No.2 魔法青年アツヒコの葛藤
「ハチ、お前今なんつった」
握りしめた俺の手の中で、使い魔兼マスコットであるハチがじたばたともがいている。
「二度も言わせるなんて人間はやっぱり効率が悪いね、外付けの脳を早く」
「そういう話をしてるんじゃねえ! 一発で信じられるかよ、俺達が――」
「――俺達“魔法青年“が、お前らの性癖のために戦ってるだと……!?」
一年前、突如現れた黒い化け物は、人々の生活を静かに脅かしていった。
あるときは怪異として、あるときは災害として、またあるときは集団ヒステリーとして。
一方、それと同時に化け物に対抗する奴らも現れて、人々を守るために戦った。
それが俺達魔法青年だ。
ちなみになぜ魔法青年というかというと、使い魔から選ばれた男達が魔法を使って戦うから魔法青年なのである。もっとどうにかならなかったのかネーミング。
それだけならまだよかった。ありきたりなヒーローであることができたから。問題はネーミングセンスの乏しさなんて些細なもんじゃなかった。
「ふっざけんなよ! こんなフリフリのイカれた格好で命懸けで戦ってきたんだぞ! 『化け物を倒すために俺達がいる』んじゃないのかよ!」
「やっぱり二度言わなきゃいけないのかいアツヒコ。『その服を来て戦うことで生まれる恥じらいのエネルギー』を集めるのが僕達の目的だ。化け物はそのためのエサにすぎない」
そう、俺達魔法青年は魔法を使うため、魔法少女のようなリリカルでマジカルなフリフリコスチュームを身にまとって戦わなくてはならないのだ。あくまでも野郎の肉体で。
三十路前の! 男が! 趣味でもなく! フリフリ!!
「お前と契約するとき聞いてねえぞそんな話!」
「言わなかったからね」
「この畜生が……!」
怒りに任せてハチを地面に叩きつけようとするが、奴はひらりと宙返りをして四足で難なく着地した。余計に腹立たしい。
「君達の『恥じらい』が僕達にはとてつもないごちそうなんだ。いわばご飯3杯はいける素晴らしいおかずのようなものだ。もちろん別の意味でも」
「愛玩動物の顔でサラッと下ネタ混ぜんな気持ち悪い!」
全身に鳥肌が立ち、思わず二の腕をさする。パステルピンクのフリルから覗くガチガチの二の腕を。何が悲しくてこんなことをしなくてはならないのか。
「君達だって狩りや収集をするじゃないか、何がいけないのかさっぱりわからないよ」
「当たり前だろ!? 化け物に襲われて犠牲者が出てるんだぞ!?」
「じゃあ君達がもっと戦いに励めばいい。人々は守られ、僕達は美味しい思いをする。win-winだろう」
「その損得勘定に俺達が入ってない件について」
ああ、もういやだ。なんでこんなことになってんだ。俺はただ、大切な人達やこの街を守りたいただ一心でこいつらの誘いにのったっていうのに。
気色の悪い触手の化け物に絡みつかれてあられもないポーズを取らされたり、服だけ溶ける粘液でコスチュームが半脱げになったり、操られた屈強な男達にくんずほぐれつされそうになったり、散々な目にあってきたというのに。
ん?
「おいハチ」
「なんだい?」
「今まで俺達が戦ってきた化け物、やたらと『それなんて二次シチュ』って感じのばかりだった気がしてたんだがまさか」
「僕達の趣味だね」
「ちくっしょおおおおおおお!!!」
この淫獣共め! クビり殺してやりてえ!
レギュレーション的にエロ禁止で本当によかった!!
「ほんとふざけんな! やってられるか! 俺は魔法青年からおりるぞ!」
胸元のフリフリしたリボンをむしり取り、ハチに投げつける。マジカルコンパクトが中央に配置されたそれを外すことで変身(という名のコスプレ)が解除されるのだ。
ハチはマジカルコンパクトを素早く口でキャッチし、ごくりと飲み込んだあと、告げた。
「じゃあアツヒコ、君はこの街を見捨てるんだね」
「……代わりなんていくらでもいるだろ」
「いないよ。他人を助けるために命を投げ出せる人間なんてそうそういない。みんな口では綺麗事をいいながら、結局は自分が一番可愛いのさ。でも君は違った。化け物に襲われる街を目の前にして迷うことなく立ち上がり、僕に力を求めた。それに」
意味ありげにこちらを横目で見ると、ハチは続けた。
「仮に代わりになる人間がいたとしても、後続を見つけるまで化け物は出続けるよ? 出現するタイミングや場所は僕らが管理しているわけじゃない。君が魔法青年を辞めることで、この街は一時的ではあるが無防備になるんだ。それでもいいのかい?」
「ぐ……」
思わず言葉に詰まる。
なんて奴らだ。まるで「君に今辞められても困るんだよ、君の担当は代わりがいないんだ」と詰め寄ってくるブラック企業の上司のようだ。これがただのサラリーマンなら労働基準監督署にでも駆け込めばあわよくば一網打尽にできるが、俺達魔法青年にはそんなものはないのだ。
それに――
「……この街が危険にさらされるのは嫌だ」
この街には家族が、友達が、恋人が住んでいる。もし俺がここでフリフリコスチュームを脱ぎ、魔法青年をおりて、彼らに危害が及んでしまったとしたら俺はこの選択をいつまでも後悔するだろう。
がしがしと頭をかく。
「理解したかい?」
「あー! もう! わかったよ! やりゃいいんだろやりゃあ!」
「さすがアツヒコ、僕の最推し魔法青年だ。君のそういう自己犠牲的なところが本当にシコい」
「隠す必要がなくなったからって気色悪い言い方すんな! その代わり後続が見つかるまでだからな!?」
「しょうがないにゃあ」
「ネタが古い!」
こうして、俺は今もピンクのフリフリしたコスチュームで街を守り続けている。
ハチが後続をなかなか探そうとせず、ずるずると辞められずにいるのはまた別の話だ――
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