第183話「盤外戦術」後編

 第八話「盤外戦術メタゲーム」後編


 「重ねて言うが、正統・旺帝おうていは裏切ってはいないと俺は確信している」


 皆は納得がいかないだろう断言だが、俺は構わず先を続けた。


 「宮郷みやざと 弥代やしろから報告のあった軍船は造形からも確かに正統・旺帝おうていのモノだろう。なら今回の九郎江くろうえ奇襲にもの国が加担しているのは明らかだろうが……」


 これはこの場にいる者達全員の考えも同じだろう。


 「それが正統・旺帝おうていの国家としての決定だとは、俺は思っていない」


 そして、それに対する俺の意見はどうみても説得力に欠ける。


 「その理由はぁ?」


 当然寄せられる疑問に俺はよどむこと無く続けた。


 「俺は香賀かが城攻めでも、那古葉なごは攻めでも、正統・旺帝おうていの”独眼竜”とは共にくつわを並べて戦った仲だが、奴は噂通りの人物だった。そして”黄金龍姫おうごんりゅうき”とはその時に数度、顔を合わせたくらいだが……それでも、清廉で公正な賢君との噂は間違いないと思わせる人物だったと思う」


 そうだ。穂邑ほむら はがね燐堂りんどう 雅彌みやびも、俺は人物として大いに評価していたのだ。


 「それはぁ、サイカくん的な浪漫ろまんと唯の希望論じゃないかしらぁ?」


 熱く語る俺にだるげ女が冷や水を浴びせる言葉を投げるが……


 「軍の一部が動いたからといって、それが国の総意とは言えないだろう?」


 「けれどぉ、正統・旺帝おうてい雅彌みやび姫はぁ、新政・天都原あまつはら京極きょうごく 陽子はることは従姉妹いとこ同士なのよねぇ?」


 皆を納得させるには少し苦しい理由を口にする俺に弥代やしろは容赦はしない。


 そしてこの場合、宮郷みやざと 弥代やしろの方が理が在ると誰もが思ってもいるだろう。


 だが俺は――


 「新政・天都原あまつはらがこの戦で勝利した後の事を考えれば、中立という立場は良くないから多少なりとも心証を良くしておこうと考えて部下の一部が勝手に動いたというのが俺の考え……いや、そういうふうに一部に思考させるように陰謀を張り巡らせる事くらいは、あの”無垢なる深淵ダークビューティー”ならば考え得るというのが俺の結論だ」


 「……」


 「……」


 難しい顔で黙り込む面々……


 論理的には破綻していない。


 京極きょうごく 陽子はるこの恐ろしさを識る者達ならば、考えすぎでは無い事も理解出来るだろう。


 しかし、今回の俺の推測は大いに”人”というものに、個人的願望にかたよっている。


 もっと言うならば”人情”に……要するに”甘すぎる”のだ!


 俺は面々の顔を見渡しながらも皆の反応を待っていた。




 歴史に記される”鈴原すずはら 最嘉さいか”という人物は……


 弱小国の臨海りんかいを短期間で天下を狙える大国にまで押し上げた傑物である。


 その力量は、政治、知謀、統率力から、個人的な武力に至るまで……並外れて突出していると衆目が一致する事だろう。


 だが――


 例えば、知謀にいては”無垢なる深淵ダークビューティー”と呼ばれる京極きょうごく 陽子はるこには及ばないという意見も多く、統率力にいては長きに渡る戦乱の世でより勝る将帥は存在するだろう。


 個人的武力と同様にそれらは一概に比較するのは難しいのだが、その行動からハッキリしている事もある。


 それは”支配者”としての冷酷さ……


 時には情を捨てより効率的に物事を進める非情さが支配者には必要である。


 法と秩序にのっとった治世を至上とする京極きょうごく 陽子はるこ


 覇権最優先で合理的思考以外は無意味とばかりに我が道をゆく藤桐ふじきり 光友みつとも


 同じ時代、ほぼ同世代に在った英傑達と比べても、鈴原すずはら 最嘉さいかは度々情に流され、判断をより困難にする傾向があった。


 それは支配者として、時代の先導者としては、明らかに前述二人の後塵を拝する決定的原因、つまりは欠点であろうが……



 ――”鈴原すずはら 最嘉さいかの恐ろしいところはね、人情それが足枷になる事さえも計算に入れ、最終的に元を取る事が出来る”食わせ者”ってところでしょうね”


