環境大賞

 撤去工事のたびに環境事務所にメディアの取材が殺到したことをきっかけにして伊刈への個人取材も増えていた。本課をさしおいて伊刈一人が目立つ状況がエスカレートし、チームゼロを率いる宮越主幹はフラストレーションを募らせていた。

 「事務所は本課の指揮の下に活動すべきだ。個人的なパフォーマンスは禁止すべきじゃないのか」宮越主幹はあからさまにそう非難してはばからなかった。宮越のブーイングは組織論としては正論だった。

 そんな宮越が溜飲を下げるイベントがあった。三月二十一日の春分の日、チームゼロが環境技術協会の環境大賞を受賞することになり、清宮警部、宮越主幹ほかチームゼロのメンバーが新宿の京皇ホテルで開催された授賞式に出席することになったのだ。東部環境事務所の快進撃はチームゼロの夜パトの手柄にすりかえられたのである。それもまた一つのパフォーマンス合戦だった。鎗田課長はいよいよ真相を知っている奥山所長と伊刈を市長に会わせるわけにはいかなくなった。授賞式の翌週には生協の保養施設「プラザ犬咬」で市長も主席する異例の受賞記念パーティが開催されることになった。本課はもちろん東部と西部の環境事務所の所員も出席した。上機嫌の三条市長が出席者全員と握手して労をねぎらったので鎗田課長は気が気ではなかった。しかしさすがに晴れの席で奥山所長も発言を慎んでいた。

 「表彰されるべきなのは伊刈じゃないのか」市長が帰った会場からはようやくそんな陰口も聞こえてきた。

 「事務所が本課を差し置いて受賞するわけにはいかないから対外的にはこれでいいんじゃないか。事務所だってチームゼロの一員だからね。」伊刈は笑って受け流した。

 受賞記念パーティの翌日には市職員の人事異動が内示された。鎗田課長は環境部次長に昇進し個室に入った。これまでの産対課長だったらありえない異例の昇進だった。チームゼロ、環境大賞、産廃条例、そして不法投棄ゼロ、これだけ実績がそろい市長の名誉にも貢献したのだから当然という声も聞かれた。仙道技監は昇進もなく環境事務所に居残った。伊刈のチームにも一人のメンバーチェンジもなかった。

 定年を迎え環境公社の理事として天下りが決まった奥山所長はまだ市長説明を諦めていなかった。ようやくそのチャンスが訪れたのは年度末ぎりぎりのことだった。三条市長が事務所に立ち寄ることになった機会をとらえて自分の挨拶の時間を削り伊刈に五分という説明時間を作ったのだ。たった五分でも現場の担当者が市長に直接説明するのは権威主義の役所にとっては異例のことだった。五分では撤去最優先戦略の真髄を説明することはできなかったものの伊刈は現場調査の流れを写真スライドにまとめて見せた。このとき初めて市長は現場を手掘りして犬咬の不法投棄を撃退したチームがあったことを知った。その後しばらく市長の口から「うちの市には現場を手で掘って撤去させている職員がいるの」という言葉が感動を持って聞かれるようになった。それまで市長に封印されていた伊刈のチームの快進撃の一端がようやく市長の目に触れた。しかしたった五分では鎗田課長のパフォーマンスをひっくり返すことはできなかったし、事務所の取り組みも含めて鎗田の指導の賜物だと思ったことだろう。

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