No.28 幼なじみ

「似合ってんだろ」


 そう言いながらニシシとあいつは笑った。






 俺たちの学校ではもうすぐ文化祭だ。

 しかし、何故クラスの演目が「女装メイド喫茶」なのか。

 誰得なんだよ。

 いくら男子校とはいえ、飢えすぎだろ。

 女成分を男に求めてどうする?



「いやあ、楽しみだね、オマエの女装」


 そう言ったのは俺の前の席に陣取る俺の幼なじみ。



「ちょっと待て。俺の女装の何が楽しみなんだ? こちとら身長180オーバーの育ち盛りなんだぞ。見ろ、この上腕二頭筋」


 俺は親友の前で力こぶを作ってみせる。



「おおっ、すげえ! よっしゃ、その力こぶに似合う衣装を作ってやろう」



「どんな衣装だよ! というかなんで俺がメイドでおまえが衣装担当なんだよ!」



「そりゃ、オマエのようなガタイのやつに服を作れるやつがいないからだろ? オレ、何でもできるからな!」


 そう、こいつは昔から器用でなんでもこなす。しかし、裁縫までとは……



「なんでもできるんなら、こっちもやってくれよ……というかおまえがノリノリで俺の衣装を作るって言い出さなければ俺はやらなくてすんだよな!」


 他の男どもも女装をやるとはいえ、こいつだけがこの地獄を抜け出すのは許せない。



「無理だって。だって簡単な料理さえできないやつが多いんだぜ? オレ、そっちも担当してるもん。いくらなんでもホール担当まではできないわ。それにオマエのメイドはオレが見てみたい」


 そう、メイド服を着るのはホール担当だけ。そして、メイド服を着ない裏方は料理のできる数少ないやつらが必然的になった。とはいえ文化祭レベルの料理だから簡単なものらしいんだが、それさえできないやつらが多かったというわけだ。もちろん俺もそのひとり。



「くっ、俺に料理さえできれば……」



「そりゃ無理。オマエ不器用だもん」


 目の前の幼なじみはバッサリ俺を切り捨てる。



「オマエの作った『黒目玉焼き』を俺は一生忘れない」


 さらに追い打ちをかける幼なじみ。



「あれは一生の不覚だ!」



「オマエの一生は何度あるんだ? オマエの料理の実験台になって何度おなかを壊したことか……おかげでオレの料理の腕前は上がったけどな」



「ごちそうさまです。また作ってください」



「うむ、貢ぎ物は忘れぬようにな」



 こいつの家にはよく遊びに行っている。両親が共働きなのでこいつが飯を作っているんだよな。味は保証付きだ……俺も実験台になったからな。ちなみに俺の家も共働きなのでご相伴になる機会は多い。俺の場合は母が早く帰ることも多いので、自分で作る機会は少なかったりする。作るのはカップメン。カップメン美味しいよ?



「へへー、おやつにします? お風呂にします? そ・れ・と・も、プロテイン?」



「おやつ一択だろ! なんだよそのプロテインって」



「いや、力こぶできるぞ? 筋肉の元、プロテイン!」



「うっ、それはちょっと欲しいかも……オレ、筋肉無いからなあ」


 と言いながら力こぶを作ってみせる我が幼なじみ。



「おまえのは力こぶとは言わないな……ちゃんと三食飯食ってんのかよ」


 俺はこいつの力こぶを摘まんでみる……おおっ、ぷにぷにだ!

 ほんとに何を食ってんだ?

 いや、こいつの食うものは俺も食ってるけどなんでこんなに?