 鈴原すずはら 最嘉さいかの想いびとでもある才媛、新政・天都原あまつはら京極きょうごく 陽子はるこは、ましさと誇らしさが混在するような複雑な笑みを浮かべて部下にそう語ったことがあるそうだ。


 それは本当に鈴原 最嘉かれを表す言葉と言え、そして――


 京極 陽子かのじょ鈴原 最嘉かれに向ける評価を物語る逸話であっただろう。




 「人として信じられるものが、あの二人には確かにあった!それが俺の結論だ」


 正直、自分で言い切っておきながらも”理不尽だなぁ”と思わなくもない俺だが……


 それでも、少なくとも、岐羽嶌ここに集った皆は最終的には頷いてくれた。


 「そうね……あの一騎打ちも……わたしのために……してくれたのよ……ね」


 そして、誰にも聞こえないくらいの声でボソリと呟いた宮郷みやざと 弥代やしろの垂れ目気味の瞳が、少しだけ潤んだ様にも見えた。


 「報告をしてくれた弥代やしろは本意ではないかもしれんが、取りあえず正統・旺帝おうていの件は捨て置く。勿論、那古葉なごは方面の警戒は怠らないようにするが現状はそれだけだ」


 俺の決断に皆は再度頷き、そしてこの議題で先頭を切っていた宮郷みやざと 弥代やしろは……


 「そうねぇ……”それ”でいわ。そういう”甘ちゃん”で駄目なところにも惚れてるからぁ」


 垂れ目気味の瞳を俺に投げかけ、場もわきまえずになんとも妖艶に微笑むポニーテール美女。


 「う……お、おぅ」


 対して、年上のお姉さんに意味深に魅詰みつめられ、思わず返答があやふやになってしまう俺。


 ――くっ!この女……不意打ちで


 ――てか、これじゃ示しがつかないだろ!だ、だれかっ!?


 「弥代やしろさんっ!ここは軍議の場ですよ!!」


 大胆不敵な宮郷みやざと 弥代やしろの発言に、鈴原すずはら 真琴まことは立ち上がって机を叩く!


 ――な、ナイスだ!真琴まこと!言ってやれ!この常時自己中心的クイーンオブ・マイペース女に言ってやってくれ!


 「そ、それに……わ、私も……いいえ!私は最嘉さいかさまの甘ちゃ……お優しいところだけじゃなくて勇ましいところも!魔法の様な戦術を創造される超素敵なところも!最強でカッコイイところも!あと……あと……ミニスカート好きとか、女性の匂い好きとか、意外と対象年齢ストライクゾーンが広くて寛大なところとかも!全てにいて最嘉さいかさまが大好きですっ!」


 ――おぉぉい!真琴まことさぁぁんっ!


 ――勢いに任せた俺の性癖暴露はやめてぇぇっ!!


 「おお、大将。モテモテじゃねぇか、はははっ!どおりで俺様が相手にされないわけだ」


 熊谷くまがや 住吉すみよしが雑な顔をさらに破顔させて豪快に笑う。


 「いやいや、流石は我が君。この神反かんぞり 陽之亮ようのすけ盤面遊技ロイ・デ・シュバリエだけでなく女性関係でも参りました」


 ――うるさい!うるさい!うるさぁーーい!


 ――大男に優男!!嫌みか!?揃いも揃って、ここぞとばかりに何時いつぞやの意趣返ししやがって!!


 「さいかぁ……」


 ――うっ!ま、まさかお前もか!?雪白ゆきしろ……


 「お昼ランチは豪華焼き肉定食がいい」


 「お前はもはや俺を”金づる”としか見てないなぁっ!!」


 一転し、こんなふうに場は別の意味で大いに荒れたのだった。


 ――


 「ええ、ごほん……再び仕切り直しだが」


 何回目だよ、ほんと今日は……


 今日の俺は、本当に恥ずかしくて顔から火が出る思いばかりだ。


 ――くそっ!


