第16話「知らない理由」

 ヴァンパイアから遅れること3年、グレイスの封印が解ける。


「お前、マリアの悪口を言ったそうだな」


「え?」


 身に覚えの無い話に、グレイスは戸惑った。


「まぁ、二千年も閉じ込められてたんじゃ、忘れても仕方ないか」


 そう言って、フェリオスは笑う。


「に、二千年!?」


 その異常な時間の長さに、思わず聞き返した。


「ん? 閉じ込められている間の記憶って無いのか? あの空間って、どんな感じなんだ?」


「ほ、本当に、本当に俺は二千年も?」


「そうだ……あの空間では、時が経つ感覚が無いのか?」


「あぁ、気分的には、昨日封じられたと言われても判らないくらいなんだ」


「そうか、じゃぁ今の人間界を見たら、お前驚くぞ」


「そんなに、変わってるのか?」


「あぁ、人間も空を飛べるようになった」


 飛行機に、乗ってだがな。


「へぇ~」


 あ! もしかしたらコイツ……飛行機や車を見たら、生物と思うんじゃないか?

 よ~し、あとで連れ廻そう。


「で、あの空間の中では、寝てる感じなのか? 夢は見たのか?」


「たぶん、見てないと……思う……」


 ニヤニヤと笑うフェリオスの質問を何一つまともに答えることが出来ないまま、父の部屋へと案内された。


 どうなるんだ、俺は……。


 不安を抱えたまま、震えた手で扉をノックする。


「た、ただいま戻りました。グレイスで御座います」


 上擦うわずった声を聞いて、フェリオスはグレイスの肩を叩き、大丈夫だとばかりに軽く無言で頷いた。


「入れ」


 父の姿は相変わらず、白く長い髪と白く長い髭を蓄え、二千年の時を経たとは思えないほど、発する威圧は、衰えることを知らないようだった。


「ジーザスとの一件は、お前に非が在る」


 グレイスは、短い返事を一つして、父の判決を待った。


「だが、マリアの悪口だけで、二千年放置した訳ではない」


 やはり……どいうことなんだ?

 クライは、言わなかったのか?


「神同士の争いを禁じているのは、お前も覚えているな? ジーザスからの報告によると、お前も手を出したそうじゃないか?」


「はい」


「よって、二千年はその刑期として、まっとうされたものとする。以後、以前と変わらぬ働きを期待する」


「ありがとうございます」


「あと、ジーザスの事だが……お前に非が在るとはいえ、ジーザスも遣り過ぎたと判断し、神気じんを奪って、神界から追放した」


「つ、追放ですか……」


 本心は追放という言葉よりも、神気を奪い取れることの方が気になった。


「それから、ジーザスだが……すでに此の世を去っている」


「そ、そうでしたか……謝罪をと考えておりましたが、残念です」


 た、助かった……。


 安堵の溜息を漏らしたグレイスは、その息に釣られるように、その場に倒れ、次に目が覚めた時、ベッドで横になっていた。


「大丈夫か? 腹でも空いたのか?」


 そう言って、フェリオスは林檎を投げ、グレイスは右手で受け取る。


「神気を奪われたら、人のように死ぬのか?」


「クライのことを言っているのか?」


「あぁ……」


「クライは、殺されたんだよ」


「ち、父にか?」


 フェリオスは、少し嫌な顔して、首を横に振る。


「否、人間にだ。神が居ては困る、そんな人間にだ」


「に、人間に?」


 フェリオスは、無言で頷き、クライストを思い描く。


「しかしな、最期まで追放した父を恨まず、自分を殺す人間までも恨まない、不思議な男だったよ」


「そうか……」


 自分が悔し紛れに放った言葉に、呪いでも掛かっていたのだろうかと、グレイスは小首を傾げた。


 敢えて聞くことも無いほどに、お喋りなフェリオスのお陰で、二千年の歴史は数日で埋められていった。

 しかし、聞くのと見るとでは、やはり別物で、目の前に広がる世界は、まるで別の星のような異世界だった。

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