lim x→0 {1/x^2 2}決して追い付けない何か
ドーラ人達の暮らす住居区には、
学校、病院、会社、工場、役所、
等、一通りの施設はそろっていた。
でも、たった一つだけ僕にもはっきりとした違いがわかった。
人が少ないのだ。
道路には車もちらほら走ってはいるが、渋滞なんて無縁そのものだった。
僕が首をあちこちに回しながら周りの景色に驚いている間に
チルダが自分の家に入ろうとしていた。
チルダの家、と言うより、ドーラ人の住居区の家はどれも広くなく、
質素な作りをしているようだった。
僕はそろそろ引きかえそうと思い、遠目から観察していた彼女に背中を向けた丁度その時だった。
「先輩? さっきからこそこそあたしの跡をつけて、
どういうつもり?」
チルダは僕のその後の反応などには全く興味を示さず、
氷の様な面持ちで前だけを向いて家の中へ入って行った。
「バ、バレてた……?」
チルダに核心を突かれ、ドクンドクンと乱暴に脈打つ僕の心臓は
今にも止まりそうだった。
僕はこのとき、明日学校でチルダに会ったときにどう言い訳しようかということで頭が一杯だった。
僕はただその場に立ち尽くし、
しばらく下を向いて無駄な作戦を考えていた。
「痛~つ!」
左肩と左ひじの関節が死ぬほど痛い。
「痛い痛い痛い。本当に死んじゃうからやめて!」
間違いない。
僕は後ろから手加減抜きのプロセス技をかけられたのだ。
まあ、犯人はすぐにわかったのだが……。
僕は手加減を微塵も感じられない関節技から解放されると
すぐに後ろを振り返った。
「誰かと思えばアーレスじゃん!
こんなところで何一人でぶつぶつ独り言言ってたの?」
「クオーリア先輩! 誰かわからなかった風に言ってますけど、
最初から僕ってわかってたでしょ!
何で油断している僕にプロセス技とかかけるんですか!
僕、一つ間違ばコロッと逝ってましたよ!」
僕は先輩にうやむやにされない内にもの申した!
「まあまあ、そう怒りなさんなって。
そんなにいつもピリピリしてると禿げるよ~。
まあ百歩譲って、プロセス技をかけたのは悪かったよ。
でもさぁ、アーレスったらぶつぶつ独り言を言いながら完全に自分の世界に入っちゃってて、
私が後ろから近づいたり背中に落書きしても気がつかなかったし~。
あ~、全然面白くな~い!
だからさ、今この作品を読んでくれている読者の人達にもっと楽しんで貰おうかな~w
て思ってファンサービスしただけじゃん!
文句ある~!?」
「そんな理不尽な理由で僕を危険にさらさないで下さいよ!」
「悪かったって言ってんじゃ~ん。
アーレス、あんた男でしょ?些細なことで女々しいよ!」
「はぁ~、もういいですよ!」
「ところでアーレス、あなたどうして
チルダの家の前にいるわけ?」
先輩は目を丸くして僕に尋ねた。
先輩にとって僕がここに来たのは、どうやら本当に意外だったようだ。
「え~と、ギャング脱獄のニュースがあって物騒じゃないですか。
チルダを家まで送ろうとして断わられたんですが、
何かあったら遅いですし、いつでも飛び出していけるように
後ろをつけてきたんですよ」
本当の理由はチルダの家に行ってみたいという知的好奇心だが、
それを先輩に言うと怒られること確定なので、
僕はそれっぽく考えた言い訳で説明した。
「はいはい、つまりまとめると、
あなたはチルダの家に行ってみたかったから跡をつけた。
そうよね?」
『先輩……僕の本心見抜いてる?』
よそ目で後ろに後ずさりしようとする僕が、
狙った獲物を逃すまいとする先輩の鋭い目から逃げられるはずは無かった。
「あ~わかった。
このストーカー! 気持ち悪い! 変態!」
「先輩、痛い痛い、死にますって~!」
「ごめんなさいは?」
「チルダに対してならわかりますが、
どうして僕が先輩に謝らないといけないんですか?」
「それはね……なんとなくあなたがムカつくから?」
「そんなむちゃくちゃな~!」
「あれ~? ごめんなさいが聞こえな~い!」
「ご、ごめんなさ~い(涙)」
結局僕は、先輩からの手加減を知らないプロセス技の
第2ラウンドを受けるハメになった。
どうして僕の周りの女性には清楚だったりおしとやかとかな感じの優しい人がいないんだろう。
「ところで先輩はどうしてここにいるんですか?」
「私? 私はお父さんのお墓参りの帰りよ。
帰りついでにチルダの家に寄ろうと思ったのよ」
「そうだったんですか。
先輩はチルダの家に行ったことがあるんですね。
チルダはよくオッケーしてくれましたね?」
「そうね…………?