 「それで、肝心の九郎江くろうえ防衛の話なんだが……」


 「おう、全てこの廉高やすたかにお任せあれ、若」


 恥辱に耐えながら会議を再開した俺の視線を受け、九郎江くろうえ防衛の責任者である比堅ひかた 廉高やすたかは力強く頷いた。


 「ああ……で、そこに例の鷦鷯みそさざい城に出現した強襲部隊の将である十二支えと 十二歌たふかと思われる人物が敵の増援として現れるだろうが……」


 俺は続けながら席を立ち、そして円卓をぐるりと廻って、席の一つに腰掛けた”ある女性”の後ろで立ち止まる。


 「情報からも、その将を戦場で自由に動き回らせるのは良くない。任せても良いか?清奈せなさん」


 ――


 背後からかけられる俺の指名を受け、その場の視線が彼女に集中した。


 「あ、あの……わ、私ですか!!お、王様!!」


 普段から””おどおど”とした挙動のお団子ヘアの可愛らしい女性は、突然の指名と衆目を受けて、いつも以上にキョドって見るからに混乱する。


 相変わらず年齢不相応な可愛らしさの女性……花房はなふさ 清奈せな


 彼女は――


 「あ、あの……そ、そんな、く、熊谷くまがや様にも勝っちゃうような……そ、そんな強い方にわ、私では……あの……」


 「足止めが主たる目的だから特に問題は無いだろ?清奈せなさんなら」


 テンパってぐるぐる目になる花房はなふさ 清奈せなに、俺は軽く応じてからそっと辺りを見回した。


 ――なるほど……臨海りんかい国の旧臣達以外は、”なにを血迷った人事を?”ってな顔だなぁ


 俺はそれも仕方がないと思う、


 花房はなふさ 清奈せなの幼い容姿とこの自信の無い言動は、彼女を必要以上に頼りない人物だと、見る者に思われても仕方が無いだろう。


 「……ふぅ」


 シュバッ!


 彼女に話しかけたそのままで、無言で拳を突き出す俺!


 ――!


 鋭い拳一閃!


 振りかぶるどころか肘を僅かも引かずに撃ち出される一挙動の打突だ!


