あなたになることなんて、すぐできるから

ちびまるフォイ

しばらく実家に帰らせてもらっていました

はじまりは小学校のときだった。


「ねぇ、そのアザどうしたの?」

「お父さんにぶたれたの」


「どうしてぶたれるの?」

「お兄ちゃんやお姉ちゃんみたいじゃないからって」


「そうなんだ、いいなぁ。

 私一人っ子だから誰かと比べられることもないの」


「ぶたれるほうがいの?」

「空気みたいに扱われるよりは」


私と友達は背丈が似ていた。


「ねぇ、私たち入れ替わらない?」


小学生のころに、私たちの壮大な入れ替わり計画が始まった。


最初は簡単な髪型を変えるところから始まった。

私は友達の髪型を、友達は私の髪型へと切り替える。


これだけでもそこそこの効果があるようで、

後ろ姿だけでは間違える人がたくさん出てきた。


「なんだか楽しいね」

「ねっ」


次にお互いの字をまねた。

お互いの癖や行動も研究してまねていった。


周りには仲のいい友達同士に見えていたけれど、

お互いの特徴やしぐさを研究する鋭い目の中に友情が差しはさまる余地などなかった。


「おはよーー。っあ、間違えちゃった」

「次の問題は……っと、しまった間違えた」


お互いのマネがだんだん無意識でできるようになると

人違いは日常茶飯事になっていった。


「それじゃ、そろそろ入れ替わろうか」

「うん」


今や違和感なく声帯模写して友達の声を出せる。

友達から得たすべての情報は、私自身を別の人間に仕立てていた。


「ただいま」


「こんな遅くまで何してたの!?

 お母さん、もう少しで警察に連絡してたところよ!!」


ヒステリックに友達の母親は、他人である私を叱った。

いつ気付かれるかとドキドキしていたがその不安もしだいに消えた。


「それに、こないだのテストの点数も落ちてたわ!!

 お兄ちゃんがあなた頃の年の時はもっと頑張ってた!

 なのにあなたはどうしてそうなの!?」


「ごめんなさい」


「謝らないで! 私が悪いみたいじゃない!

 お母さんはね、あなたの将来のために言ってるの!! わかってる!?」


「はい」


「なにへらへらしてるの!!」


平手がとんで頬をひっぱたかれた。一瞬なにが起きたかわからなかった。


「どうして笑ってるの!! バカにしてるんでしょう!!

 私のことを心の中で笑ってるんでしょ!!

 どうして!? どうしてあなたまでバカにするの!!

 こんなに頑張ってるのに! 自分を捨ててあなたを育ててきたのにどうして!!」


そこから先は母親の愚痴というか叫びというか。

とにかく「私の期待以上に育ってくれない娘」の恨み節が続いた。


でもすごく嬉しかった。ビンタされたことも含めて。


翌日、学校で友達に会うとお互いに満ち足りた顔をしていた。


「どうだった?」

「うん、すごくよかった」

「私も!」


「大丈夫? ほっぺ腫れてるけど、ぶたれたの?」


「うん。でもね、毎日自分がいないみたいに扱われるより

 私のために必死になってくれる人がいるのが嬉しいの!」


「私は怒る人も叱る人もいない今の生活の方がずっといい。

 入れ替わって正解だったね」


「ねぇ、もっともっと入れ替わろうよ」

「もちろん! だって友達でしょ!」


私たちは入れ替わり生活を続けていった。

しぐさや見た目はもちろん、体型もズレが出ないよう毎日チェックした。

情報差が出ないように毎日昨日の出来事を報告し合った。


まるで自分が2人になったような気分だった。


ある朝、友達を迎えに行く途中に人だかりができていた。


「誰か警察に通報しろよ」

「子供が飛び出してきたんだって」

「うわっ……ひどいな……」


人だかりの足の隙間から見覚えのある服装が見えた。

私が着ていたお気に入りの服だった。


事故現場を初めて見て、私の姿のまま動かない友達を見ても

私の頭には悲しさがわいてこなかった。


「明日から、私の変わりどうしよう」


頭の中はそれだけだった。



事故で個人を特定できない状態だったのと、

私が友達と、元の自分に戻るのを繰り返したせいもあって

事故現場に転がっていたのが友達だと気付かれることはなかった。


けれど、友達と私が交互に学校を休むことに違和感を感じた人も出始めて

そろそろ私のなりすまし生活の限界を感じ始めた。


「これからどうしよう……」


友達として生きていくべきか。元の自分に戻るべきか。


友達として生きるのが私としてはいいけれど、ウソになる。

でも私が私として生きていくのは辛すぎる。


交互に自分と別人を行き来しながらも、

どちらで生きていくべきかは結論を出せずにいた。


「うん、やっぱり私が死ぬしかない」


悩んだ結果、私は2つの家族を同時に試すことにした。




私が失踪してから数日。


友達が死んだ事故が友達だったのか、私だったのか。

そのことが町の中で話題になっていた。狙い通りだった。


「どっちの家族が自分の子供をより大事に思っているか比べて

 思いが強い方の家族に戻る事にしよう」


友達でも私でもない別人に成りすました私は行方を見守った。


あれだけ心配してくれていた友達の家族の圧勝かと思っていたけど

思いの強さは私の下の家族の方が勝っていた。


私の家族は、犠牲者が私だったのかを確かめるべく

チラシを作って自分なりに聞き込みしたり、何度も生存確認を警察へ行った。

友達の家族は残った兄姉を大事にするばかりだった。


「やっぱり、私には私の家族があっているんだ」


私はなりすまし用の友達の服や道具をすべて捨てて家に帰った。

これからは自分として生きていくことを決めた。


「お母さん、ただいま!!」


私の顔を見た母親は驚いた顔をしていた。


「そんな……生きていたの……!?

 死んだと思ったから、やっと元の家に戻ってこれたのに!」


同じ顔で並び立つ2人の母親を見て、

私はどちらが本当の母親と呼ぶべきかもうわからなかくなった。

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