VTuberになった親友と一緒にがんばる話

森野 ノラ

一章 寧々と彼方

第1話

動画投稿サイト『Metube』において一大ブームを巻き起こしたVRアバター用いた配信者。

彼らは VirtualMetuber略してVTuberと呼ばれ、広く人々に愛される存在となった。


かくいう私もそんなVTuberにのめり込んでしまった一人だ。


生き生きした彼女たちの姿に憧れて、毎日生放送を追う日々。

ファンアートを描いて彼らにリツイートされた日には心が躍り、年甲斐もなく駆け出してしまいそうになる。


そんな私も今年で二十三歳。

今日も会社帰りに好きなVTuberの動画を見ながら電車に揺られていた。


時刻は二十時を過ぎていて、電車に乗っているスーツ姿の人間同類はみな疲れきった顔をしている。


疲れから、小さく息を吐き出すと『チャットが届きました』とバナー表示される。

差出人は、慣れ親しんだ友人の名だ。


私は動画を一時停止し、バナーをタップしてチャットアプリへとんだ。


『仕事辞めた』


「はぁあ?」

思わず驚きの感情が大きな声として口から漏れ出てしまう。

慌てて周りを見回し、こちらを見ている人間にぺこりと小さく頭を下げて、チャットを返した。


『なんで!?』

『辛かったから。これからしばらくニートになるよろ』

『大丈夫?親に伝えてるの?』

『うん。言ってない。家を追い出されると思う』

『まあ、それでいいならいいけど貯金はあるの?』

『PCを新調するのに使いました……』

『バカでしょ』


市役所勤務の公務員となったのはいいものの相当な激務だって聞くしなぁ。

もともと体力がない寧々が辞めてしまうのは仕方ないことだったかもしれないが……


まあでもこのタイミングで私に連絡してくるってことはそういうことだよね。


私はゆっくりと、メールを打ち込んだ。


『捨て猫ちゃんよ、うちくるかい?』

『その言葉を待ってた』


この子が私にこういった相談を持ちかけてくる時点でこの結論は決まっていたのかもしれない。


『この後話せる?色々決めたいから』

『話せる。というか駅に行く。今日も残業でしょ?あ、親にはもう引っ越すって言ってる』

『了解、てか準備がはやいね……私が許さなかったらどうしたの?』

『ありえないでしょ』

『たしかに』


幼稚園からの幼馴染である彼女とはこれまでも色々助け合ってきた。

彼女の親が再婚した時も一時期、彼女を私の家に住まわしていたこともあるし、一緒に住むという行為にそこまでの抵抗はない。

あいにく、彼氏いない歴がイコールで人生と結びつくような人間だ。

同居人が増えるぐらい別になんてこともない。

一人では広すぎる家も、二人なら少しぐらいは埋まるだろう。


「うぅ、さむっ」


駅から出ると一月の寒さが身に染みる。白い息を吐き出すと、駅前でキャリーバッグに腰掛ける小さな影が見えて私は駆け寄った。


「おひさ」

「おひさし」


社会人には見えない小柄な少女にしか見えない幼馴染。

私の友人である雪村ゆきむら 寧々ねねは寒そうに両手を擦り合わせている。鼻の頭は真っ赤だ。


「遅い」

「うるさい。コンビニ寄る?」

「んーん、大丈夫。それより早くおこたに入りたい」

「はいはい」


私の家は言っちゃなんだがとても広い。都内の高層マンションの最上階に私は住んでいる。両親の遺産の一つである3LDKの家だ。


エレベーターから降りて、部屋に入ると廊下の先に殺風景な部屋が顔を覗かせている。


「相変わらず何もない」

「部屋以外自分のもの置いてないからねぇ……あ、荷物はリビングから左に行った二番目の部屋において、そこが寧々の部屋になるから」

「ん。ありがと」

「PCとかは?」

「もう既に頼んでる。私のものは明後日にでも送られてくる予定」


なんとまあ、準備のいいことだ。

私が断ったらどうするつもりだったんだか……、まあ、断らないのぐらい長い付き合いだから分かっているんだろうけど。


