だから、ぬかるんだ地面に足をとられてちいちゃんは前のめりにコケたんじゃない?」


「そう、そうよ!!」


「違う!」


「まあ最後まで聞いて。

だから、地面に両手と両ひざがつき汚れてしまった。これ、ちいちゃんのいい分でいい?」

 

「うん」


「ここでラジアンくんに質問するね」


「お、おう」


「ちぃちゃんの靴と手のひらとひざは確かに今こうして汚れている。

ここで仮にラジアンくんのほうがちいちゃんにひざを蹴られたほうだとするね。

そうするとさ、どうしてラジアンくんのひざは土で汚れてないの?」


「そ、それは……」


「わぁおー! アーレスの言う通りじゃん!」


「ちょっと、ネイピアまでこいつの見方するなよ!」


「ねえ、ラジアンくん?

今のは背理法を使った僕の想像だよ。

きみの意見を教えて」


「わ、悪かったよ!

ネイピア? 行こうぜ!」


「はいはい」


一緒に缶けりで遊んでいたラジアンくんとネイピアちゃんは

どこかへ行ってしまったわ。


「アーレス、あの……」


「なに?」


「あ、ありがと」

その時の私は顔がゆでダコのように真っ赤だったはず。

私は恥ずかしさのあまり、アーレスに背中を向け下を向いてもじもじとお礼を行ってしまった。


この時、私とアーレスの間には30センチは距離があったと思う。

私は背中に彼の感触を感じていたけど、それはとても温かいものだった。

そして、このときのことは今でも、私の大切な思い出。



 実は私にはもう一つ大切な出会いがあった。

これは、奇跡なのかもしれない。

それは忘れもしない※半年前、

私が高校最後の春休みの時だった。

私はつい違う学年のアーレスとばっかり遊んでしまって、

いつしかクラスの女子から孤立してしまっていた。


ある日の放課後、クラス委員の仕事でクラス全員の夏休みの宿題を職員室の先生のところまで持って行こうとしたんだけど、

触覚を感じない私には歩きにくくって、ふらついちゃって、

バランスを崩してつまずいちゃった。

「キャ!」

私は思わず目を瞑った。


「………、あれ?」

なんで? 確かに感じる!



「大丈夫……ですか?」

私が顔を上げると、そこにいたのは

私がコケないように右手を支えてくれて、

優しく微笑みかける女の子だった。

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