第2話

 その日は一瞬だった。

 一瞬で俺の全てを奪っていった。



「今日で剣のお稽古は終わりだったかしら。どうだった?」

「とっても楽しかった。ほら、剣をもらったんだよ」

「ふふふ」

「この子はどういう風に育つのかな。俺達の跡を継ぐつもりのようだが、剣士の方から剣を学んだいて、その上頭も良いからなぁ」

「何を選んでもあなたの自由なのよ。無理に私達の跡を継ぐ必要なんてないわ」

「俺はわかんないんだ。何がしたいのか。剣も勉強も畑の世話もみんな好きなんだ」

「ふふ、ゆっくり考えていけばいいわ」

「うん!」

 そうして村の中を歩いていると村の女の子のレイが話しかけてきた。茶色い髪にまん丸の目をしていてとても可愛い子だ。


「ねぇ、これってなーに?」

「うん?それはねぇ…」


「ありがとね、えっと…後、将来は私の旦那さんにしてあげる…それじゃ」

 そう言い残し、レイは走って行ってしまった。

「えっ…ちょっと」

「なかなか俺の息子も隅に置けないねぇ」


 そんな平和な一幕に終わりを連れて来た人達が来た。ガタガタ と、こんな辺境の村には似つかない金属が擦れ、ぶつかる音や車輪の音、大量の足音が聴こえてきた。そしてやって来たのは白と金色の鎧に包まれた騎士達だった。俺はそれを カッコイイというよりも怖いと思った。

 一番近くにいた、いつも勝気なおばさんがその騎士達の先頭に立っている白いローブに身を包んだ男に向かって言った。

「こんな辺境の村に、そんな大層な数で、何しに来たんだい?」

「いえいえ、ここに悪魔が逃げていけましてねぇ。もしかしたらこの村にいるのではと思いまして…」

「ここに悪魔なんかいやしないよ。見たこともないね」

「…人間に化けてここで暮らしている可能性があります。この村に火をつけ、村人を全員始末しなさい」

「し、しかし!」

「これは神の御心です。悪魔を払う為の行為なのですから、神はそれを許してくださるでしょう」

「…は、はい」

 騎士達はそう答えると村に火を放った。


「逃げるわよ!早く!」

「えっ、レイやみんなはどうするの⁉︎」

「いいから逃げるわよ!…ゔぁぁぁ!」

「ママぁぁ!」

「はぁ…に、げなさ、い…早く!」

「っ!」

「あ、なた…だけは…生きて!」

 俺は怖かった、何かの夢なんじゃないかとさえ思った。騎士も本当はいなくて、ママも本当は切られていないのではないのかと。そんな事を考えながらも俺は脚に魔力を通して全力で走った。おじさんから貰った剣を持って。


 森は暗くて視界は最悪だった。あちこちがヒリヒリジンジンして来て、ママやパパ、レイ、みんなの事を考えると鼻の奥がツーンとして息が苦しくなった。ただただ心細くてそれを紛らわす為に走り続けた。


 気づいた頃にはもう騎士達は居なくなっていた。いつ追いついてくるのかわからなかった為、もう少し先まで歩きたかったのだが急に視界が暗転した。

 起きた頃にはもう日が傾いていた。はっとして周りを見渡したが、幸い騎士の姿はなかった。充分な睡眠をとると今度はお腹が空いた。しばらく歩くと手ごろそうな猪がいた。いつもどおり、ゆっくり近づいていき、向こうが動いた瞬間 切る。

 木にぶら下げ、しっかり血抜きを済ます。いつもやってる行程。火打石を取り出し、火をつくる。しっかりと肉に火を通してから食べた。いつもは大好きな筈のにお肉は何故かその時は味がしなくて、嫌いになりそうだった。お腹が膨れても大量に余ってしまった。捨てて行くのを勿体無いとも思いながらも、置いていってから、もっと遠くへ歩いて行った。

 それから数日、そんな感じで過ごし続けた。歩いて、歩いて、歩いて。すると、なにかが焦げた匂いが鼻を刺激する。俺はいつのまにか走り出していた。どこで間違えたのかまた村に戻って来ていたのだ。今でも、あの時の事は夢だったのではないかとそう思っていた。だが、現実は残酷で、匂いが強まってくに連れ涙が出そうになった。そこには、焦げた家と誰のものかもわからない焦げた肉片があるのみだった。それはもう元が肉だった事さえ殆どわからない程だった。それを見て、息を呑んだ。でもすぐにまた走り始めた。

「ままー、ぱぱー、レイー、みんなー」

 返事が全く返ってこない。そして知らずのうちにべそをかいていて、叫ぶ度にみんながいないという現実を突きつけられた。とっぷり日が暮れると、俺は村の真ん中で泣いていた。今まで我慢していたものを吐き出すように。何度も死のうとした。だがその度に、ママの言葉やおじさんの事が頭をよぎる。そうして、死臭の漂う、村の中でその日は過ぎていった。

 次の日、俺は川に沿って歩いていた。近くに洞窟を見つけ、少しでも安心したくてその中に入った。中には松明がかかってるところがあったが、ついている火が黒色で、とても不気味に思えた。だが、人寂しく思っていたのか、少し小走りになってしまった。心配している自分と気になってドキドキしている自分の二人が俺の中で激しく主張していた。奥へ歩いて行くと、両開きの重厚そうな扉があった。その時はどうしてこんな場所に松明や扉があったのか、その時は特に不思議には思わなかった。今覚えば、ここで扉を開けなければ良かったと、この洞窟に入らなければ良かったと、そう思う。

 俺の悪運と幸福の元凶。

 その人物とその力を。

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