寧々は真っすぐとリビングへ歩いていき、両親の遺影が飾られている小さな仏壇の前にちょこんと座った。


「お久しぶりです。お家、お邪魔します」

そんな寧々の言葉が少しばかり懐かしく感じてしまう。

どこかしんみりとした苦手な空気が漂い、それを変えるために少しばかり早口で問いかけた。


「親御さんには引越しが終わってから言うの?」

寧々は少し考えて首を振った。

しばらくは言わない。お金稼げるようになってから言う」

「稼ぐってどうやって?」


問いかけると寧々は携帯を取り出して、動画を見せる。

今人気のVTuberだ。個性的でチャンネル登録数は百万を超える超大手。


「私、VTuberになる」


……はい?


「……えっ?正気?」

「もちろん」


いや、うーん。

うーーーーーーん。


「あり、なのか?」


VTuberに大切なのはまず容姿、そして話の上手さや面白さ、あとは何か特筆する特技であろうか。


寧々は絵が上手い。彼女の絵じゃなくても依頼をすればアバターはどうにかなる。

面白さは少なくとも私は寧々と話すのは好きだし絶妙なタイミングのボケに抱腹絶倒することもある。

特筆する点がゲームのうまさだ。幼い頃からゲームが大好きだった彼女はFPSやTPSと呼ばれるシューティングやホラーなどのジャンルに傾倒していった。


声の可愛さやかっこよさも重要かもしれないが寧々はそれも問題ない。

齢二十三にしてクール系ロリボイスだ。


「やってみれば?まあでも事務所とかの面接を受けるのもいいけど」

いくつか企業が思い浮かぶ。どれもこれも、私を元気づけてくれる彼らの所属している企業である。


だが寧々は首を振った。


「こっちの方が気楽でいい」

「たしかに」

企業も受かるとは限らないし、個人の方が気楽というのはよくわかる。

だが企業に入れば、一定数の人間には必ず見てもらえる。

まあ、一長一短だよね。


「アバターとかはできてるの?」

「もち。モデリングも完了済み。あとはデビューだけ」

「準備万端じゃん」

寧々は携帯を操作すると絵を見せる。


可愛らしい女の子の絵だ。

水色の髪にてっぺんからひょいと伸びたアホ毛。ジト目気味で肩にはよくわからない丸い雀のような生命体が乗っかっている。


「相変わらず可愛い絵を描くね。名前は?」

下切しもぎり すずめ。上下の下を切ると書いて下切。雀は鳥」

「へー、舌切り雀をイメージしたの?」

「ん。やっぱイメージは大事」

「確かにー」

「語尾はチュンで行こうと思う」

「いいんじゃないかな?あとはまずデビューのために知名度を稼ぎたいよね」

「知名度?」

「うん。例えばツイートンで宣伝するとかほらvtuber準備中って名前に書いて雀ちゃんの画像を載っけるの、流れてくるときとかあるでしょ?あとは動画サイトに広告料を払って、載せてもらうとか」

「そこら辺、よくわかんない」


そういえば寧々はSNSとかには、てんで疎いんだった。


「……じゃあ私がやろうか?」

「いいの?」

「まあ、面白そうだし」


メールアカウントを作り、登録するだけだ。そんなに手間はない。

あとはアカウントを共同で使用できるようにすれば解決だろう。


……それにVtuberの活動を支える裏方に、少しばかり興味があったのも事実だ。


……ふぁあ。


眠い。まだお風呂も入ってないのに。

一応、明日明後日は休日だがせっかく明日が休日ならもっと遊んで寝たい……


「眠そう」

「眠いけど寝たくないぃ」

「化粧落として寝て」


寧々の言葉に渋々と化粧を落として、服を着替えベッドに体を放り込む。

十数秒もあればきっと眠りへ落ちてしまうだろう。


ふと頭の上に手が乗せられた。

わしゃわしゃと何が面白いのか、頭を撫でて、小さな声で呟く。


残念ながらそれを聴き逃せるほどは意識が落ちていなかったらしい。


「ありがと」

だが寧々の言葉に、返事を返す余裕もなく、私の意識は落ちていった。

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