第44話 四人

VTuberQueenに手が届くまで繰り広げられた熱い戦い、もとい運営さんの悪ふざけにも似たお題たちに苦しめられながら私たちは後一歩のところまできていた。


VTuberQueenの文字は4マス先にあり、ゴール前には私と鷲宮さんが並んでいる。


「まさか貴女と争うことになるとはね。でも貴女より先にサイコロを振る私が断然有利よ」


「頑張ってください鷲宮さん!」

「面目ないにゃ~」


千虎ちゃんは時事ネタに敗北し、猫神様は英語の翻訳問題に敗北して撃沈。

運が良く、山が当たったみたいに分かる問題が来てくれたから今この場所にいるがここで鷲宮さんが正解し、進めることができたら終わりだ。

鷲宮さんのサイコロが振られる。


『鷲宮 梅雨の初めての限定ボイス【鷲宮梅雨が添い寝してあげるわ】の【01 眠れないの?】の台本を諳んじよ』


「殺されたいのかしら?」


『草』

『触れてはいけない限定ボイス』

『拳銃で脅されて録ったと噂のボイス』


「答えたら勝ちですよ!」

「……黒歴史すぎて記憶から消したから何も覚えていないわ」

「それは草です」


『不正解。1マス進む』


鷲宮さんの不正解……というよりこれもまた運営の悪ふざけだろう。

コメントも盛り上がっているし、私は内容を把握していないけど鷲宮さんの添い寝ボイスは少し聞いてみたい気もする。


「貴女、聴いてみたいと少しでも思っているならやめなさい。あれは特級呪物、人の手に扱えるものではないわ」

「ちなみにもう売ってたりしないチュンか?」

「売ってないわ。ついでに再販するときは同時に私の卒業も意味するから運営も覚えておいて」

「把握したチュン」


どうやら本当の地雷というやつらしい。

千虎ちゃんが両手で口を塞いでいるが、余計なことを言わないようにだろう。

なんとなくだけど、千虎ちゃんはボイス買っている気がするし。


「さあ、貴女の番よ。勝ちを持ち帰れるなら持ち帰ってみなさい」

「頑張るチュン!」

千虎ちゃんは世間知らずなところがあるから時事ネタ、猫神様は英語が苦手だと公言しているから英語の和訳問題、と後半になるにつれてそのV個人にスポットライトを当てて、深く掘りこんだような問題が増えている。

つまりはキャリアが比較的浅いチュンに有利ということにならないだろうか。


そんな願望にも似た予想を立てて、サイコロを振る。


『下切 雀がツイートンにアップした自己紹介動画を一字一句、間違えずに答えよ』


自己紹介動画。思い出そうとすることもなく、私は自然と口を開いていた。


「初めまして。下切 雀だチュン。

もしかしたらもう知っている人間もいるかもしれないけど今日からvtuberとして活動していくチュン。

活動内容は大好きなFPSを中心にゲームプレイをしていきたいチュン。


あと、こう見えても人間さんなんかには負けないつよつよ雀だから油断してると舌をつついちゃうチュンよ!

初配信の日程はまた後日ツイートさせていただくチュン!」


この自己紹介文も当たり障りのないものだけど、彼方が一生懸命考えてくれたものだ。

彼方に貰ったものを私が忘れるはずがない。


『正解。6マス進む』


雀のキャラクターがVTuber Queenの文字にたどり着く。


『下切 雀がVTuber Queenになった+10億のボーナス』


ゲームの終了を知らせる軽快なBGMが流れて、王冠が雀のキャラクターの上に乗せられる。

呆然と声も出せずにその画面を見ていると、後ろから軽い衝撃が襲ってきて我に返る。


「やったにゃ!雀ちゃん!」

「や、やったチュン」

「ふふふ、お二方、まだ結果は出てないですよ。まだここから世紀の大逆転があるかもしれないです」

「た、確かにチュン!」

「確かにまだ油断はできないにゃ!?」


た、たしかにリザルトを見ない限りはまだ勝利したとは言えない。

千虎ちゃんの言葉に猫神様と二人で衝撃を受けていると隣で鷲宮さんが呆れた顔で私を見ていた。


「貴女たち、ゴールにたどり着いたからって知能落ちてない?貴女たちの勝ちよ」


リザルト画面に目を移す。


猫神 雫  27億3000万

鷲宮 梅雨 27億2000万

千虎 七瀬 16億8000万

下切 雀  26億2000万(VTuberQueenボーナス10億)


