第51話 VTuberコレクション(1)

佐野さの あおいの人生は順風満帆とは間違っても言えないものだ。


高校を卒業と同時に上京、夢を追いかけてシンガーソングライターとして少しずつ仕事は貰えるが生活できるほどではない。

バイトを掛け持ちしてなんとか生活していくなかで、とあるオーディション広告を目にする。


『あなたの夢を叶えるお手伝いをします。VTuberとなって、夢を叶えませんか?』


配信の仕方なんて分からない。VTuberだって詳しくは知らない。

ただ酒の臭いが染みついた部屋に身を埋める前に、私は藁にも縋るような気持ちでその広告を押した。


夢が叶うなんて信じてるほど子どもではない、きっと私なんかよりもっと才能のある人たちは眠っている。これはそういう人たちを見つけるためのオーディションだ。


だけど、そんな理屈で諦められるほどにお利巧ではなかった。


慣れなかった動画編集も、上京してからの二年間、再生数の伸びない動画作成のおかげで多少はできるようになった。


開けば世界に対する呪詛ばかりが溢れそうな口から、私を形容していく。

そして私が作った、誰よりも好きな歌を歌う。


私を見ろ、と私のすべてをこの十数分の動画に込める。


この動画想いが、これを見てくれる誰かに届けばいいと願って。


◆◆◆


「というわけで!今日はVコレの佐野 葵ちゃんこと夜凪よなぎ ぬえちゃんを攻略していこうの回チュン!」


『うおおおおおお』

『ぱちぱちぱち』

『まってた!!!!!!!!』


VTuberコレクション。略してVコレ。

主人公はVirtual Metuber事務所、Rainbowに入った新人プロデューサー兼マネージャーでとしてVTuberをプロデュースしていくゲームだ。


私が攻略するのは、夜凪 鵺ちゃん。

鵺の先祖返りで、黒髪に黄色のメッシュを入れた美人さんだ。

爬虫類が好きで、立ち絵ではデフォルメ化された蛇が足に巻き付いている。


そんな鵺ちゃんが鋭い視線で私を見ていた。


『あんたが?』


『うん。私が、君を担当するプロデューサーだよ』


主人公、下切 雀と名付けた女性が頷く。


主人公は性別自由でそれぞれ立ち絵が容易されていて、なおかつスチルも性別が適用されるすばらな仕様だ。


『災難ねあなた』

『というと?』

『だってそうでしょ?新人なのに、私みたいに配信のはの字も知らない女と組まされるんだから』


嫌味十分にそう問いかける鵺ちゃん。

そんな鵺ちゃんに主人公は、笑みを浮かべる。


『私が選んだんだよ』

『は?』

『私が貴女の夢を応援したいって思ったから、選んだんだよ』


そう言って笑う主人公。


「光だ……」


『わかる』

『この主人公はまじで光』


私はそそくさと、ゲームを一時中断して、五分と表示されているセーブデータを削除した。


『なにしてるの?』


コメント欄が疑問の嵐だが、関係ない。

私は名前選択画面まで戻って、デフォルトで設定されている主人公の名前『榎並えなみ ゆう』に戻した。


「チュンには耐えられないチュン。邪念でこの子を選んだチュンはこんなことを言うわけない。この子はチュンの分身じゃなくて、優ちゃんだチュン!あとデフォルトの名前はボイスがあるから呼んでもらいたい!」


