二年目 冬

第90話 彼女に会った日。

駅前で白い息を吐く。

顔も知らないのに、誰かを探すように視線を動かす。

やがて、スマホが震え、待ち人からの連絡が入り、私は凍える手で文字を打ち込んだ。


やがてその人は、人々の雑踏をくぐりぬけ、私に声を掛けてきた。


「カナタちゃん?」

「……はい、わんへさん」


今日、私は推しに逢った。



近くにある喫茶店チェーンに入った私たちは珈琲や軽食を頼み、どこかゆったりと流れていく時間を過ごしていた。

今日、私たちが会うことになったのは、作業通話中にわんへさんに誘われたからだ。

少し女子会をしたい、と。

その声は真剣で、私は理由を聞くことはなく、頷いた。


カフェオレの入ったカップを傾け、目の前にいるわんへさんを観察する。

見た目は同い年ぐらいで、髪色は黒。

身長は私の方がちょっと高くて、顔は可愛い系だ。


推しのリアルも可愛い……すこだ……

というか@プラスさん、わりとVの姿とリアルが似ているような気がする。

猫神様然り鷲宮さん然り。

そこら辺は大丈夫なのかな、とちょっぴり不安だ。


「カナタちゃん」

「は、はい」


目の前の推しの存在に、意識を集中しすぎて、わんへさんの呼びかけに素っ頓狂な声を返す。

わんへさんはそんな私を見て、笑ってくれた。


ならいいか。



「カナタちゃんがそんなに緊張してると私まで緊張しちゃうよ」

「す、すみません」

「冗談だよ。それに急に呼び出しちゃったのは私の方だしね……」


わんへさんは、小さく息を吐くと決心したかのように口を開いた。


「カナタちゃんは、狗頭沙雪がVTuberに復帰するってなったらどう、思う?」


「え」


その言葉に頭が真っ白になった。

やがて遅れてきた理解が、自然と声を弾き出す。


「えっ!?」

飛び出した声に、複数の視線がこちらを向き、そんな視線にぺこぺことしながらまだ驚きでまとまらない頭を動かす。


「ど、どういうことですか!?」

「言葉通りだよ」

「そんなの……嬉しすぎるに決まってるじゃないですか……!私の生涯の推しですよ!」

「うん、知ってる」


わんへさんがにへらと笑い、直ぐにまた難しい顔になった。


「でも@プラスのファンとしてならどうかな?」


質問の意図を理解する前に、わんへさんは再度口を開く。


「私が辞める前よりも@プラスの規模は大きくなった。ファンも私が辞めた後の人たちの方が多くて、その人たちは私が辞めた後の@プラスしか知らないし、そんな状況で私が復帰してもそれはきっと@プラスのためにならないような気がするんだ」


「……猫神様はなんて言ってるんですか?」


「まだ相談してない。また泣かせちゃうかもしれないから」


てぇてぇ、とは言わない。

空気が読めるタイプの飼い主だから。


でも、実際わんへさんの言ってることには一理ある。

私は復帰してほしい。私と同じ気持ちのファンもたくさんいる。

でも、あの時より@プラスという箱の規模はずいぶんと大きくなった。

生放送の同接が数百でもあればそれだけでトップレベルだった時代とは、大きく変わっている。


「私は、私が原因で雫たちに迷惑を掛けるぐらいなら復帰したくない」


その小さく呟かれたわんへさんの気持ちはなんとなくだけど理解できる。

私も、そう考えてしまう側だから。


そしてそんな思考の渦に呑まれてしまったときはいつも、大切な幼馴染が助けてくれた。


「よし!」

「どうしたの?」

「今すぐ、ここに猫神様を呼びましょう」

「な、なんで!?」

「わんへさんと私は似ているんですよ。こういうときは引っ張ってくれる人がいないと解決しないです」

「でも……」

「でもじゃないです!猫神様を呼んで悩み事全解決ビンタされましょう」

「ビンタされるの?」

「はい!」


「それは、やだなぁ」

わんへさんがにへらと笑って、小さく頬を叩く。


「うん、ありがと。雫は今日まだお仕事のはずだから帰ってきたら相談してみるね」

「その方がいいと思います」


「で、その、相談なんだけど……」

「はい、なんでも聞いてください」

「よければ、雫と話すときに一緒にいてくれないかな~って」


わんへさんの言葉に、私は笑顔を浮かべる。


「絶対無理です」


「そこをなんとか!」

「嫌です。推し同士に挟まるのは重罪なので逮捕されちゃいます」

「保釈金払うから!」

「いーやーでーすー!」


ピロン。

わんへさんのスマホが鳴る。


「あ、通知切ってなかった」

そう言って、スマホを開いたわんへさんの表情がどんどん青くなっていく。


「どうしました?」

思わず聞いてしまうと、わんへさんは自分のスマホの画面をこちらに差し出した。


それはチャットの画面で、相手は雫と書いてある。

十中八九、猫神様だろう。


「失礼します」

一言断って、画面を見る。

送信されているのは一枚の写真。

その写真には見覚えがあって、私に似た顔とわんへさんに似た顔の二人が笑い合ってる姿で、今現在の私たちの写真だ。


思わず写真が撮られた方向、外を見るとそこにそれらしい姿はない。


だけど近づいてくる足音に気づき、おそるおそる視線を向ける。


「浮気はダメって言ったよね?」


そこには満面の笑みの猫神様が立っていた。


______________________________________

昨日、更新の予定でしたが近況ノートに書かせていただいた通り、あまりにも書けなかったので、更新日を今日に変更しました。申し訳ございません。

昨日投稿した近況ノートにちょっとしたSSを載せているので、読んでいない方はぜひ。


次回更新日は月曜日です。


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