第25話「たった一つの願い」

 クロノスは、不気味に微笑んで闘いの終わりを告げる。


「終わりだ」


 その言葉と共に、神気じんが奪われ始めた。


 幾ら足掻あがこうとも、胸を貫き通された腕のロックは固く、外す事が出来ない。

 自分だけテレポートするよう念じてみたが発動せず、また、神気を奪われないようにも念じてみたが、それも叶う事は出来ない、鷹也に残された唯一の抵抗は、足をバタバタと動かす事だけだった。


「無駄、無駄、無駄、無駄。わしが、全てを禁止しておる。最早、お前は死を待つのみだ!」


 それはまるで、生命力が移動するような光景だった。

 白髪混じりだったクロノスの毛髪が色を帯び始め、顔に在ったしわも徐々に薄れて行き、50代半ば程だった容姿が次第に40代、30代へと移り変わって行く一方、鷹也の容姿は、60代の様な容姿へと変貌する。

 そして、完全に鷹也から神気を奪い切った時、クロノスは20代のような青年と成っていた。


 クロノスは、鷹也の身体からだから腕を抜くと、もう用が無いとばかりに、前へ突き飛ばす。

 鷹也は、抵抗する事も、受身を取る事も出来ないまま、草原へと倒れこんだ。

 神気も妖気も無いその身では、胸に開けられた穴は塞がらず、そこから血は流れ、最早、死を待つ事しか出来ない。


「おぉ、力が、力がみなぎる! あの頃の、あの頃の若さが還って来た!」


 溢れ出る神気に、満足したクロノスは、早速、一番気になっていた事を試す。


「見える! 見えるぞ! 十万年後、百万年後の世界まで!」


 

 それは、或る日、突然、失われた能力だった。

 一定の先から、未来が見えない。

 それが意味するのは、まぎれもなく己の死。

 だが、当初のクロノスは、それを受け入れていた。


 寿命か……ようやく、その時を迎えるのか。


 しかし、日が経つに連れ、怖くなっていた。

 そんな或る日、息子の一人が手の付けられない悪戯をし、罰としてその身から神気を奪った時、僅かだが自分が若返った事に気付いた。


 こ、これだ!

 これを繰り返せば、儂が死ぬ事はない!


 その日から、クロノスは子を増やし、喰らい続けた。

 来る日も、来る日も、先が見えなくなる度に、それを繰り返した。

 最初は、躊躇う事も多く、涙を流す事もあったが、次第に慣れて行く。


 しかし、それにも限界が訪れた時。

 クロノスは狂い、全ての子を喰らった。

 喰らわないと決めていた、最愛の娘まで……。

 泣き叫ぶ娘の首を絞め、鬼気迫る表情で叫ぶ。


「儂の為に、その魂を捧げよ!」


 だが、それでも、変わる事は無かった。


 何故だ!

 何故、先が見えん!


 日に日に、見える未来がしぼんで行き、先の世界が暗くなって行く。


 どうすればいい、どうすれば……。

 そ、そうだ!

 儂と同じ、神を作り、喰らえば!


 その日から、実験のように交配は繰り返され、その変化が訪れるの待った。

 何度も、何度も失敗を繰り返し、そのたびに戻る。

 時間にして、およそ一万年もの時を遡って来た。


「長かった……この時を一万年も持った」


 そして、今の自分が、何処まで先が見えるのか、見ようとした、その時。

 予知の収縮が始まる。


「ど、どう言う訳だ?」


「お前が見ている未来は、果たして、お前の未来なのかな?」


 何?


 いつの間にか、死を迎えたと思っていた者が、そこに立っていた。

 だが、その胸からは未だ血が流れており、とても闘える状態では無い。


「フッ、立つのがやっとではないか」


「戻れーーーッ!」


 クロノスは、そう叫んだ鷹也を指差し、馬鹿にするように笑う。


「出来るものか、神気が無いお前に」


「そうかな? 俺が、お前に神気を奪われる前に、逆行を時間差で念じていたら、どうだ?」


 その時、突如として、時間の逆行が始まる。

 見る見る内に、時間は戻り、胸を貫いた腕を引き抜かれ、鷹也がクロノスを狙い、その身体を貫く直前まで戻った。


「メイヲール! 俺に力を貸せーーーッ!」


 鷹也は、そう叫びながら、クロノスが現れるであろう場所へ、剣をぐ。

 横に振られた剣は、クロノスの首を捉え、念じる事を許さないままに、その首を身体から斬り離した。


「勝った……」


 長い闘いに、精も根も尽き果て、膝から崩れ落ちるように草原に倒れると、横に転がって天を仰いだ。


「此処にも、太陽が在るんだな……あれは、本物なんだろうか?」


 鷹也は、眩しく輝く太陽を避けるように、目をつぶる。


「勝つには、勝ったが……」


 鷹也の身体に、神気も、妖気も、戻っては来なかった。



 お願いだ。

 もしも、

 もしも、本当に神が居るのなら、


 一つだけ、

 一つだけでいい、

 願いを叶えてくれ。


 クレアのもとへ。

 死体でも、構わない。


 愛しい、クレアの下へ。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


――世界を平和へ導くのに、お前は足枷と成っている。

次回「魔女狩り」

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