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No.1 モニター向こうに首ったけ

 今日は早めに仕事を切り上げて、家へ帰った。高校を中退して、大工になって5年。やっと1人で現場を任されるようになれた。早朝から夜にかけて、ずっと肉体労働をしなければならないが、毎日がとても充実している。白く細かった腕も、強くたくましい筋肉がつき、全体的にがっしりした体つきへと変わった。


 元来の明るい性格も相まって、女性から声をかけられることも多いが、俺には心に決めた人がいるのだ。床に置いたPCの電源を入れて、その前に座る。俺が片思いしている相手は、モニター越しでなければ会えない。

 PCをインターネットに接続し、サービスにログインする。21時ちょうど。約束した時間ぴったりだ。チャット欄を開いて、文字を打ち込んだ。


「こんばんは」


「こんばんわ〜相変わらず時間ぴったりだなぁ」


「時間を守る。大事です!」


「そうだね笑 とりあえず、予定通り狩場に行こうか」


「はい」


 画面には、大きなクリスタルと、その周りに集まる沢山のアバターが映っている。配信5年目を迎えるMMORPG、ポチョムキンオンラインである。俺は、このゲームで知り合った、顔も本名も、性別すらわからない人に恋している。



 * * * * *



「今です!」


 俺の攻撃がとどめとなり、ボスが倒れる。


「さすがだねぇ」


「いえいえそんなこと」


「いや、女性とは思えないほど大胆に攻めるから、いつも驚くよ」


「トラノスケさんのサポートあってこそですよ」


「こんなに可愛らしいのに強い。そのギャップに萌えますねぇ!」


「アハハ」



 * * * * *



 俺は、いわゆるネカマをしている。しかし、最初からそんなつもりだったわけでは無い。

 ポチョムキンオンラインは、アバターを細かく作り込める点を最大の売りにしている。

 ゲームにログインしている間ずっと眺めるなら、自分の理想となるような可愛い子が良い。そう思って、可愛い女の子のアバターを作った。そして、それに見合った服を選び、着せ替え人形感覚で遊んでいた。


 1プレイヤーとして遊んでいた俺は、何か不自然な他のプレイヤーの様子に、違和感を覚えていた。

 パーティを組んだ人から必ずフレンド申請が来たり、ギルドにもよく誘われた。なんの脈絡もなくレアアイテムをプレゼントされたこともあった。要は、ネトゲーマーからとてもモテたのだ。

 後で知ったことなのだが、女アバターを使い、敬語で話していると、女性と間違われることがあるそうだ。女性らしい振る舞いをしていたわけでは無い。むしろ、重課金の力でアタッカーランキングにランクインするほどのゴリラプレイをしていたわけだが、ゲームを始めて半年経つ頃には、非公式とはいえ、可愛いプレイヤーNo. 1に選ばれてしまうほど、有名になってしまった。


 面倒なストーカーに絡まれたりもした。リアルを特定しようとする者、しつこくチャットを送ってくる者、入ったギルドが、私を巡って崩壊したこともあった。男だと暴露しても、誰も信じなかった。

 そんな色々なトラブルを解決し、守ってくれたのがトラノスケさんだ。戦闘能力は私とは比べるべくも無いほど低いが、サービス開始からの地道な無課金プレイによって築かれた人間関係は、圧倒的な影響力を彼に与えていた。他の人たちとは違う、下心のない親切さに、私はすっかり骨抜きになった。

 出会って今日で1年になる。一周年の記念日である今夜、私は彼にプロポーズするつもりだ。(もちろんゲーム内の機能である、結婚システムで)万が一断られたとしても、彼ならこれまでどおりの付き合いをしてくれるだろう。そんなズルい計算もあったりするが。


「今日はこれくらいにして街に戻ろうか」


「はい」


 いつもより少し早い時間。


「今日は大切な用事があるからさ、悪いけど早めに切り上げさせてもらうね」


「そうですか……」


 彼は、今日が1周年の記念日であることを覚えていないようだ。先にワープして街に戻ってしまった彼を追ってワープすると、そこには彼と、彼の仲間たちが待ち構えていた。


「1周年おめでとう!」「おめでとう!」「おめっとさん」「おめでとう」「おめでとさん」「おめでとう。」


「こ、これは?」


「俺がみんなに頼んでおいたんだ。びっくりしたでしょ」


「おどろきました」


「で、だ。話は変わるが、君にお願いしたいことがあるんだ。今日だけのことじゃないからよく考えて返事してほしい」





 まさか……





「俺のギルドに来ないか? 先月に結婚した人を紹介したいし。同性だから色々話せることもあるだろう」


 その文字列を見た時、私の心臓がドキリと跳ねた。キーボードを打つ指が、震える。


「もちろんです! トラノスケさんが選ぶ相手ですから、きっと素敵な人なんでしょうね」


 あぁ、彼には好きな人がいたんだ。私以外の女の人を好きになるはずなんてないって、いつのまにか思い込んでいた。私が愚かだっただけだった。


「手続きは明日ってことでいいですよね! ちょっと具合が悪くなっちゃいました。私はこれで落ちますね」


 一気に書き込んで、ログアウトした。私は、いや俺は、どうしてあの人を好きになってしまったのだろう。心の女の部分がそうさせたから? 大変な時に守ってくれたから? もう何もわからない。わからない……



 微かに雨音が聞こえる。どうやら、雨が降り出したようだった。

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