ゼロ・ディビジョン

御月 依水月

Prologue


[Prologue]


 僕には姉がいる。

 ほんの三年ほど前の"ある出来事"をきっかけに、僕たち姉弟ははなばなれになってしまった。

 それでも、僕たちは誓ったのだ。ひとつの"復讐"を。


 両親は事故で死んでしまい、その事故で遺産いさんすらも消し飛んでしまった。表向き、事故を起したのが両親であると報道され、世間一般では富裕層に分類されていた僕たち家族は、地位も名誉も失ってしまった。同時に、全世界に影響を及ぼすような重大事件として、歴史にその名前を刻む事になった。

 それでも僕たち姉弟は、ひとつの確信があった。その事件には黒幕がいると。


 事件の数日前、両親は姉に所有する土地や金品、全ての知的財産や権利関係の引継ぎをしていた。まるで自分達の死を予感するように。

 その時に僕だけが両親の側に残り、姉は遠くの土地へ移動を命じられた。中学生だった僕たち姉弟は同じ学校に通っていたが、姉だけが転校させられることになったのだ。


「近々、良くないことが起きるかもしれない」

 父親は企業を経営する社長であり、同時に研究者でもあった。母親も同じ道を研究するパートナーとして、家庭と仕事の両方で良き支えとなっていた。

 そんな父が漏らした弱音と、不安そうでありながら、どこか決意を滲ませる母の顔だけが、僕の脳裏に焼きついていた。


 そんな矢先に起きた、事故。その時、僕は会社の研究所内にいて、そこでまさに事故は起こってしまった。

 百人単位での死者が出て、多数の負傷者が病院に運び込まれたと後から聞いた。僕は昏睡状態で、いつ死んでもおかしくない状態だったと、姉から言われて知った。


 ――でも僕は見てしまっていた。研究所内で、不審な行動をする一人の従業員の姿を。

 直後、ネットワークに異常を示すアラートが鳴り響き、しばらくして収まるも、どこからか爆発するような音が鳴り響いたと思ったら、そこから先は記憶がなかった。


 結局、生き残ったのは、僕を含めて少数の人間だけ。

 でも姉は、両親から何かを聞かされていたのか、生き残った僕を"殺した"。いや、厳密に言えば"戸籍上は死んだ"ことにして、社会的に存在を抹消したのだった。そして死亡者リストの片隅に、載ることになった。


大和やまとを助ける為なの……ごめんね」

「いいよ、姉さん」

 僕の名前は、御影みかげ 大和やまと。姉は綾乃あやの

 目を覚ましてから、両親が最後に何を語ったのか、僕は聞かされた。そして僕が見た光景と、事故の詳細を語ったところで、見えない敵がいる事を確信した。

 そこから先は、姉と共に正体の分からない敵に対して、復讐する事を決意した。例えそれが、犯罪であったとしても、来る日の為に牙を研ぐことにしたのだ。

 本当は敵などいなくて、僕たちの勘違いだったとしても、なんとなくその方が、気持ちが楽に感じられた。



 ――それから三年が経ったある日。

 夏にも関わらず、厳重な防寒着を着て、薄暗い冷蔵庫のような場所に僕はいる。


「それが僕たち姉弟が、ネットの世界で暗躍する、ただひとつの目的だから」

 誰も聴衆のいない場所で、僕はそう呟いた。ちなみに三年が経った今も、見えない敵の正体は分かっていない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る