∵P(A) > 0 のとき P(B/A)=P(A/B)P(B)/P(A) 囚人のジレンマ

僕とチルダは部室に先輩が来るのを暗くなるまで待つことにした。

しかし、結局その日先輩が部室に来ることはなかった。

僕はその日の部活のほとんどの時間、

段々暗くなっていく空を部室の窓から考えごとをしながら眺めることに費やしていた。

そして、そうやって時間を無駄に費やしている間にとうとう下校時間になった。

僕はチルダと話し、一緒にクオーリアの家にお見舞いに行くことにした。



僕達はクオーリアの先輩の家に着いた。

僕はさっそく玄関のインターホンを鳴らしてみたが、

しばらく待っても誰も出てこない。

僕は玄関のドアノブを触ってみたが、

カギがかかっていてびくともしない。


「ごめんなさい。これ、あたしの家族のせいかもしれない」

ばつの悪そうな表情でチルダが僕に話かけてきた。


「どうしてチルダの家族が?

昨日、先輩とお邪魔したけど、

おばさんとっても優しい人だったよ」


僕がそう言ってチルダを元気づけると、

チルダは家族からであろう人からの

昨日届いたメールを見せてくれた。


メールの内容↓

『チルダ、俺決めたわ。

俺は明日世間から非難される

ような事で注目を浴びるかもしれないけど、

俺を信じろ。

俺達ドーラ人が毎日を安心して暮らせるように、

俺達ドーラ人の誇りを取り戻すために、

頑張って来るからな』



チルダの横顔は寂しそうだった。

その姿を暫くみつめていると、彼女の瞳から

まるで流れ星のように一筋の涙が走ったような気がした。

「ねえ、チルダ。もしかして今泣いてる?」


「泣いてません。

先輩は本当にデリカシーが無いですね!」

僕の言葉はチルダにあっさりと全否定された。


「先輩。クオーリア先輩はあそこかもしれない!

着いて来てください」


「うん、わかった!」

こうして僕はチルダに言われるがままに着いて行った。



チルダに言われてたどり着いた場所は、

ドーラ人の住居区に一番近い駅だった。

駅には沢山の人だかりが出来ていてその真ん中では

軍の機動隊が駅の建物の屋上テラスに向かってメガホンでなにか話しかけていた。


僕が恐る恐る屋上テラスに目を向けると、

クオーリア先輩が男に捕まり、眉間に銃を突き付けられていた。


「お前らアース人の支配のせいで、先住民の俺達は怯えながら

毎日を暮らしているんだ!

俺の要求は、ドーラ人の独立だ!

この国の全部とは言わん。半分を俺達に返せ!

そして、てめぇらの宗教の習慣を俺達に押し付けるな!

この条件を呑んでくれればこの女は解放する!

でも、もし呑めないなら、この女はこの場で殺す!」


機動隊長

「今は返事は出来ない。まずは女子を解放しなさい!

話は後で聞く。これは最終警告だ!」


「交渉決裂だな。さようなら……お嬢さん」

テラスの男は最後にそう言うと、ゆっくりと

クオーリア先輩のこめかみに突き付けた銃のトリガーに指をかけた。


機動隊は全員、テラスの上で独立を訴える男の銃を持つ右手の腕に銃で狙いを定めていた。


「嘘だろ!やめてよ!冗談だと言ってよ。ねえ?」

僕はテラスの男が話している言葉の内容はほとんど頭に入っては来なかった。

絶望し混乱した頭で自分の中でぶつぶつ言っているだけだった。


でも、いざ、クオーリア先輩がまもなく殺されようとする時、

僕は我慢が爆発した。

僕は機動隊より前に出てテラスの男に直接怒りをぶつけた。

「てめえ、ふざけんな! クオーリア先輩が何をしたって言うんだよ!

クオーリア先輩のお父さんはなー!、

お前らドーラ人の連続テロ事件の犠牲になって、殺されてるんだぞ!

クオーリア先輩のお父さんはアース人だけど、

君たちドーラ人の人権を守る活動をやってきた人だったんだ。

その人の娘が……クオーリア先輩。

あんたが今殺そうとしているその人だよ!

クオーリア先輩はな、お父さんをドーラ人に殺されても、

他のクラスメートのようにドーラ人達を恨んだり目の敵にしたりせずに平等に生きようとしてるんだ!

僕の大好きな先輩なんだよ!」

僕は興奮して高くなった声で、テラスの男にそうはっきり言い放った。


テラスの男は僕の言葉を聞いた後、暫く僕と先輩の方を何度も見返していた。


「もう、こんな事は止めて!」

僕の横にいたチルダが、涙を流しながらテラスの男に向かってそう叫んだ。


テラスの男は動揺し、先輩に向けた銃先がクオーリア先輩からほんの一瞬外れた。


機動隊はその瞬間を見逃さなかった。

『ピューン!』

『バチッ!』

機動隊の一人が、男が持つ銃を、銃弾で弾いた。

『クルクルクル~』

男がつい先ほどまで持っていた銃が回転しながら宙を舞う。

そして、その直後。

「痛っ!」

テラスの上後方で隠れて待機していた

機動隊の一人が男を後ろから取り押さえ逮捕した。



先輩は無事、解放された。

しかし、先輩はその日1日中死んだ魚のような目をしていて、

自分の母親の前でずっと恐怖で震えていた。

僕とチルダは、先輩の母親に何度もお礼を言われた。

そして、先輩は母親と病院まで行ってしまった。


いつの間にか、ついさっきまで人だかりで凄かった駅の周りは閑散とし、

まるで何事も無かったかのように一気にひと気が無くなっていた。


僕はチルダが心配になり、彼女の方を向いてみた。


「先輩、ごめんなさい。ごめんなさい」

チルダは……深く深く、泣いていた。










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