XPx-PxX≡[X,Px] ≠0 素顔

いつの間に降り出したんだろう。

いつの間にか、僕らの頭には土砂降りの雨が降り

続いていた。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!目を覚ましてよ!」

チルダは、かつて駅のテラスの上で僕の先輩を人質にとったお姉さんの前で泣き崩れていた。


お姉さんはとても美しい女性だった。

ここで言うのは不謹慎かもしれないが、

彼女の顔はどことなく何故か何かをなしとげた顔をしているように見える。

雨が彼女の結んだ髪をほどいていた。

長く綺麗なサラサラの髪だった。

雨はまた、晒しを巻いて女性だということを

隠していた彼女の胸部を露にし、

彼女の女性らしい丸みを帯びた身体のラインが現れていた。

彼女はさらしの下に拳銃を隠していたようだ。

弾は一発も入っていなかった。

ライターのZippoのようなデザインの特徴的な小さな拳銃だったから、僕はそれが、クオーリアを人質にとった時に持っていたものだってすぐにわかった。




「チルダのきょうだいのデグリーって女性だったんだね。

自分をオレって言ってたし、髪を結んで長い髪を隠して男っぽくしてたからてっきり、男だと思っていたよ」

チルダが言うには、お姉さんは

アジトでの長い生活の中で、女性らしさを隠して今日まで戦ってきたらしい。


「お姉さんは、たくさんのものを我慢して

生きてきて、生き苦しかっただろうね」

僕はチルダにそう言ってみた。


「それもあるかもしれないですね。

でもあたしはこうも思うんです。

姉は自分が一番大切に思うことに真っすぐ生きてこれた。

そこは幸せだったんじゃないかって……」


チルダのその言葉は、僕の心に深く突き刺さった。



高校生の女の子を大人が銃で脅し、人質に取るなんて、

卑怯で非道で、絶対にやってはいけない事なんだ。


だから、僕がもしこの事件に直接関わっていない第3者だったら、

お姉さんが殺されって聞いた時にきっとこう思っただけに違いない。


「自業自得。そして、家族や大事な人達と支え合ってきた自分の大切な命を、

粗末にして自分の都合だけで捨てた身勝手な人」

だと……。



でも、今こうして事件の現場に居合わせた僕の気持ちは複雑なんだ。

お姉さんが悪で、僕達が正義って簡単に片付けていいのだろうか?


お姉さんがそこまでして守りたかったものって、

いったい何だったんだろう?


お姉さんがそこまでして僕達に伝えたかったことって、

いったい何だったんだろう?


その瞬間、デジャヴュのような感覚が僕の頭をよぎった。

僕の頭は、今はもう忘れてしまった大切な記憶を思い出そうと

必死だった。



チルダのお姉さんが亡くなってから月日が経ち、

季節が春から夏に変わろうかとしていた。

今日、チルダがまた学校を休んだ。

僕と先輩は放課後、今日の部活は止めてチルダのお見舞いに行ったんだ。


「こんにちはー! クオーリアです。

相方アーレスと一緒にチルダさんのお見舞いに来ました」

先輩が玄関で大きな挨拶をすると、

顔を涙でくしゃくしゃにして取り乱しているチルダのおばさんが出てきた。

おばさんに詳しく事情を聞くと、チルダからおばさんと先輩と僕に宛てたタイマー式のホログラムレターを見せてくれた。

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