第17話「MoonLit」

 グレイス原作の物語は、作者の手を離れ、新たに脚本家となったグリンウェルによって、新しいシナリオをつむぎ出していた。


 グリンウェルの書く本はグレイス好みで、最早、グレイスが演出や役者として参加しなくとも、劇的な展開を見せ、原作者であるグレイスを喜ばせた。


 暗躍する、グリンウェル。

 困惑する、カイル。

 何も知らない、アルベルト。


 悪意、夢、愛情、三者三様の感情が入り乱れたこの物語の天秤は、少しずつ悪意に傾き始め、やがて全てのベクトルが、殺意へと傾く。


 或る者は、自分の人生を狂わせた、憎むべき者たちの死を願い。

 或る者は、愛する妻の命を奪った、兄の死を亡き妻に誓い。

 或る者は、犯した罪の代償として、守るべき筈だった弟の死を選ぶ。


「幾ら音速で飛べる貴様でも、成層圏を抜ければ、地上に戻る前に灰になる筈だ!」


「やめろ! ローブの無いお前も……」


 しかし、予想だにしなかった皆既日蝕によって、カイルは生き残った。


「神は、お前ではなく、私を選んだようだ」


 グレイスは、この戦いの結末に感動し、称賛の拍手を贈る。

 また、グリンウェルは、役者としても良い演技を見せた。


「私に、アルベルトの喪主をさせてもらえないだろうか?」


「喪主?」


「あぁ、アルベルトの妻の国では、家族の当主が葬儀の主宰者を務めるんだ。私は当主ではないが、最後くらい……兄として何かして遣りたいんだ」


「知っていたのか……」


「せめてもの償いだ、アルベルトの妻の文化で、アルベルトを送ろうじゃないか」


「解った、お前に任せる」


 心身ともに疲れ切ったカイルは、それを受け入れることにした。


「さぁ、食事をはじめよう!」


 グリンウェルが行った葬儀のスピーチは、世界中の人間を震え上がらせ、グレイスは心の中で、この役者に助演男優賞を贈った。


 転がり始めた負の連鎖は徐々に大きくなり、シナリオに書かれていない不幸まで起こしてしまう。

 アルベルトが都市を破壊したことにより、その妻の家族は迫害され、住みなれた町を離れ、名を変えながら各地を転々とする。

 更に数年後、長女である香織は、ヴァンパイアに噛まれ、ゾンビ化する前に薬物による死を選ぶ、そんな悲劇を観せた。


 成長する度に、容姿がアルベルトに似てくる鷹也であったが、その妖気は皆無で、特に何か起こしそうな気配が無いままに、戦死する。


「最期まで、人のままだったか」


 こうして鷹也は、グレイスの観察対象から外されたのだが、再び、鷹也が観察対象になったのは、カイルと接触した時だった。


「い、生きていたのか! 生体反応が完全に消えたにも関わらず!」


 鷹也が生きていることに驚きはしたが、それだけだった。


「しかし、妖気は随分と中途半端だ、神気じんも感じ無い。余りにも役不足だ」


 グレイスは、仇討ち劇を観てみたくなったのだが、どう考えても、今のままでは勝負どころか、一撃で終わること必至。


「どうせ観るなら楽しい方が良い、せめてアルベルトほどに成長するかを待って、時が来れば、仇がカイルであることを知らせてみるか? グリンウェルに遣らせるのも面白いかもしれんな」


 しかし、グレイスの望みは叶わず、突然、仇討ち劇が始まってしまう。


 鷹也が殺気をまとって現れたことで、カイルは自分が仇と知られたことを悟った。


 最早、闘いを避けるのは不可能だな……。

 仇を討たれてやっても良いのだが、私を殺せばヴァンパイア界で生きては往けんだろうし、妖気が在ることで人間界で生きることも出来まい。

 何より、私が討たれれば、アルベルトの死が無駄だった事になる。


 殺すと決めたものの、カイルは悩みながら闘い続けた。


「お前の父のように、成層圏で灰にしてやる」


 惜しいな……アルベルトのような資質を感じるのだがな。


「最後の言葉を聞いてやろう」


 硬く閉ざされた腕が緩んだ、その時、鷹也の親指で弾かれた薬が、一直線にカイルの口へ飛び込んだ。


「ん!? 貴様、何を入れた」


「油断したなカイル。そいつを飲めば陽光を浴びれるぜ、ただし、人としてな!」


 翼をなくしたカイルは、薬による変化に苦しみながら地上へと堕ちて行く。

 初めて浴びる陽光の暑さに、鷹也は死を覚悟するしかなかった。


「こんなにも……暑かったのか……」


 薬の変化から解放されたカイルは、上空で炎に包まれる鷹也を目にする。


「もう一度、自分の勘を信じてみるか」


 そう呟いてローブの紐をほどくと、カイルはローブを空へと投げ、炎で身を焦がす者の名を叫んだ。


「鷹也ァーーーーッ!!」


 ヒラリヒラリと空に漂っていたローブを鷹也が掴んだのを確認すると、カイルは満足気に目をつぶる。


 あの世で、アルベルトと美咲に謝らなくてはな……。

 否、きっと、逝き先は違うな。


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「此処は、何処だ?」

「此処は、神の領域だ」


次回「Resurrection 前篇」

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