ちょっと~! それどういう意味~!
私を家に入れるのってそんなに迷惑?」
先輩を一度家に来させると、そこは必ずたまり場にされる。
家の両親?兄弟? そんなの先輩は気にしない。
まるで飼い猫のように悪い意味ですぐに気にいられてしまう。
異性なら遠慮?ノンノン。先輩はそんなの微塵も気にしない。
僕の家はすでに先輩にマーキングされ陥落している。
マーキングと言うのは僕より存在感が勝ると言うことだ。
僕の親は先輩が僕の彼女と勘違いしているし、
先輩は否定しない。
少しは気にしてくれ!
僕が苦労しているくらいだ。チルダも先輩には苦労しているだろう。
「先輩。今からチルダの家に行くんですよね。
僕は先に帰ります」
「え?アーレス、あなたも来るよね?」
「いえ……だから、僕は」
「もう一度言うね。来る……よね?」
「はい」
僕は折れた。大丈夫、いつものことだ。
僕は、先輩と一緒にチルダの家にお邪魔することにした。
「こんにちは~! クオーリアです。 こんにちは~!」
「先輩らしいや」
僕はそう思った。
先輩はインターホンは使わない。
そのよく響く音圧の強い肉声は、
家の隅々までじゅうぶん響くに違いなかった。
「あら~! クオーリアさん、いらっしゃい」
大人の女性が出てきた。チルダのお母さんらしい。
「ところで、お連れの男の子はだあれ?」
チルダのお母さんは僕のことが気になったようだ。
「おばさんはこいつ誰だと思います?」
先輩は、僕達がカップルだとおばさんに誤解させたいようで、
僕の左腕に体を密着させて、おばさんの質問を質問で返したんだ。
「う~ん、そうね……。
わかった! クオーリアちゃんのお兄さんでしょ?」
事情を知らないおばさんは満面の笑みだ。
「グ、グサー!!」
「ちょっと、クオーリアさん?
今お腹痛いの?
大丈夫~?」
『ガクッ orz』
「私ってや、やっぱりそう見えますかね?」
先輩はバレバレな作り笑いで、落胆を隠していた。
「おばさん、僕はアーレスって言います。
僕はこの人の部活の後輩なんですよ」
いっぱいいっぱいな先輩に代わって、僕がおばさんに僕達の関係を話した。
「あら! そうだったのね、クオーリアちゃん、ごめんなさいね」
「いつもの事ですし、だ、大丈夫ですよ~!」
「痛っ。アハハ、アハハ」
僕は痛みを笑ってごまかした。
先輩は平静を装いつつも顔を赤らめ、右手拳で僕の背中を何度もグリグリしたり軽くジョブを入れたりしてサンドバッグ代わりにしている。
先輩の悪癖だ。飼い主に甘噛みをする飼い猫のように、
先輩に悪気が無いのは知っている。
先輩は今僕にかまって欲しいんだ。
そんな事無いよって言って欲しいのだ。
僕はそんな先輩のわかりやすいツンデレな行動が、
幼さが好きだったりもする。
「お母さん~、さっきから玄関で何してるの?」
奥の部屋からチルダが出てきた。
髪がボサボサで上はシャツ1枚、下は短パンでラフな格好をしていた。
「ちょっとチルダ!何よ、そのだらしない格好は。
あんたのお友達が来てくれたのよ」
僕はチルダと目があった。
「ちょっと! どうしてあんたが来てるのよ!
