第5話「資質」

 あの子が居て、どうして、別に子を残す必要があるのだろうか?


 エミリアは、不思議でならなかった。

 カイルは、少年でありながら、その妖力の高さは勿論のこと、すでに頭首としての風格まであったからだ。

 しかし、アルベルトを産んだ後にも、こうして自分を城に呼ぶのは、カーライルを捨て、人間に走った私怨しえんと、気持ちの悪い性欲によるものだと悟った。

 だが、それを断れば、グリンウェルがヴァンパイアの世界で、生きては行けない。

 エミリアに、選択する余地などなかった。



「もう、よろしいのではないですか?」


 カイルは、寝室で酒に酔う上機嫌な父に、意見する。


「何がだ?」


 カーライルは、その質問の意味を解っていながら、敢えて解らない振りをした。


「エミリアは、アルベルトを産みました。十分では?」


 真っ直ぐに自分を見つめる息子から目線をらし、冗談混じりにその質問に答えた。


「もっと良い子を産むかもしれんぞ」


 呆れた答えに、カイルは鼻で笑う。


「カイル! 少しばかり強くなったくらいで、王に意見か!」


 そう言って、手にしていたワイングラスを投げつけた。

 カイルは、それを避けもせず、わざと当たって、カーライルをにらみつける。


「何だその眼は! 俺はお前の父であり、ヴァンパイア王なんだぞ!」


 全く、面倒な父を持ったものだ。

 この程度の力で、王だと……よくもまぁ、アルベルトが産まれたものだ。


 カイルは反論せず、ただ黙ってカーライルの寝室を去る。


「カイル! なんだその態度は!」


 カーライルは、怒りが収まらず、ワインボトルを扉へ投げつけた。



「カイル?」


 何かガラスのような物が割れるような音と共に、カーライルの寝室から出てきたカイルに、城を訪れたばかりのエミリアは、声を掛けた。


「アルベルトは、元気?」


「えぇ……ですが、貴女の子であると、他言はしないで頂きたい」


「ということは、会わせては貰えないの?」


 産んでからただの一度も、アルベルトを抱くことも、会うことも、その容姿さえも、見せて貰えずにいた。


「申し訳ありません。ですが、ご子息グリンウェルの保証は、父に代わってでも、必ず、お約束いたします」


 その言葉に、父親を信用も尊敬もしていないことが明らかだった。

 怨まれても可笑しくない愛人の自分にまで、礼を尽くすカイルが、エミリアにとって唯一の救いだった。


「そう、ありがとう。貴方が、早く王に成ることを願うわ」


 軽く言った挨拶だったが、意外な答えが返ってくる。


「いえ、王はアルベルトに」


「え? どうして? あの子は貴方より、妖力が高いの?」


「いいえ」


「貴方が、王を継ぐのが嫌なの?」


「いいえ」


「もしかして、私への贖罪しょくざい?」


「いいえ、資質です。アルベルトには、王としての資質が在ります」


「し、資質?」


「はい、私なんか比べるに値しないほどの資質を感じます」


 カイルが、嘘を付いているようには思えない、だが、まだ赤子で資質と言い切れることに、驚きを隠せなかった。

 だが、真っ直ぐ自分を見るこの少年を信じて、息子たちを託そうと思うエミリアだった。


「そう、楽しみにしているわ」


 微笑んで軽く会釈すると、エミリアはカーライルの寝室へと入った。


 それから間もなく、部屋から漏れてくる声に嫌悪をしたカイルは、外へと飛び立った。


 しかし、その僅か20分後。

 その官能的な声は、悲鳴へと変貌する。

 

 山羊の魔人、メイヲールの襲撃である。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


次回「カイルは、静かに怒り」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る