 前動作無しノーモーションで殺気さえも隠した俺の本気の当て身を――


 ヒュォン――


 その標的は、片手だけで円を描く様に軽く打払った。


 「っ!」


 そして息を呑む一瞬で、影のように俺の懐に寄り添って立つ女。


 もう一方の手刀は当然のように我が首元に寸止めされていた。


 「……」


 ――ゾッとするほど冷たい瞳……


 先ほどまでの可愛らしい女性は、まるで人格が入れ替わったかのような冷たい感情の無い瞳で間近から俺を見上げていたのだ。


 「……おたわむれは……寿命を縮めますよ、あるじ


 「……っ……はは」


 たった今、死を垣間見た極寒の沈黙の後で――


 常温にて向けられる言葉に、俺はやっと吐き出した熱い息吹と共に苦笑いする。


 首元に添えられたのはやわい女性の指先だが、それはどんな氷塊よりも冷たい刃として俺の首筋に宛がわれていたのだ。


 「お、おお……」


 「ほぅ」


 「なん……て……」


 存分に凍ったその場に絶句する者、感心の溜息を漏らす者が多数……


 花房はなふさ 清奈せなの実力を熟知するいち真琴まことならともかく、初見の者達には刺激が強すぎる光景だったろう。



 ――臨海りんかいを陰で支える特務諜報部隊、”蜻蛉かげろう部隊”隊長、花房はなふさ 清奈せな


 彼女が未だ花房はなふさという姓を得ていない頃、


 徒手格闘の源流である東外とがの門下生であり、僅かよわい十三歳で武術界隈では”解体嬢クラッシャーじょう”と畏怖される神童だったそうだ。


 その数年後に彼女は何処いずこかへ、表舞台から姿を消した。


 その理由が何かは、知る者は少ない。


 そして更に数年……


 血で血を洗う戦国世界を転々とする”もぐり”の天才医師が噂になったが、それが花房はなふさ 清奈せな、その人だったのだ。


 ――あの時の清奈せなさんは、対峙するだけで本当に心臓が凍るほどの……


 おっと!今は俺との出会いは割愛するとして、


 つまり規格外という点では、京極きょうごく 陽子はるこの隠し球と比べても遜色ない人物であろうということだ。


 「任せる」


 「……わかりました、あるじ


 まるでキャラが裏返ったかのような冷静で冷酷な瞳で応じる清奈せな


 その簡潔な返事には、いつもの”どもり”など欠片も無い。


 ――”解体嬢クラッシャーじょう”になると、暫く性格も変わるんだよなぁ


 「殺気……あったから、もうちょっとで斬るとこだった」


 俺の隣にて、事の顛末を見守っていた”もう一つの恐ろしい殺気”を放っている白金プラチナのお嬢様は、ボソリと物騒な事を呟いてから殺気それを収める。


 ――ゆきちゃんや、お前は刀が無いと超ポンコツだろうに


 「やはり只者じゃなかったのね、その女……」


 更に対面から恐ろしい圧力プレッシャーで見据えていたペリカは、過去に会見の席でまみえた事のある清奈せなの異常性には薄々気づいていたのだろう。


 「まぁ良いわ、これで会議は終わりなのでしょう?」


 ペリカは完全に圧力プレッシャーを霧散させ微笑みを浮かべた。


 そのまま燃えるような紅玉ルビーの瞳を俺に向けて席を立つと俺の方へと歩み寄る。


 「まぁ、そうだ……なっぅ!?」


 返事を返す俺の首に、不意に白い腕を回すと彼女はそのまま豊満な肢体を押しつけて耳元で囁いた。


 「じゃぁこの後は大人の時間ね、最嘉さいか。せっかく来たのだからわたくし昼食アルムウェルソを……それから、ふふ」


 ――おおぅ!?


 なんとも横暴な胸……じゃなくて態度で俺を誘うあかい美女――


 「さ、最嘉さいかさまっ!!私、お弁当作って来てますのでっ!!」


 すかさず真琴まことが立ち上がって割り込み、可愛らしい弁当袋を掲げて猛アピールする!


 「お、おぅ、そうか…………て、わっ!?」


 真琴まことに応じる間もなく俺の横側、ペリカとは反対側からポニテ美女が腕を絡めて身を寄せてきた。


 ――や、弥代やしろ!いつの間に!


 「サイカくん、それじゃぁ行きましょうかぁ」


 ――くっ……や、やわらかくて良い香りが……


 ペリカとはまた違った豊満な身体グラマラス・ボディ


 少し垂れ気味の瞳がだるげで色っぽい宮郷みやざと 弥代やしろは、しなれかかったままで薄くあかい唇に笑みを浮かべる。


 「や……ええと……だから……だな」


 両サイドからのピンクな肉圧に俺は頭がクラクラしていた。


 ――だってしょうが無いじゃん!男の子だもん!!


 「ふうむ……若、女体を堪能の最中に申し訳ないが、少しことづてがあったのを思いだしましてな」


 傷だらけの厳つい顔のまま比堅ひかた 廉高やすたかがなにやら俺に報告があるようだが――


 「やらしい言い方すなっ!誰が女体を堪能だ!このエロジジィが!」


 今日の俺はもうあらゆる方向から弄られる定めなのか!?


 「これは申し訳ない。実は九郎江くろうえの一件で小国群の各王達が寝返らなかったのは、琴璃ことり姫の助力があったからで、若にくれぐれもよしなにと」


 「うぅ!?」


 忘れていたワケでは無いが、今回は浦橋うらはし 琴璃ことりたちの働きが大きい、


 確かにそれは間違いないが……


 「なんだぁ?大将、ほんとに許容年齢ストライクゾーンが広いな、がははっ!」


 「だから、うっせぇ!熊ゴリラ!!」


 「そうカッカするなよ、エロ大将」


 「ぐ……ぬぬぬぬ」


 今日の俺は本当に弄られ当番だ。


 大戦の最中に、それも劣勢な状況で、ほんとにこれでいいのか?我が臨海りんかい国!?



 「そんなお子様の話は後にしなさいな、最嘉さいか。今はわたくしと熱い大人の昼食アルムウェルソを愉しむのよ」


 ――そういうのは普通は夜食ディナーだっ!昼間っからお盛んだな、焔姫ほのおひめ!!


 「最嘉さいかさまっ!」


 ――あうっ!?そんなすがる様な瞳で見られても……真琴まこと


 「サイカくん」


 ――くっ!弥代おまえが居ると、いつも女関係のトラブルが降り注ぐ気がするぞっ!!


 「さいふ……ご飯」


 ――あーーーーーーーー!!


 ――うるさいっ!うるさいっ!うるさいっ!


 「俺の体は一つしか無いんだよっ!!世界に一つだけの体なんだよっ!!てか最後の白金プラチナのお嬢さんは自分の欲望と俺の名がごっちゃになっちゃってるんですけどぉぉっ!!」


 俺は大いに混乱し、そしてプッツンしたのだった。


 「あの……その……」


 ――ちっ!


 「まだなんかあんのかぁ!こらぁっ!」


 俺は両手をブンブンと振って二人の美女を振りほどき、そして頭を乱暴に振って声の方を睨みつけた。


 「し、尻が痛くなってきたので……席に座っても、よ、宜しいでしょうか?」


 「…………」


 ――


 「あの……」


 ――


 「だろうなっ!!」


 第八話「盤外戦術メタゲーム」後編 END

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