刻まれたのは皺だけでなく

カゲトモ

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「うえっ」

 さっきまであんなに晴れていたじゃないか。なんでコンビニ出た途端に雨降ってくるわけ。

 最悪。傘だって持っていないのに。

救いなのは空が雲に覆われていない事だけだ。きっと通り雨だろうからすぐ止むんだろうけど・・・めっちゃ雨足強い。

 いつ雨止むか分からないしなぁ。仕方ない、走るしかないか。腹も減ったし。

 今日は寝坊して朝食を取っている時間が無かったから、ブランチはコンビニのホットスナックとおにぎりって訳。別に振り回しちゃっても潰れるもんじゃないし、少し雨が弱まったら走ることにしよ。とりあえずは唐揚げ食っとく。

「・・・」

 美味いのに、何となく虚しい。春も秋と一緒で天気が崩れやすいな。秋と違う所は、夏に向かって暑くなっていくはずなのに突然寒くなったりするところだろう。こっちはもう冬なんてとっくに終わっていると思っているから、油断が凄い。今日だって薄手の部屋着なのに暖房入れたわ。これが秋だと、寒さを覚悟しているのに夏日でも『まぁ秋だしな』ってなんか寛容に思うもん。服だって脱げばいいだけだし。上着持ってないのに急に寒くなったらめっちゃ困るもん。

 単純に俺自身、寒さが苦手だからそう思うのかもしれないけど。晴れているのに雨凄い降るわぁ。そう言えばなんで春雨って、春の雨って書くんだろう。

「おや、そうちゃんじゃない」

 ふとした疑問を頭の中で回していたら、開いた自動ドアから声がした。そこにいたのはシャキッと背筋を伸ばしたご老人。ご老人と言うにはちょっと気が引けるような、高そうなエンブレムの付いたハットがよく似合う山路さんだ。

「山路さん、お久しぶりです」

「久しぶりじゃない、どうしたのこんな所で」

「ふふ、恥ずかしながら今日は雨が降ることを知らなかったので、雨宿り中です。少し弱まったら走って行くつもりなんですけれど」

「バカだねぇ、今日はにわか雨が降るって天気予報で言っていたじゃない」

「あはは」

 全然見てなーいっ。

「これから仕事かい?」

「えぇそうです」

「そう、それなら僕の車に乗って行きなさいよ」

「え、そんなわけには」

「ジジィの車に乗るのは怖いかい?」

 そういう訳では、ないけれども。昔馴染みの良く知ったお客様でも、こんなことでお世話になる訳には・・・マスターに怒られる。いや、もうそんなことで怒られることはないだろうけれど。

「いいじゃない、乗って行きなさいよ。僕にとってそうちゃんは孫みたいなものなんだから」

「で、でも」

 確かに昔から俺のことを知ってはいるけれど・・・山路さんは十年修行させてもらったバーの常連さんだから。俺のことはデビュー当時から知っている訳で。

「若い者が遠慮するもんじゃないよ。いいから乗りな」

「でも」

「あんまり駄々捏ねると、マスターに言い付けるからね」

 またそんなこと言う。山路さんは穏やかな人だけど、一旦言うと曲げない人ってのも知っているから。

「すみません、甘えさせていただきます」

 そう頭を下げると、山路さんは満足そうに頷いた。

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