第6話「アレスター」

 モニタに映る男は、傲慢ごうまんを絵に描いたような面構つらがまえで、話し方もその顔に似合って高圧的なものだった。

 使われていた言葉は敬語であったものの、伝わってくる印象は、恫喝どうかつそのものだった。


「よく考えた上で、お返事を頂きたい。忘れないで欲しい、我々はエクリプスと共にあることを」


 そう付け加えて、イマジニアの大統領を名乗る男ディンガーは、一方的に通信回線を落とした。


「交渉と言うよりは、脅迫だな」


 そうボヤいたこの男、名をアレスターと言い、かつて、王不在の時代に摂政をしていたバルバドの息子で、現ヴァンパイア王である。

 現状では、ヴァンパイア界最強であるものの、それはエクリプスによって、強いヴァンパイアが一掃されてしまった結果であって、歴代で比べれば中の上と言った存在だった。

 だが、最早、ヴァンパイアには、アレスターしか居らず、過度な期待に押し潰されそうになるも、この12年間、自分の出来る限りのことを遣って、ヴァンパイアの領土を守って来た。

 ホークアイからの亡命願いに応じて受け入れたのも、国力を上げる手段の一つだった。


 アレスターは、交渉と言う名の脅迫に、頭を悩ませる。

 ディンガーの話を要約すると『本日以降、亡命してきた人間の女を全て引き渡せ、従わない場合は宣戦布告とみなし攻撃する』というもの。


「先制攻撃してくるのに、こちらが仕掛けるような物言い……全く、人の政治家という生物は、詰まらないこだわりが有るのだな」


 すでに回線の切れた相手に、そう皮肉った。


 さて、気になるのは、女だけという点だ。

 この星の6割を治めるイマジニアの男女比が、かたよってるとは思えない。

 その中に、重要な人物でも居るのか?

 だったら、その一人を指名するだけで良いのではないか?

 人質にされる事を気にしてるのか?

 否、違うな、それなら、女全てを人質にすれば良い。

 特定しないのは、奪還作戦の際に、複数と個人ではコチラの守りに差を与える為か?

 生きたままでの、引き渡しを望んでいると考えるべきだな。

 渡せば、本当に攻めて来ないのだろうか?

 逆に、その女を渡さない方が、攻めては来ないのではないか?

 どちらにせよ、一度、その女と話してみる必要が有りそうだな。

 あと気になるのは、エクリプスか……。


 そして、数年前から気にしていた、大きな疑問が脳裏をぎる。


「エクリプス……本当に生きているのか?」


 人間界でエクリプスは、人間でキリストのような神の遣いだと信じられている。

 だが、妖気を感じられるヴァンパイア側では、ラズウェルド戦でエクリプスが妖気を発したことから、ヴァンパイアであることは明白だった。

 エクリプスが人であろうとなかろうと、ヴァンパイア側にとって、問題は無い。

 問題なのは、イマジニアと共にある、つまりは自分達の敵である点だ。


 アレスターは、12年前に起こった争いをアルバムをめくるように思い出して行く。


 あの時、確認できた大きな妖気は、確か3つ。

 2つはメイヲール級、あと1つは他よりも……少し小さかったか?

 現れた直後に、一番小さかった筈の妖気がメイヲールを超え、その瞬間に、メイヲール級の一匹が消えた。

 恐らく、この時消えた妖気がメイヲールで、退治したのがエクリプスだろう。

 イマジニアの調査報告を見る限り、メイヲールの死体が見つかった事から、まず、ここまでは間違いないだろう。


 ヴァンパイアが、そして、レーダーが捉えた大きな妖気は3つ在り、一番大きかった妖気は、かつてこの星に君臨した山羊の魔人で、その次ぎに大きな数値を見せたのは、その魔人の角が姿を変えた剣だった。

 この時、その2つが余りにも大き過ぎた為、その影に隠れるようになった第3の妖気、鷹也に注目する者は、人間界には居なかった。

 それは、最新の軍事レーダーを持つイマジニアでさえ同様で、大きさや位置の計測は出来ても、区別までは付けられず、後の調査による公開情報では、第1の妖気をメイヲール1、第2の妖気をメイヲール2、第3の妖気をウォレフ、もしくはグリンウェルではなかったのかと、あくまで結果から導き出された予測でしか無かった。(非公式の見解では、第3妖気は鷹也となっている)


 アレスターは、さらに記憶を辿たどる。


 その後、一匹が逃げ、それをエクリプスが追った?

 で、あの異常な高温現象だ。

 そして、その直後、二匹とも居なくなった。

 あの戦いでエクリプスが死んだのなら、この12年間、エクリプスが討伐を行わなかった説明が付く。

 しかし、エクリプスにはカイルを討伐した際、手に入れたと思われるアルベルトのローブが有る。

 高温現象が1800万度という異常な温度だったが、あのローブならば、水爆の4億度に耐えた実績がある。

 あの程度では、燃え尽きない……つまりは、あれでは死なないということになる。

 となると、イマジニアに居るエクリプスは本物ということに……。

 あと、気になるのがメイヲールの死体に残った、胸を穿うがったあと

 あれは、カイルの技ではないのか?

 カイルが、エクリプス?

 いやいや、それは幾ら何でも、考え過ぎだな。

 カイルなら、隠れる必要が無い。

 あの争いから、一度もあのレベルの妖気を感じた事が無い。

 そもそも、共存が目的だったから、闘う必要が無いのなら、それもうなずけるが……イマイチ納得が出来ん。


 アレスターは窓を開け、外を、否、今後の行く末を眺めた。


「さて、どうしたものか?」



 一方その頃、同じ考えをする者が、別の場所に居た。


 あの時、奴等は確かに「逮捕する」と言った。

 国家反逆罪などと、重罪であるにも関わらずだ。

 今の奴等なら、逃亡に見せかけて射殺することも出来た筈だ。

 実際、逃げても後方から、銃声は聞こえなかった。

 つまり、目的は捕まえることであり、暗殺ではない。

 捕まえなければならない理由とは何だ?

 鷹也さんが、現れた時の為の人質か?

 否、12年も経った今、そんな事を気にする奴は居ないだろう。

 エクリプスが影武者だと公言されては困るのなら、暗殺を選択するな。

 一体、この人に、何の価値が有るんだ?


 幾ら考えを巡らせても答えは出ず、そして、もう一つの疑問も暗礁あんしょうに乗り上げていた。


 何故、正確な居所がバレたんだ?

 拠点は、毎回変えているし、第一、夕食の為に選んだ店でだ。

 俺の気付かないスパイが居たのか?

 否、そうなるとバウアーって事になる。

 あんな単純な奴が、スパイなんて出来る訳がない。


「ん? なんだ? 何か可笑しいことでもあったのか?」


 バウアーにそう言われ、思わず噴出すレオンだった。


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――リープより、リワインドするか。


次回「Rewind」

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