第45話 部屋行くから!

人生ゲームは大盛況だった。

かくいう私も楽しんだ一人で、アーカイブを見返すぐらいにはまだまだ楽しんでいる。


だが寧々はというと……

ソファに座ってチラッと横を見ると人をダメにするクッションに身を埋めて、そのままどこまでも沈んでいきそうなぐでぐでのぐだぐだ、だ。


昨日の長時間配信で寧々は気力を使い果たしてしまったらしい。


「かなた〜、今日何作るの?」

「あー、何作ろっか」


時刻は既に18時をまわっている。

仕事から帰って寧々を起こして、お風呂に入らせて今の状況だ。


……あれ、私は寧々のママか何かだろうか。


まあ、昨日は緊張しいな寧々がひとりで行って配信して帰ってきたんだからこれぐらいのぐでぐでは許してあげるべきだろう。


長月さんはどっかに行っているから気にしないでいいし、外食でもいいけど。

寧々嫌がるからなぁ。


「んー、外に食べに行ってもいいけど、どう?」

「外……じゃあ、ハンバーガーとか食べたいかも」

「あー、久々にジャンクなのも良いね。出前もあるけどどうする?」


そう聞くと寧々は少し悩んで首を振った。

のそのそと立ち上がって、伸びをする。


「行きたい」

「了解。準備するね」


珍しく寧々が外食に前向きだ。時々ジャンクなものを食べたくなる時があるし今日がその時だったのかもしれない。


自室に戻り、準備をする。

準備といってもジップパーカーを羽織るだけだ。

ラフな格好だけど近くのハンバーガーチェーン店に行くだけだから良いだろう。

寧々も同じようなラフな格好で、姉妹のようにも見える。


マンションを降りると夜風が気持ちよく、目を細めて、夜の匂いを吸い込む。


「涼しいね」

「うん」


にしても寧々が近くにしても自分から外食、それもわざわざ外に買いに行かなくてもいいハンバーガーを買いに行きたいなんてどういう風の吹き回しだろう。


見慣れたハンバーガーチェーン店は家から徒歩で3分ほどの場所にある。

私はいつものようにチーズがたくさん入ったハンバーガーとポテト、飲み物はメロンソーダにした。

寧々はプレーンのバーガーとナゲットとあとテリヤキバーガーと色々頼んでいて、飲み物はオレンジジュースだ。


寧々が持ち帰りがいいというから私たちはそれぞれ頼んだ袋を持って、並んで帰っていた。


そのまま真っ直ぐに帰ろうとするが、寧々がちょんちょんと袖を引っ張る。

指し示したのは近所の大きな公園。


「どうしたの?」

寧々の意図を理解する前に右手が温かいものに包まれた。

寧々の横顔を見ると耳が赤くなっていて、この公園がデートスポットとして紹介されるぐらいには有名だったことを思い出す。


寧々が私の手を取り、先導するように信号機の前に行く。

どうやら目的はこっちだったらしい。


「わざわざそんな回りくどいことしなくても言ってくれたら付き合うよ」


寧々の性格上、それが無理なことは分かっているしこれは意地悪だ。

ゲシゲシ、と繋いだ手を左右に振って脇腹に攻撃してくる寧々に笑みを抑えられなくなる。


手を繋ぎながら公園の中を歩く。

木々に囲まれた公園は、平日でも多少の人がいるがラフな格好をしてハンバーガーチェーン店の袋をぶら下げた二人なんて誰の視界にも入らない。


ほとんど言葉はなく、いつの間にか恋人繋ぎになってしまった手の温もりを感じながら私たちはのんびりと公園を一周して道路に出たのだった。


人通りが多い道路につくと寧々の手は離されてしまう。

強く握って逃がさなければよかったなんて思いながら私たちは見慣れた家に帰ってきた。


いつも通りにエレベーターに乗って、いつも通りに家に入る。

だけどいつも通りではないのは、そこにガシャリと袋を落とす音が玄関に響いたこと。


「ね、寧々?」

寧々の細くてあったかい手が私の頬に触れる。

目は少しうるんでいて、吸い込まれそうなほどきれいで、寧々が何をしようとしているのか直感で理解できた。


「ごめん。我慢できないかも。嫌だったら押しのけていいから」


ずるい言葉だ。例え嫌だったとしても私に寧々を傷つけるかもしれないことできるはずないのに。


寧々の顔が近づいてくる。

あれ、私、口臭とか大丈夫かな。コーヒーとか飲んだけど臭くないかな。

ぐるぐるとまとまらない思考を渦巻かせながらだんだんと近づいてくる寧々の顔を眺める。


_____まあ、いいか。


・・・


「あれ、おかえり」


カスの声が聞こえた。名前なんて必要ないカスだ。

寧々が体を離し、私も後ろを振り返る。

そこにはぽけーっとした顔で当たり前のようにいる長月さんの姿があった。


「長月さん、なんでいるんですか?」

「え?帰ったから」


じとりと長月さんを見る。


「え?何、二人してそんな空気読めないやつを見る目して」


その通りだけど。

はぁ、と肩を落とす寧々。どうやら寧々が出した勇気もすべてが無意味だったらしい。


「長月さん、五秒だけ後ろ向いててください」

「あん?」

「いいから」

「えー」


長月さんが後ろを向く。

私は隣にいる寧々に顔を近づけた。


唇に柔らかいものが触れる。

今日はこれぐらいで我慢してほしい。


仏頂面だった寧々の顔がどんどん変化していく。

茹でられたタコみたいに真っ赤になった寧々の頭を撫でる。


「もういいー?」

「いいですよ」

「んー?なんだったんだ?」

「なんでもないです」


寧々を後ろに隠しながら、袋を持って長月さんとリビングに向かう。

ピッタリと私の背中にくっついていた寧々は途中で自室に戻っていってしまった。


「あれ?寧々は?」

「なんか用事があるらしくて部屋に戻るそうです」

「へー、てかそれハンバーガー?」

「そうですけど」

「いいなー、ポテトちょうだい」

「いいですけどたぶんしなしなになってますよ」


袋からポテトを取り出すと案の定、しなしなになっている。


「持ち帰りでしなしなになることある?」

「少し寄り道してたので」

「はぁ~ん、いやらしいことしてたら許さないからな」

「してないですよ」


しなびれたポテトを美味しそうに頬張る長月さんを横目に入口を見ると、寧々が隙間から手招きをしているのが見える。


「お手洗い行ってきます」

「おー」


扉を開け、直ぐに閉める。

目の前にはまだ顔の赤い寧々がいた。


「どうしたの?」

「いや、その……ずるいって文句と……あと……」

「あと?」

「ま、満足してないから!」

「へ?」

「今日、部屋行くから!」


それだけ言って寧々は走り去っていく。

私は少し呆然としていたがゆっくりの寧々の言葉を咀嚼してずるずると扉にもたれかかりながら座り込んでしまう。


「あぁぁぁぁぁぁ……」


たぶんこれはそういうことじゃないやつだ。行為でいうところのA以上はない。


桃色に染まっていく思考を首を振って掻き消す。


そしてどうしようもない感情をゆっくりと言葉に乗せて吐き出すのだった。


「我慢できるかな……わたし……」


______________________________________

対戦よろしくお願いします。

長月さんは空気読めないようでナイスアシストだと思います。

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