第15話「真琴とあなたに残せる大切なもの」(改訂版)

↓最嘉と壱と真琴、スリーショットです↓

https://kakuyomu.jp/users/hirosukehoo/news/1177354054892613288


 第十五話「真琴まこととあなたに残せる大切なもの」


 シュォン!


 「っ!」


 躱さかわれた!?


 踏切はこの上ない!

 加速も……


 つまり、タイミングは完璧だった。


 ――でもかわされた!


 私の右手に握った特殊短剣は綺麗に空を斬り、敵将、阿薙あなぎ 忠隆ただたかは、そのまま体勢をやや崩したままでも構わず自身の剣を振り下ろす!


 「っ!」


 ブォンッ!


 私の勢いよく飛び出した身体からだは前方に流れて、”剣撃ソレ”を避けるには不安定過ぎる!


 「だったら!」


 ザッ!


 私はそのまま膝の力を脱力させ、鈴原 真琴まことの会得した体術を崩壊させた。


 ――バランスを欠いて制御が難しいなら、いっそ完全に崩してしまえばいい!


 垂直に落下する身体からだ……

 そして、高度を失った私の頬を敵の刃がかすって通り過ぎてゆく……


 紙一重で死を逃れた私の視界に間を置かず地面が迫り、私は迷うこと無くそこに手を着いた。


 ブワッ!


 地面を掴んだてのひらを基点に、とり残されていた左足のかかとを背中越しに蹴り上げる!


 「……」


 ――これも難無く!?


 私の爪先とかかとには刃を仕込んでいる。


 打撃技を放ったときに出し入れできる暗器だ……それを……


 初撃空振りのため前のめりに、地面とほぼ並行になって崩れていた身体からだを強制的に落下させ、握った短剣ごと地面に手を着いた私は、背中越しに左足を相手の顔に蹴り上げた。


 凶器付きの蹴り足が狙うのは相手のけいどうみゃく


 それがこの一瞬、今さっき行われた私の……動作。


 「ふん……」


 それを難なくいなした男は、そのまま眼下でへたり込んだような体勢の私を再び光る切っ先で捉えようとしていた。


 「くっ!」


 ブォン!


 両手を地面に着いて、しゃがんだ状態から相手の足下を払う!


 「……」


 男は冷静に一旦構えを解き、これも半歩下がって容易にやり過ごす。


 ズザザザァァーーッ!


 その隙に……まさに転がるように土煙をあげて離脱する私。


 「……」


 「……」


 そうして私とその男は、二メートル程の距離を置いて再び相対していた。


 「……やはり……惜しいな……」


 抜き身の剣をだらりと下げたままの男は呟く。


 「鈴原 真琴まことよ、我があるじに仕えよ、殺して晒すには中々に惜しい」


 「……」


 私は泥だらけの顔で自身の前面、胸の前辺りに両手の特殊短剣を構えて、見下した様に声をかけてくる相手を睨み付けていた。


 「なんなら俺が口を利いてやっても良い、貴様なら器量も良いし、我があるじの趣味にも添うことだろう」


 「趣味?……フッ」


 私は可笑しくて笑った。


 ――私を……鈴原 真琴まことを欲しいと言うの?


 この危機的状況でも、私は可笑しくて笑っていた。


 そして勿論こう応える。


 「この身は、足の爪先から頭の髪の毛先まで……いいえ、細胞と魂の一欠片まで、余すこと無く臨海りんかい領主、鈴原 最嘉さいかさまの所有物。そこに余人の付けいる隙など微塵もないっ!」


 「確実に死ぬぞ……そして、その骸は武人として、女として、これ以上無い辱めを受けることになる……それでも……」


 「……」


 ――死?辱め?


 私にとっての死ぬほどの辱めは、最嘉さいかさまと心を供に出来なくなること……


 「……ふふっ」


 私は本当に可笑しくて笑っていた。


 「滅びの美学か……滑稽な」


 ズチャ!