『草』

『オタクだ』

『雀ちゃんのちゃんとオタクしてるところ好きだよ』


「チュンは優ちゃんの守護霊として二人の物語を見守っていくチュン!」

私は偶に選択肢やレッスンの選択を助言する守護霊さんだ。


先ほどの会話シーンまで戻ってきた。


優ちゃんにそう言われた鵺ちゃんは、少し呆けた顔になった後にふん、と顔を逸らす。

その後、少しだけ恥ずかしそうに「よろしく」と呟いた。


「かわいい!」

いつもの十倍ぐらいの声量で、心の中の感情が吐き出される。


『声でっか』

『鼓膜ないなった』

『草』


「顔が良すぎて化け物みたいな声出ちゃったチュン。ごめんチュン」


顔が良すぎて化け物みたいな声出ちゃった人の顔をして仮初の反省の意を示すが、雀の顔の良い女にやられたシイタケ目のキラキラした表情ではまるで説得力はない。


「今からこの顔の良い鵺ちゃんと、この光な優ちゃんとのやり取りを守護霊として見守れるわけチュンね……ごくりっ」


『見守るだけじゃダメよ?』


「分かってるチュン!鵺ちゃんが世界最強のVTuberになれるように精一杯サポートするチュン!」


このゲームの目玉要素としてある育成要素。


VTuber個人個人によって、伸びやすいステータスがあり、鵺ちゃんなら『歌』だ。

また配信の頻度や、動画投稿の有無など色々決めることができる。


配信もまたこのゲームの面白い要素の一つで、ステータスや運、また配信中に出てくるコメント返信の選択肢など様々な要素によってその配信の同接や高評価の数、登録者の伸びが変わっていく。


鵺ちゃんの体力ゲージややる気などに注意して適度に休憩や息抜きもしないといけないという結構ガチな育成ゲームだったりする。


「まずはステ振りしていきたいと思うチュン。流石に運一択なのかなって思ってるチュン」


現在のステータスはこんな感じだ。


夜凪よなぎ ぬえ Lv1


話術『5』

器用度『5』

歌唱力『25』

運『0』


好感度5


この初期ステータスはVTuberによって変わっていて、話術が高いキャラだったり、器用度が高いキャラもいる。

器用度はゲームの上手さに直結していて、話術は配信の高評価の数などに直結する。


このステータスも運以外を見れば歌唱力特化のピーキーだけど当たれば大きい、そんなキャラだ。


夜凪 鵺が難しいと言われている点は、この『運』にある。


夜凪 鵺ちゃんは理由はまだ分からないが、運が底なしに低く、なおかつレベルアップで上がらない。

例外もいるが、ほとんどVはレベルアップで全てのステータスが上がる。

だが鵺ちゃんはこの『運』だけがレベルアップでも上昇せず、レベルアップ時に貰えて、自由に振り分けられるステータスポイントSPを使わないと運をあげることができないらしい。


「ちなみに運が低すぎる場合、どうなるか分かってないチュンけどどうなるチュンか?」


『機材トラブルが起きやすくなったり、ちょっとしたことで変なのに目を付けられて炎上したりするよ』


「地獄で草チュン」

最初のSPは10。

反応を見る感じ、とりあえず全振りで間違いないだろう。


運に10振って、とりあえずの初配信に挑む。

出来立ての事務所ということもあって、世間の注目度も高くはないから初配信でバズるのはほとんど無理なのがこのゲームだ。


少し不安な気持ちで、初配信に備えていると初配信前に、鵺ちゃんから通話が掛かってきた。


『もしもし?』

『……ねえ、あと30分で初配信なんだけど』

『応援してるよ』

『……なんかもっと気の利いたこと言ってよ』


選択肢が現れる。


『鵺の魅力で、全員魅了してあげよう』

『ずっと見てるからね』

『大丈夫。なんとかなる!』


「あ~~~~~、チュンは二つ目派」


『私は一つ目』

『三つ目は無責任感ある』

『ちなみに理由は?』


「三つ比べて二つ目が一番、鵺ちゃんに寄り添っている気がするチュン。一つ目と三つめは元気づけようという意図を感じて、一つ目はなんならプレッシャーになりかねないと思うチュン。その点で二つ目は不安な鵺ちゃんに寄り添う優ちゃんの言葉として凄く良いと思ったチュン」


『たし蟹』

『そう言われれば二つ目がいっちゃん良い気がしてきた』


「チュンは二つ目を選ぶチュン!」


『ずっと見てるからね』

『なにそれ、当たり前じゃん』


鵺ちゃんの声に笑みが混じり、少し雰囲気が柔らかくなったように感じる。


『ありがと……頑張ってくる』

『うん。応援してるよ』


鵺ちゃんの始まりの一歩。


結論から言うと、この初配信は失敗に終わる。

失敗といっても炎上とかではなく、単純にリスナーが獲得できないということだ。

話術が5しかない彼女では、RTAとかで使われている話術特化のVにSPも話術極振りで初配信からバズるのなんて無理だ。


だけど、まだ序盤だ。


ステータスなんてこれから上げていけばいい。


鵺ちゃんがスターになるまでの物語が今始まった。

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