第57話「思惑」(改訂版)

 第十七話「思惑」


 ――戦場から離れること十キロメートル程の地にて


 現地の古寺を借り受けて陣を張っていたのは”あかつき”西の雄、”長州門ながすど”の焔姫ほのおひめこと、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの軍だった。


 「本当に毎度毎度……”長州門ながすど”にだけ情報が遅いって言うのは悪意しか感じられないわね」


 少し癖のある燃えるような深紅の髪、一度ひとたび目見まみえただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の双瞳ひとみ……


 ペリカ・ルシアノ=ニトゥがたび天都原あまつはら遠征……


 表向きは”あかつき”本土の各大国立ち会いによる天都原あまつはら旺帝おうていの歴史的調停で、実は天都原あまつはら国軍総司令部参謀長、紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこを排除するための一大包囲網戦の話を聞いたのは、近代国家世界で行われた六大国家会議明けで、世界が戦国世界に切り替わってからであった。


 「藤桐ふじきり 光友みつともの使者、何て言ったかしら?……まぁいいわ、とにかくその使者が我が”長州門ながすど”に来るのが意図的に遅いっていうのは本当に不快だわ、戦の協力を頼む立場にあるにもかかわらず、大人げない嫌がらせもいい加減にして欲しいわね……ほんと」


 つめる者、ことごとくを焼き尽くしそうなほどあかあか紅蓮あかく燃える紅玉石ルビー双瞳ひとみ


 紅蓮の焔姫ほのおひめは艶のある石榴の唇から愚痴を零しながらも、簡易に用意された自陣内でテキパキと指示を出している。


 ――”外人けにん”……


 容姿の違い、言語の違い、そして特殊な環境下での民族主義の結果からか、それらの者は大体の場合、差別の対象であった。


 それは大国”長州門ながすど”の国主になった”ペリカ・ルシアノ=ニトゥ”も例外では無く、彼女とその友、”アルトォーヌ・サレン=ロアノフ”が国主ナンバーワン参謀ナンバーツーという位置を占める、現在の”長州門ながすど”に対する他国家の対応にも顕著に表れていたのだ。


 そう言った事情から初手で他国の後塵を拝した長州門ながすど軍だが、ここに来て完全に他国との後れは挽回していた。


 それは今見るように、彼女のこの意外な勤勉さと、彼女の側近である人物の功績が大きかった。


 ――アルトォーヌ・サレン=ロアノフ


 紅蓮の焔姫ほのおひめと同郷の友人であり、家臣であり、なにより最も信頼する参謀でもある白い女性。


 「使者は正確には赤目あかめ鵜貝うがい 孫六まごろくの手の者ね……”軒猿のきざる”とか言ったかしら。あと、嫌がらせ……今回に限ってそれはどうかしら?」


 古寺の本堂に設置された仮の作戦本部でペリカの側近である女性は、主の愚痴にそう答える。


 「どういうこと?アルト」


 そして紅蓮の姫は、側近の女性に言葉の真意を問いかける。


 「我が長州門ながすど軍を確実にこの”大包囲網戦たたかい”に巻き込む為の算段かと……」


 目の前の紅蓮あかい女にも劣らぬ長い髪を二つに割って三つ編みにし、それを輪っかにしてそれぞれを両耳のところで留めた髪型の、整った顔立ちの女性……


 アルトォーヌ・サレン=ロアノフは白い肌、白い髪……それは色白と言うよりは、色素を全て忘れて生まれてきたような、不自然な希薄さの華奢で存在感の薄い人物だ。


 「藤桐ふじきり 光友みつともの下に付いた妖怪ジジイの策謀だと、アルトは考えているのね」


 主であり、友である紅蓮の姫にアルトォーヌは頷いて見せた。


 「我が長州門ながすど旺帝おうてい七峰しちほうと違い、天都原あまつはらとは明確に敵対関係では無いでしょう?それに如何いか天都原あまつはらの力を削げる好機だからって、ペリカがこういった回りくどい戦に興味を示さないのではと……」