 交渉は無意味だと理解したのだろう、再び正面に剣を構える”殺気の塊”の様な男。


 「女とは心底滑稽だ……しかし、滑稽なれど……それもまた忠義の器か」


 ジリジリと間を詰める桁違いの化け物……


 戦場での通り名は、鬼阿薙あなぎ 忠隆ただたか


 「……」


 ピリピリと肌を刺激する死の空気。


 私は黙ってその緊張に耐える。


 「天晴れなり、鈴原 真琴まことっ!!なれば我が討ち倒しし猛者共に名を連ねることを許す!」


 ズザッ!


 怒濤の如く踏み込んできた男の剣が――


 ズバァァァーー!


 私の胴体を縦一閃した!


 「っ!」


 私はそれを、身体からだの正面、角度を開いてかわす……


 ガキィン!


 いえ、かわしきれなかった!


 剣先は私の左の肩当てを弾き飛ばしてそのまま地面に――


 ――くっ!斬り込みが深い!!……重い……


 肩への衝撃と圧倒的な剣圧で蹌踉よろめいた私の身体からだは、反撃をする事も適わずに敵の二撃目に備えることもままならない!


 シュォォン!


 「なっ!?」


 私の身体からだを縦に斬り抜けた剣先は地面ギリギリで停止し、一瞬で今度は天に駈ける!


 ギィィィーーン!!


 今度は地面から私の顎に向けて跳ね上がる剣を、咄嗟に両手の短剣を交差クロスさせ、辛うじて寸前で受け止める事ができ……


 ――ギギッ……ギッ!


 ない!……駄目!押さえきれないっ!?


 鬼の剣はとどまらず、そのまま貪欲に血を欲する……


 「くっ!」


 ギャリィィーーン!!


 そして高々に振り上げられた剣!


 相手の剣の勢いを殺すことが出来ないと踏んだ私は、そのまま擦り上げられる剣の圧に逆らわ無いように一瞬で脱力し、そのまま後方に一回転してかわしていた。


 ザッ!


 着地した私は、再び間を置いて鬼と対峙する。


 「はぁ……はぁ……はぁっ……」


 肩口を負傷し、二撃目は辛うじて躱せたものの、肩で上下に大きく息をする私。


 「……」


 もう一方は、抜き身の剣を携えた息一つ乱れていない無傷の男。


 この実力差でははなから勝負は見えていた。


 「一度ひとたび斬り結んだからには子女とは思わぬぞ、鈴原 真琴まことよ」


 「……」


 「この勝敗ののち、貴様のむくろからは全てがはぎ取られ、受けた傷を遠慮無く余すこと無く、敵味方に晒された挙げ句、然る後、首級は我が軍の穂先に高々と掲げられて我が王に献上される……」


 「……」


 ――凄んでいるわけでは無いだろう……

 

 阿薙あなぎ 忠隆ただたかは、大国天都原あまつはらの”十剣”が一振りにして、世に名を馳せる戦場の羅刹。


 鬼将、阿薙あなぎ 忠隆ただたかとまで恐れられる化け物には凄む必要が無いからだ。


 ――ただ……私の死後そのごを淡々と話しているだけ


 「…………残念ね、言ったはずよ。たとえ死に顔でも、私を愛でられるのはこの世で鈴原 最嘉さいかさまただひとり」


 「……」


 ――そう、鈴原 最嘉さいかさま……今でも胸に焼き付いている、あの時の最嘉さいかさまの姿……


 悲しみという感情を根こそぎ出し尽くし、虚ろな瞳で私を見る抜け殻だったあの方……



 ーー

 ー


 「最嘉もりよし……」


 「まこと……か?……僕は……なったんだ……これで……鈴原の一番に……」


 「もり……よし……さま?」


 ――見ていられない……


 これは……こんな結末は、このひとは絶対に望んでいなかった、なのに……


 「次期……臨海りんかい領主は僕だ。やった……やっ……た……はは……」


 なまじ理性的で精神力が人一倍強い少年だけに、正気を失うことができない彼は……


 ただ乾いた声で笑う。


 「そうだ!……真琴まことは次期領主に仕えるんだろ?……よかった……真琴まことみたいな家臣で……よろしくたのむよ……」


 ――!?