もう、知らない! 」
チルダは、玄関に僕と先輩を置き去りにすると、また
奥の部屋に戻って行った。
「あの……、僕はどうしたら?」
僕はおばさんに相談してみた。
「私が遊びき来た時、チルダの着替えの間、
いつも玄関で待たされるから心配いらないわ」
おばさんの代わりに先輩が答えてくれた。
「ごめん、お待たせ。あたしの部屋に来て」
先輩の言うようにチルダは着替えをして戻ってきた。
僕は先輩と一緒にチルダの部屋に案内された。
部屋にあるものは茶色と白のものばかりだ。
モダンで光の弱い電球色の白熱電球の照明も相まって、
部屋全体としてシンプルで落ち着いた雰囲気だった。
僕は二人と話す会話のネタがすぐには思いつかなかったので、
とりあえず部屋の周りを見渡すことにした。
僕はアジアンティックな香水のような部屋の匂いが気になった。
「なあチルダ? この部屋いい匂いがするね。何かしてるの?」
僕は気さくな態度でチルダに聞いてみた。
「…………」
チルダは僕の方を無言で暫く見つめると、何も話さずに
先輩と話しだした。
「あらら。跡をつけたこと起こってるんだね」
僕は作り笑いでその場の空気を誤魔化した。
チルダの感情の起伏は理解するのが本当に難しい。
僕の自業自得だし、今は我慢しなきゃ。
「…………」
チルダはさっきお手洗いに行ったきりなかなか戻って来ない。
僕が一人頭の中であることないこと考えていると、
落ち着きの無い先輩はなにやらごそごそやっている。
こういう退屈している時の先輩の行動にはろくな事がない。
実のところを言うと、
僕は先輩が私的家宅捜索が黙認された世界の冒険者じゃないかと疑っている。
今僕の目の前にいるそのアンモラルで迷惑極まりない冒険者は、
なに食わぬ顔でさも当然の事のようにチルダの部屋を物色し始める。
「ちょっと先輩! 勝手にチルダの部屋の物をあさっちゃ駄目ですってば!」
「いいじゃん、泥棒する訳じゃないし~。
私はチルダのアレを探しているだけなの~」
「駄目ですって、チルダぜったい怒りますよ!
その時、先輩は何て説明するつもりですか?」
「あ、みつけた!」
先輩は僕の訴えをあっさりと払いのけ、
探していたものをみつけたらしい。
「これよ。ねえ、アーレスも見るでしょ?」
そう言って先輩が僕にも見えるように出してきたのは
チルダのアルバムだった。
「もう、後でチルダに何を言われても僕は知りませんからね」
僕は全く意味が無いであろう予防線をはったのち、
先輩と一緒にアルバムの写真を見ることにした。
アルバムの写真には、幼い頃のチルダが家族と一緒に写っていた。
「あっ、この時のチルダ、すごく可愛いですね!」
「そうね。今みたいに心を閉ざして無いから、
すごく幸せそうな表情をしているわ」
あれ、このチルダより年上の女の子は誰だろう?
「ねえ先輩。この写真で泣いてるチルダを慰めている
一緒に写ってる年上の女の子は誰でしょうね?」
「ほんとね。あら、よく見たら、他の写真にも沢山写ってるわ」
「チルダにはお姉さん~」
「ちょっと先輩! 何で勝手にあたしのアルバム見てるんですか~!」
僕の言葉を遮ったのはチルダだった。
戻ってきたチルダは先輩に向かってそう言うと、
僕と先輩からアルバムを取り上げた。
その後チルダはアルバムの話題を誤魔化すかのように
自分から先輩の食いつきそうな話題をふって、
チルダと先輩二人で女子トークを始めた。
女子トークは盛り上がったようだ。
「あら、もうこんな時間」
先輩にとって時間はあっと言う間だったらしい。
「チルダ。今日は急に押しかけてごめんね。
じゃあまた明日学校でね。バイバイ」
「はい。先輩、さようなら」
僕と先輩はチルダにお別れをいい、家に帰る事にした。
僕は先輩を家の近くまで送ってから、家路に着いた。
僕の中では何かが引っ掛かっていた。
あのアルバムの写真が異常にいたんでいた事。
写真に写っていた景色や物がいろいろ、古いんだ。
そして、アルバムにチルダと一緒に写っていた
年上の女の子。
僕はチルダに直接聞いて見たかったが、
跡をつけた件で仲直りが出来ていないこともあり、
今はまだ聞かないことにした。
次の日、元気と無遅刻無欠席だけが自慢のクオーリア先輩が学校に来ていなかった。
僕は、その珍しい光景に
『今日は台風が来るな』と思った。
しかし、その日僕に襲いかかったのは、
『台風』なんてそんな生易しいレベルの出来事では無かったんだ。
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