閑話 彼方と猫神様
スマホを片手に小さく欠伸をもらす。
人生ゲームの配信が終わり、既に23時をまわっている。
寧々に指定された場所まできたけど、まだかな?
辺りを見回していると少し先にこちらへ歩いてくる影が見えた。
「あっ!」
「やほー、おつかれ~」
寧々がとてとてと小さな歩幅で歩いてくる。
「配信面白かったよ」
「ありがと」
そんな何気ない会話をしている途中に寧々の後ろに二つ影があるのが分かった。
一人はスーツを着た女性ともう一人は金髪碧眼の美少女。
「えっと……」
誰だろうか?寧々に視線を向けるが何も答えてはくれない。
「こんにちは!飼い主さんにゃ?」
突然、聞き覚えのある声がした。
それは配信でいつも耳にしているもので、そして先ほどまで耳にしていたものだ。
「ね、猫神様……?」
「そうにゃ!リアルアバターでは初めましてにゃ!」
どういうことか、と寧々を見ると悪戯が成功した子どものように小さく舌を出している。
「迎えに来るって聞いて会いたくなって会いにきたにゃ!」
「それは、きょ、恐悦至極です」
「にゃはは、想像通りの人にゃ!これは雀ちゃんが好きになっちゃうのも分かるにゃ」
推しに認知されたどころか会ってしまった……これは参猫者に後ろから刺される案件だったりしないだろうか……
一人慄いていると、猫神様の後ろに立っていたスーツ姿の女性が歩いてくる。
そういえばこの人は誰だろう。
「こんばんは。飼い主さん。私は猫神雫の担当マネージャーの栗花落です」
「あ、よろしくお願いします」
「すみません。うちの猫神がどうしても会いたいと聞かなくて。ご迷惑ではなかったでしょうか?」
「その、なんというか推しなので、言葉が上手く出てこないといいますか」
「なるほど。そうでしたか。これからもうちの猫神をよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ雀をよろしくお願いします」
ペコペコする栗花落さんにあわあわしながらペコペコしていると、猫神が楽しそうに笑っているのが見える。
「よし、今日はにゃーの奢りでラーメン食べて帰るにゃ!」
「駄目です。こんな時間ですしさっさと家に帰りますよ」
「えー、でもせっかく会えたんだし遊びたいにゃ」
「雫ちゃんは元気すぎ……」
寧々は見るからにお疲れモードで口調も寧々のままだ。
配信で言ってた通り、雫ちゃん呼びになっている尊い。
「あはは、また今度遊びましょう。今日は雀もお疲れみたいですし」
「言質はとったにゃよ?」
「飼い主さん、それマズいです。この人、不用意なこというと一生覚えてるんで」
「まあ、仕事じゃなくて雀も大丈夫な日なら全然大丈夫ですよ」
「ほうほう、ならにゃーもスケジュール調整するからまた遊ぼうにゃ!」
「はい、そうしましょう。雀もそれでいい?」
「大丈夫」
元気いっぱいな様子の猫神様は「約束にゃ!」と言うと栗花落さんと一緒に帰っていった。
寧々は足取りも重く、手を繋いでいるが握り返しもほとんどなく、このままだとタクシーが来る前に眠ってしまいそうだ。
「寧々」
「なに」
「今日、楽しかった?」
「うん。めっちゃたのしかった!」
それでも元気よくそう言い切った寧々に「良かったね」と返して手を少し強く握り返した。
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「栗花落ちゃん」
「なんですか?」
「飼い主さんかっこよかったね」
「そうですね。でも……」
「うん、やっぱりちょっと沙雪ちゃんに似てる」
初めて話したときから思っていたけど、沙雪ちゃんにどこか似ている。
頑張り屋で、なんでも自分で抱え込む彼女と。
まぁ、沙雪ちゃんほど考えすぎでめんどくさい人間はたぶんこの世にいないけど。
「知ってる?飼い主さんって沙雪ちゃんのファンなんだって」
「そうなんですか?彼女が聞いたら喜びそうです」
「確かに。嬉しそうに笑いをこらえながらペコペコするんだろうなぁ」
「あはは。そうでしょうね」
「あー、沙雪ちゃん戻ってこないかな~」
「きっと戻ってきますよ。雫さんが願い続ければ」
そんなことを言う栗花落ちゃんは何も知らない。
なんで沙雪ちゃんが卒業したのか、その表向きの理由しか。
「あー、ほんと戻ってきてくれないかな」
そして今度こそ勇気を出してほしい。
「ほんとヘタレなんだから」
「何か言いました?」
「なんでもないよ」
不思議そうに首を傾げる栗花落ちゃんに、そう返してスマホを開く。
新着メッセージは一件。
『今日の配信も面白かったよ!』
人の気も知らないで。
小さくため息をついた私にますます栗花落ちゃんは首を傾げるのだった。
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2章37話での会話で
「残念。飼い主さんにも会ってみたかったんだけどなぁ」
「帰り、迎えにくるから会えるかも」
「そうなの!?会う!」
という会話があったことを完全に失念していましたので閑話にて更新させていただきました。申し訳ありません。
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