 「は……はい……はい……この鈴原 真琴まことがお仕え致します……」


 気がついたとき、私はそう口走っていた。


 今までそれには否定的で……

 だからといって従わない訳にはいかない事だけど、それでも私はそう言った今まで散々葛藤してきた自身の事情が全く頭から抜け落ちた状態で答えていた……


 「……そうか……助かる……たすかるよ……」


 彼の言葉は穏やかなものだった。


 でも、でもその台詞は……

 その言葉は……


 ――っ!


 私には、必死にすがかれているような……そんな気がして……


 「……ま……こと?」


 ――痛い……


 ――胸が潰れそうだ……


 ついうつむいてしまった私を心細そうに見る最嘉もりよし……さま。


 「はいっ……はい……はい……お仕え致します、この命尽きるまで。貴方の為に……貴方が寂しくならない様に……この鈴原 真琴まことがいつもお側にお仕え致します……だから…だから……」


 「……だから?」


 その時、目の前の少年では無く、私が言葉に詰まっていた。


 そして逆に少年が不思議そうに私に尋ねる。


 「だから?……なに?」


 「だ……から……だから……もりよし……泣かないで……」


 だって……最嘉かれはずっと……ずっと泣いていたのだから。


 ―

 ――あの瞬間から私の本当の人生は始まった……


 それから最嘉さいかさまは、最嘉もりよしから最嘉さいかと名前を……読みだけを改めた。


 それはどういう心情だったのだろう……


 ううん、私にとっては同じ。

 大切なことは、鈴原 真琴まことは鈴原 最嘉さいかという、かけがえのない男性ひとと供にあること……


 健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、たとえ死の困難に直面したときも……


 ――そして……そして!


 あの方の望みを叶えて差し上げることが出来るのなら、この身に刻まれる孤独なる死さえも……


 ザザッ!


 決着を着けるため、間を詰めて迫る男!


 「……」


 それを見ながら、私は左手に密かに隠し持ったある”モノ”を握りしめていた。


 ――鈴原本家に仕える分家わたしたちが最後に取る忠義……


 ――それは自爆


 馬鹿らしいと、私が最も嫌っていた人生だけど……

 今の私は自らの意思でそれを全うしようとしている。


 勿論、鈴原の家にでは無い。

 掟でも、しきたりでも、誰に強要されたのでも無い。


 ――そう、これは私の心!


 ブゥゥン!


 剣を振り上げて鬼が迫る!


 阿薙あなぎ 忠隆ただたか……天都原あまつはら”十剣”の一振り、戦場の羅刹!


 この男は危険だ。

 きっとこの先、最嘉さいかさまの大望に対する障害のひとつとなるだろう……


 ――だから……


 ――だから、せめてイツだけでも……


 「見事に散れっ!鈴原 真琴まこと!!」


 シュバァァァァァーーー!


 間近で私をほふる刃が光った。


 「……」


 同時に、私は右手の”切り札”を強く強く握りしめていた。


 ――そう、あの方の望みを叶えて差し上げることが出来るのなら……


 ――この身に刻まれる孤独なる死さえも……


 ――死さえも……その答えにしてみせる!


 「鈴原 真琴まことの人生は”最嘉さいかさま”……それでいい」


 呟いた私に迷いは無かった。



 ――あしたに道を聞かば、ゆうべに死すとも……可なり……


 ドォォォォォーーーーーーン!!


 それは……


 鼓膜を激しく叩く振動が、何だか遠くで聞こえたような不思議な感覚だった。


 第十五話「真琴まこととあなたに残せる大切なもの」 END

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