tanθ=sinθ/cosθ 僕達3人

「アーレス! アーレス、聞いてる?」

お母さんの声だった。


「もうすぐ私達に来客が来るから私と父さんちょっと席を外すわね。

それと、無限エレベーターも解除したわ。

ビルの中を観てまわるのは自由だけど、

コンピューター類は触らない事。

いいわね!」

母さんは僕にそう言い残すと、父さんと一緒に姿が消えてしまった。


僕達はエレベーターでとりあえず手近な階に降り

ソファーで休憩する事にした。



『ねえねえ、ちょっといいかな?』


「先輩どうしたんですか?」

僕は後ろを振り反った。



「あの、君たちに最上階への行き方を訪ねたいんだけど……、

いいかな?」


「先輩じゃ無いっ!?」

声の主はクオーリア先輩では無かったが、

顔も声もクオーリア先輩にそっくりな年上の女性だった。


「え?」

先輩は目を丸くし、本当に驚いた様子で続けた。

「ママ? どうしてここにいるの?」


「私はゲートの外。つまりそこにはいないわ」


「じゃあ、私達に姿を見せているだけなの?」


「そう」


「でもどうして今、私達の前に姿を現したの?」


「それなんだけどね、

クオーリアには既に話したから知ってると思うけど、

私はドーラ人のイケニエ撤廃運動の代表をしているの。

それで、ゲートの管理団体の幹部の

アーレス君のご両親と後日開かれるシンポジウムの打ち合わせをしに来たっていう訳なの。

ところで、アーレス君?」


「ん……? ぼ、僕ですか?」

僕は、自分が先輩の母親から話をふられるとは微塵も考えていなかった訳で、反射的に挙動不審な返事をしてしまったことについては許してほしい。


「そう、あなたよ。

しばらく見ないうちにずいぶん大きくなったわね。君のお父さんにそっくり!」


「そうですか?

まあ……ありがとうございます」

僕は社交辞令でお礼を言った。


「あ! アイリスちゃん?

確か娘の授業参観の時に同じ班だった子よね?

ねえ、クオーリア。

お母さん物覚えいいでしょ~?」

先輩のお母さんはご機嫌そうに

先輩にリアクションを求めてきた。


「…………」


「あれ?」

何故だろう?

先輩はやや下を向き、そして、押し黙っていた。


「ねえ、クオーリア? 突然黙ったりして

急にどうしたの? 体調でも悪いの?」


「何でもないよ。

私ってば今、明日提出の学校の宿題やって

無いの思い出してどうしようか焦って考えてたの。

ところで話は変わるけど、

ママは最上階に行く用事あるんじゃない?」

先輩は苦笑いしながら母親の話を切り上げた。


『バタン!』

僕達が座っている部屋の入口のドアが閉まる音だった。


『ピロピロ~ン!』


「あら着信だわ? 」

先輩の母親は電話に出て、

待ち合わせの場所について話をしているみたいだったが、その電話はすぐに終わった様だ。


「ごめんね、私てっきりゲートのバーチャルルームと場所を勘違いしてたみたい。

久しぶりに娘のお友達に会えて良かったわ!

じゃあね」

そう言うと、先輩のお母さんの実体は消えてしまった。


「先輩のお母さんって本当に先輩にそっくりですね?」


「・・・・・・」

普段あんなに元気のいい先輩が、

今は何故かうつ向いたまま僕の問いかけに応えてはくれなかった。


「あれ、先輩どうしちゃったんですか?

いつもの先輩らしくないですよ!」

目の前の元気の無い先輩に対し何も行動を起こさないなんて僕には耐えられなかった。

だから僕はチルダに事情を知らないか聞いてみた。

「ねえ? チルダは先輩が元気がない理由、

何か知ってる?」


「・・・・・・」

チルダの返事は無かった。そしてすぐに僕は理解した。

「チルダがいない!」

やっぱりチルダはさっきこの部屋から出て行ったんだ!

「こうしちゃいられない。

先輩?

一緒に早くチルダを追いかけましょう!」


「私はいい。

ごめんねアーレス。今は一人にさせて」


「え?」

すっかり元気を失った先輩は下を向いてうなだれ、いつかのように僕の手を拒んだ。

先輩は下を向いていたから表情はわからなかったし、声も平静を装おっていたみたいだったけど、そんな先輩が流す一筋の涙を僕は見逃すことは出来なかった。


「駄目ですよ先輩!

ここで目をそらしちゃ!

先輩後で絶対後悔します!

僕、そんな先輩の悲しむ姿絶対みたくないですから!

さあ! チルダを探しに行きますよ!」

僕は、映したものが硬直し、

逃げられなくなるくらい真剣な目で先輩の目に訴えた。


「アーレス……!」


「どうしました?先輩?」


「わ、私の事、先輩じゃなくて名前で呼んで……欲しいな」

先輩のこういう態度ってツンデレ丸出しでわかりやすいんだよな

~。

「いいですよ! クオーリア!………せ~んぱい」


「こらー! 違~う!」

手を握って無いほうの手で、先輩は僕の頭に何発もげんこつをおみまいしてきた。


「嫌で~す!ハハハ、ハハハ」


「いいから名前で呼べ~!」

先輩は僕に名前を呼び捨てで呼んで欲しいらしい。


僕達はそれから全力でチルダを探した。

女性の歩く速さに合わせる?

そんなの関係ねぇ~!と言わんばかりに

僕は先輩の手を後で跡が残る程硬く握り、

後で恥ずかしくなる程強引に

、そして力強く走りだした。









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