『猫神 雫がVTuberのトップに立った』


「26憶と27億だから……チュンたちの勝ち……やった!やったチュン!」

「やったにゃー!」


年甲斐もなく猫神様と一緒に抱き合い、喜びを分かち合う。


「うぅ~、鷲宮さん申し訳ないです」

「いいわ別に。楽しかったしね。それと猫神 雫と下切 雀さん。勝ったのは貴女たちよ、煮るなり焼くなりしなさい」

「私は勘弁してほしいです。煮るならお風呂ぐらいの温度でお願いします」


喜びですっかり忘れていた。

勝ったら【お願い】をすることができる。

鷲宮さんの願いは猫神様の部長就任だったけど、猫神様の願いはいったいなんなのだろう。


「お願いは決めてたにゃ。鷲宮ちゃんと千虎ちゃん、あとついでに雀ちゃんも」

「えっ、私もチュンか?」

「そうにゃ!猫神様と呼ばれるのは嫌いじゃないけど、雫、または雫ちゃんとにゃーのことは呼んでほしいにゃ!」


猫神様のお願いにコメント欄が活気づく。

そういえば私の知る限りでは猫神様のことを下の名前で呼んでいたのは確か卒業した狗頭さんだけだ。


私含め、三人が戸惑っている。

猫神様は大きな存在だし、でも友だちでもあるし、そんな思いが交差する。

でも呼んでほしいと言ってくれている。なんだか特権のようで、それが嬉しくなるのも確かだ。

呼吸を整えて勇気を出す。


「し、雫ちゃん」

「うん!雀ちゃん!」

私の第一声を皮切りに鷲宮さんが肩を落とし、小さく口を開く。


「はぁ……雫」

「梅雨ちゃん!」

「つ、梅雨ちゃんはくすぐったいから止めてほしいのだけど」


「雫ちゃん!」

「千虎ちゃん!」

「雫ちゃん!!!!!」

「千虎ちゃん!!!!!」


「交信しないでくれるかしら」


三人が名前を呼び終わると雫ちゃんが本当に嬉しそうに笑う。

そんな表情を見て、心がポカポカする。


「次、貴女は何をお願いするの?」

「へ?」


鷲宮さんの視線が私に向けられ、思わず固まってしまう。


そっか、勝ったから私にもお願い券があるのか。


「んー、じゃあ今日から友だちってことでこれからもまた遊んでほしいチュン!」

「もちろんです!雀ちゃん!鬼畜ゲー耐久やらせてあげます」

「それは縁切りマッハチュンね」


「……雫も貴女も似た者同士なのね」

「どういうことチュン?」

「なに、そういえばデビュー当時に同じような言葉を掛けてきたやつがいたのを思い出しただけよ。いいわ。雀さん。今度格ゲー沼に突き落としてあげるわ。覚悟しときなさい」

「お、お手柔らかにお願いするチュン」


鷲宮さんが少しだけ、ほんの少しだけ微笑む。

隣でぼーっと見惚れる千虎ちゃんを見て、彼女のこういうところに人は堕ちていくんだと直感的に分かった。


「これでVG@プラスの人生ゲーム大会は終わりにゃ!みんな一言ずつお願いするにゃ!まずはにゃーから!」


「人からすればなかなか異色なメンバーだったかもしれにゃいけど、このメンバーで楽しくゲームができてよかったにゃ!みんなも楽しんでくれたなら嬉しいにゃ!」


『楽しかった!』

『毎秒やってほしい!』

『千虎ちゃんや雀ちゃんのこと全然知らなかったけど好きになった!』


「次は誰が行くにゃ?」

「私が行くわ。勝つ気満々だったけど負けて悔しいわ。またいつか雫にリベンジしたいわね。この四人とはまたコラボしたいから近いうちに私から誘うわ」

「楽しみにしてるチュン!」

「同じくです!」

「にゃーもにゃ」


「ふふ、じゃあ次は「はいはいはい!私が行きます!トリは雀ちゃんの役目だと思うので!鳥だけに!」


『は?』

『さっむ』

『ここは寒いなぁ・・・』

『厚着しねぇとやってらんねぇ』


「千虎 七瀬は最初は不安でした。というのも鷲宮さんしか絡んだことがなかったのでもしかしたら不敬で賞になっちゃうかもと思ってました。でも蓋を開けたらみんな楽しい人ばかりで不安なんか吹き飛んじゃいました。この四人でまた遊びたいです。いや、遊びます!」


『コメントの寒暖差で風邪ひくわ』

『あったけぇ……』

『寒暖差で不敬で賞という謎の賞に誰も気づかない』


「鳥だけにトリを任されたチュンが最後を飾るチュン。チュンもこんな大舞台に出ることが不安で不安で仕方がなかったチュン。でも猫神様が遊びたいと言ってくれたからこの場所に立って、本当に楽しい時間を過ごせたチュン!この四人は永遠チュンー!」


「永遠にゃ!」

「永遠です!」

「なにかしらこの流れ……はぁ、永遠ね」


『永遠!』

『エターナル!』


コメントが凄い速度で流れていく。


「じゃあこれにてVG@プラスの人生ゲーム配信を終わるにゃー!バイバイにゃー!」


『お疲れさまでした!』

『楽しかったです!』


配信が終わり、支給されたお茶を飲みながらほっと息をつく。

隣では雫ちゃんが楽しそうに笑っている。


「楽しかったにゃ」

口調はそのままで、猫神様がしみじみと呟く。

鷲宮さんもその隣で「そうね」と呟いた。


「解散したくないにゃ~」

「あはは、少し同意します」

「私は今すぐにでも帰りたいけど、まあ気持ちはわからないでもないわ」


時刻は既に23時をまわっている。


「そうチュンね……」

「まあ、でもまた遊べるにゃ」

「そうですね。次がありますね」

「じゃあ、今日はもう解散するにゃ!帰ったらディスコ掛けるにゃ!」

「流石にチュンは寝るチュン」

「同意します」

「体力お化けすぎるのよ」


「しょぼんにゃ」


目に見えて落ち込む雫ちゃん。

そんな雫ちゃんを見て三人目を合わせて小さく笑い合った。


今日のことはきっと忘れない。

こんなに楽しかった今日のことを忘れるはずがない。

でもこの瞬間をあと少しだけ……


栗花落さんの「タクシー手配できました」の声が届くまで何でもない雑談に花を咲かせていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る