 「ふん……そうね、わたくしならそんな迂遠なやり方より、逆に今回”七峰しちほう”が出兵したのならその隙にそっちに攻め込むわね」


 さもそちらの方が好みであると、紅蓮あかい瞳を光らせる主にアルトォーヌは溜息をついた。


 「だからこそ、既に各国が”大包囲網戦”に参加した後で……他国がこの戦で利を得て強化されるのを黙ってみていられない状況にして、その利益を長州門ながすどだけが取りこぼさないよう、私達も参加せざるを得ない状況にした。各国の状況と各王の性格を知り尽くした老練な策といえるわね」


 「……絶妙の餌を目の前に吊り下げた胸くそ悪い陰謀ね、さすが”妖怪”、絶対に好きになれそうに無い年寄りだわ」


 参謀の説明に、白い指先を軽く振って嫌悪を露わにする紅蓮の姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ。


 「でもアルト、そこまでするモノなのかしら?あの暗黒姫は確かに手強いでしょうけど、光友みつともにしても悪辣、卑怯者と後世に悪名を残してでもそれを成すようなものかしら?」


 主人の尤もな意見に、腹心の白い女性は頷いた。


 「各大国の王は、ここ最近は大きな戦は行っていないわ……小競り合いは多いけど、国家の存亡をかけたという大戦はこの間の天都原あまつはら南阿なんあの戦いを除いては皆無でしょう」


 「それはそうね……」


 アルトォーヌの指摘に当然だと頷くペリカ。


 確かにここ最近は大国同士の大戦は無い。


 その理由は単純で、各大国が隣国に複数の敵を抱える状況で大戦で疲弊することはその他の敵につけ込まれるからである。


 「これは、実際に噂されていた事なのだけれど……天都原あまつはらの総司令部参謀長、紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこ臨海りんかいの領主、鈴原 最嘉さいかと裏で結託して天下を狙っていると」


 「!?」


 ペリカの紅蓮の双瞳ひとみが、よく知った名に……

 つい最近、印象的で特別な想いを抱いた男の名に……


 過剰に反応する。


 「……」


 アルトォーヌはそれを目聡く気づいた後、軽く咳払いをして続けた。


 「貴女も知っての通り、大国同士は牽制し合って大きな戦は難しい……そこで天都原あまつはらと関係の無い臨海りんかいを使って最大の敵である旺帝おうていの領土ともいえる独立小国群、赤目あかめを攻めさせる。つまり、天都原あまつはら自体は旺帝おうていと正面切って構えないようにしながらも、それでも旺帝おうていの戦力を削ぐため表面上は臨海りんかいを独立させ操っているのではないか……と考える者は多いのよ」


 「…………つまり各国は、現在一番の脅威は”京極きょうごく 陽子はるこ”であると一致したわけね」


 アルトォーヌの説明を聞きながら、紅蓮の焔姫ほのおひめの脳裏には、つい先日の六大国家会議での暗黒の美姫の姿が浮かんでいた。


 「ええ……多分ね、各国の思惑、利害関係、そこを鵜貝うがい 孫六まごろくは老練な交渉術をもって巧みに操り、この大包囲網戦の筋書きを描いたのでしょうね」


 「…………」


 側近の白い女性の説明を一通り聞き終えた紅蓮の姫は、不機嫌そうに石榴色の唇を結んでいるが、それでも用意された軍の編成図に目を通しながらという相変わらずな勤勉さで手は止めていない。