「ちょ、やめてくれる? オレのか弱い体に傷がついたらどうするんだよ? 責任取ってもらうよ?」



「なんの責任だよ!」



「責任取ってオレの嫁になってもらう。(女装)メイド嫁、萌える!」



「女装が漏れてるじゃねえか! それと嫁にはなれねえよ!」



「他のやつのメイド服はダンキ・ホーテや通販で買うけど、オマエのはこのオレの特別製だ。立派な嫁にしてやんよ!」



「ヤメテ!!」


 ワイワイガヤガヤとそんな風に騒いでいるうちにチャイムが鳴った。と同時に先生が教室に入ってきた。



「おーい、静まれー。さっきのホームルームで文化祭のことが気になるのはわかるけどな、楽しい楽しい授業の始まりだ。席に着けー」


 もう休憩は終わりか。仕方ない、苦しい苦しい授業の始まりだ。



「んじゃまたな。オレは席に戻るわ」



「おう、後でな」



 幼なじみは自分の席に戻っていく。はあ、それにしても俺が女装とは……




 俺と幼なじみの通う高校はこれでも進学校だ。とはいえ息抜きにちょっとした催し物ぐらいはやっている。文化祭でクラス別に催し物をするぐらいには。ただし、少人数クラス制なので1クラス15名程度しかいない。出し物のメイド喫茶も休憩を取るからそんなに人数はいない。せいぜいメイドが4人ぐらいになるはずだ。まあ、ローテーションを組むから、メイド役は10人を超えるんだが。

 通販等で売っているコスプレ用のメイド服は男女共用らしい……なんで男が着ることが前提になっているのか理解に苦しむ。おかげで俺みたいに身長が高いやつをのぞけば既製品でなんとかなるのは助かるんだけどな。

 学校側は対外的にアピールするらしく、当日はオープンキャンパスで予算はそれなりに出る。ただ、参加するのは1年生と2年生のみ。3年生はさすがに受験なので見学となっている。受験勉強は嫌だが、女装も嫌だ。早く文化祭が通り過ぎるのを願おう。






 そんなこんなで文化祭当日。

 準備万端整っている。俺のメイド服もあわせてな!



「どーだ、最高の出来だろ!」


 幼なじみがドヤ顔で自慢する。くそう、そのドヤ顔が憎らしい。



「てか、やり過ぎだろ、周りとの差を考えろよ! なに、このクオリティ?」


 他の奴らの着るペラッペラの生地のメイド服とは段違い。デザインは似通ってるけど、受ける印象がまるで違う。



「やり過ぎは認める。でも後悔はしていない」


 無駄に良い笑顔でサムズアップ。



「いや、俺の身長考えて? ひとりで目だちすぎだから!」



「でも似合ってるよ? いやー、頑張った甲斐がありました! これでオマエも立派なメイド男の娘だな!」



「今、言葉の裏に何を隠した!」



「キノセイダヨ?」


 幼なじみはそっと目をそらす。


 む・か・つ・く!



「ほれ、観念してメイド男の娘になりな。後は軽く化粧をすれば完成なんだから」



「え? それ聞いて無いけど?」



「言ってないもん。いやさすがにオマエの体で何もしないときついもん。オレにまかせろ! ちゃんと勉強はしてきたから……たぶん」



「いや、わかっているなら何でさせるし! それとたぶんってなんだよ!」



「大丈夫、知ってるだろ? オレ、何でもできるからな!」


 その自信はどこから来るんだ?

 俺、こいつのこのセリフに勝てたことないんだよな……

 こうして俺は観念し、静かに受け入れたのだった。






 結果から言うと女装メイド喫茶はわりと受けた。俺の女装も含めて。オープンキャンパスだから父兄どころか他校の生徒、女の子もきたんだけど、化粧で柔らかく見せる感じでさせられたおかげか、受け入れられた模様。あいつ、本当に化粧できるんでやんの。まあ、可愛くはないけどな。


 おかげで俺も笑顔で対応できた。やってみればできるもんなんだな。まあ、二度とやりたくないけど。


 メイド役はローテーションだけど、俺のメイド服は特別製。他の誰も着れないし、意外と人気があるのでわりと引っ張り出されている。けど、それももうすぐ終わり。最後のローテーションが終わり、俺の休憩する番となった。



「やっと終わった! 休憩するぞー!」


 そう言って着替えるためにカーテンで区切られた控え室に向かおうとすると、裏方から幼なじみの声が聞こえてきた。




「おう、お疲れさん。じゃじゃーん! どうよ!」


 目が点になった。

 そこにはメイド服を着た女の子がいた。



「いやあ、オマエにばっかりそんな格好をさせるのもナンだと思ってな? オレも着てみた!」


 着てみたじゃねえよ……

 え?

 誰コレ?

 俺の幼なじみ?