 「…………」


 「ペリカ……貴女が気に入らないやり方だというのはわかるけど、ここは”長州門ながすど”の利益のため、えてもらうわよ、そもそも各国に対して出遅れている訳だし……」


 「…………」


 「ペリカ!」


 「解っているわよアルトォーヌ……それより、先行した藤桐ふじきり 光友みつともの軍と七峰しちほうの軍は未だ尾宇美おうみ城を落とせていないのでしょう?」


 「ええ、正確な総兵数はわからないけれど、天都原あまつはら王を護衛する”紫梗宮しきょうのみや”の軍は、三千から多く見積もっても五千が精々、対して攻める天都原あまつはら北伐軍は一万、旺帝おうてい軍も一万、七峰しちほうは五千、我が”長州門ながすど”は四千……流石は音に聞く”無垢なる深淵ダーク・ビューティー”といったところでしょうね」


 陽子はるこのその天才的な戦術、手際に、軍参謀という同職であるアルトォーヌは素直に感心していた。


 「旺帝おうていは北に北来ほらい七峰しちほうは西に我が長州門ながすど、そして我が国は東に七峰しちほうと南に日向ひゆうがを敵として抱える以上、精々この辺の出兵が限度ということもあるでしょう」


 素直に天都原あまつはらの”無垢なる深淵ダーク・ビューティー”を認める自身の参謀に、ペリカは少し意地悪く反論する。


 「そうね……でも、どちらにしても私では相手にならないわね、あの天才とは」


 アルトォーヌ・サレン=ロアノフは、少し口元を綻ばせながら主に答えていた。


 ――彼女はっている


 ペリカ・ルシアノ=ニトゥは決して好敵あいての実力を認めない狭量な人物では無いと。


 ――なら、何故に今回は少し頑なな反応なのか?


 それはきっとあの人物……

 六大国家会議で出会ったという、臨海りんかいの鈴原 最嘉さいかなる人物がかかわってくるのだろう。


 六大国家会議から帰ったペリカは何時いつになく上機嫌だった。

 そう、藤桐ふじきり 光友みつともの使者という軒猿のきざると名乗る男が訪ねて来るまでは……


 つまり、ペリカ・ルシアノ=ニトゥはその鈴原 最嘉さいかという男性に本気なのだと。


 紅蓮の焔姫ほのおひめ長州門ながすどの覇王姫と呼称されて久しい幼なじみは、本来一途で今まで浮いた話などとは無縁のお嬢様だったのだ。


 幼少から寝食を共にするアルトォーヌ・サレン=ロアノフ以外はその事実を知らないだろうが……


 だから、今回のペリカの反応をアルトォーヌは可愛いと思ったのだろう。


 とはいえ、各国が欲望むき出しで、お互いを牽制し合って連携なんて皆無。

 むしろ出来るだけ労せずして最大の功を得ようと、他を出し抜くことに必死な状況の中……


 この困難な状況であくまで王を補佐して強大な敵を退け続ける天都原あまつはらの”無垢なる深淵ダーク・ビューティー”……紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこという人物の才能と矜恃に、アルトォーヌは実際、尊敬ともいえる感情を持っていた。


 「それは……ともかく、我が長州門ながすどもそろそろ動かないと。出遅れたのは事実なのだから、ここは確固たる成果を上げて戦後の取り分をしっかりとキープしましょう」


 アルトォーヌ・サレン=ロアノフは陽子はるこを称える発言の後、少しだけ間を置いてから、彼女の反応に面白くないとばかりに石榴の唇をへの字にしていた主にそう進言した。


 ――個人に対する尊敬や感心という感情はまた別の話、アルトォーヌはやはり長州門ながすどの軍師であり、紅蓮の焔姫ほのおひめが信頼を置く参謀であった


 「そうね、こんな所まで出張って来たのだから、勿論、戦果もらうものはもらうわ……まあね、出遅れたとかあまり関係ないでしょう?我が長州門ながすどの先鋒は、菊河きくかわ 基子もとこなのだから」


 長州門ながすどが覇王姫、紅蓮の焔姫ほのおひめは、参謀との会話中も継続していた作業の手を止めて、少し癖のある燃えるような深紅の髪を掻き上げる。


 そこには、一度ひとたび目見まみえただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の双瞳ひとみが、自信に満ちた光で煌めいていたのだった。


 第十七話「思惑」END

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