「ちゃんとオマエにあわせて、自分で作ったんだぜ?」


 ああ、それでそんなにクオリティ高いんだ……何で似合ってんの?



「ちゃんと化粧もしてみた! 言ったろ? 勉強してたって。ちなみにおまえの好みに合わせてみた!」


 化粧は俺と違って、すごく可愛くできていた。まるで女の子のようだ。しかも俺の好みど真ん中。



「どうだ、似合ってんだろ」


 そう言ってあいつは笑った。


 まるで、じゃない。女の子にしか見えねえ……それも俺好みの美少女。

 声や話し方と笑い方でかろうじて幼なじみだとわかる。



「おーい、反応無いぞー。どうした?」


 はっ!



「着てみたじゃねえよ! なんだよその格好は!」



「だから、オマエだけにさせるわけにはいかないだろー。オレらいつもいっしょにやってきたじゃん。聞いてた?」


 聞いてたけど聞こえない。なんかドキドキとする音がうるさくて。



「あ、ああ。聞いたけど……何で似合ってんの? おまえ?」



「ふっふーん。いろいろ練習した! オレ、何でもできるからな!」


 ああ、このドヤ顔は確かに幼なじみだわ。

 やっと、落ち着いてきた。

 落ち着いたら周りのことが目に入るようになった。


 周りも急に飛び出してきた美少女メイドに呆然としていたようだけど、今は興味津々の模様。それも男どもの視線が怖い。おい、クラスメイトども、写真を撮ってるんじゃねえよ。



「いやー、苦労したんだぜ? 女の子ってすごいよな! いっつもコンな苦労してんのかな?」


 幼なじみはそれに気づかず、熱弁している。

 なんだか男どもがじりじりと迫ってくるんだが……

 このままじゃやばい。

 俺は幼なじみの手を取って教室から飛び出した。



「え? ちょっと!」


 幼なじみがなにか言ってるけど、かまってられない。廊下でもすごい注目の的だ。そりゃそうだよな。メイド服をきた二人が手を繋いで走ってるんだもの。早く落ち着けるところに行かないと!



「こら、待て、どこへ行くんだ! 手が痛い! 足が速すぎる!」


 そりゃそうか、幼なじみと俺とでは足のコンパスが違いすぎる。俺は身長180はあるけど、こいつは150ぐらいしかないもんな。けど、早くどこかへ行かないと!



「仕方ない、捕まってろよ!」


 俺は幼なじみの足元をすくい上げ、いわゆるお姫さま抱っこで駆けだした。軽いよ、ほんと何食ってんの?



「こら、なにすんだ! 降ろせーー!」


 その日、美少女メイドをお姫さま抱っこして爆走するメイドの伝説が生まれた。






「オイ、コラ。ナニしてくれたんだ。明日からどうするんだよ! すっかり目だっちまったじゃないか」


 幼なじみがむくれた顔で抗議してくる。



「仕方ないだろ……おまえ目だちすぎ。追いかけてきた野郎どもの目を見たか? めっちゃ血走ってたぞ?」



「マジか! やー、でもオレ可愛いもんなー仕方ないよなー」


 こいつまるで反省してねえ。

 けど、確かに可愛い。

 手や足は細いし、背も小さい。

 おまけに小顔。

 こいつ男だったよな?

 じゃあ、なんであんなに柔らかいの?

 なんか心なしいい匂いがする気もするし!



「けど、どうすんの? オマエ、よりにもよってお姫さま抱っこはないだろー。明日から噂になっちゃうよ?」


「じゃあ、どうしろってんだよ! 仕方なかったんだあれは……」


 おまえが可愛すぎるからとはいえない。

 今でも手に感触が残っていて心臓が爆発しそうだ。



「他に方法はなかったのかよ? オレやだよ? 野郎連中にお姫さま扱いされるの」



「くっ、なんとかする!」


 他の奴らにお姫さま扱いなんてさせたくない。





「じゃ、ちゃんと責任とれよな」


 そう言ってあいつはニシシと笑った。






 その笑顔は、とても可愛くて、いつもの幼なじみの笑顔のはずなのにと自分に言い聞かせるしかなかった。


 むしろおまえが責任取ってくれ……

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