転落したダンプ

 水沢のネタを信用してすぐに埴輪町の現場確認に向かった。すると確かに谷津に降りる農道の左側の畑にダンプが転落した跡があった。普段は軽トラしか走らない農道で産廃を満載したダンプの車重に耐えられず路肩が崩壊したのだ。常習現場なら鉄板で道路を補強する。ゲリラなので用心を欠いたたのだろう。拾いきれなかった産廃が踏み荒らされた畑に散乱したままになっていた。伊刈たちはさっそく証拠収集を開始した。

 「あの男様子が変ですね」長嶋が坂の上でうろうろしてる黒シャツの若い男を見とがめた。男は進むでもなく戻るでもなく自信なさそうに崩れた路肩を見つめていた。

 「ちょっと職質してみますよ」長嶋が近付いても男は逃げなかった。しばらく話し込んでから長嶋は男をダンプの転落現場に連れてきた。背の低い男で開いた黒シャツの襟の中に金無垢のネックレスが光っていた。安物ではないのに借り物にしか見えなかった。

 「班長、こいつが夕べ転落したダンプの運転手だそおっすよ」

 「名前は」

 「香魚(あゆ)って言います」

 「なんでわざわざ戻ってきたんだ」

 「ダンプが転んだのは知ってるんすよね。家に戻ったら財布がなかったんでここに落としたんじゃねえかと探しに来たとこをあんたらに捕まったんすよ。もう踏んだり蹴ったりだよ」男はいかにも悔しそうに顔をゆがめた。

 「逃げればいいじゃないか」

 「もしかしてあんたらが財布見つけてくれたのかと思って」

 「財布はなかったよ」

 「じゃ誰かにもう拾われちまったんだな」香魚は悔しそうに地面を蹴った。

 「転倒したダンプでよく走れたね」

 「重機で上げてもらってよ、なんとかごまかしごまかしダチの修理工場まで行ったんだけどよ、車軸が曲がってて直しようがねえってよ。ローン残ってんのに大損だよ」

 「産廃はどっから積んできたんだ」

 「そりゃあよ、こちらさんにもさっき言ったけどよ、口が裂けても言えねえんだよ。言ったらよ、殺されっちまうよ」

 「やばい会社なのか」

 「まあそういうこったよな。もうけえってもいいか」

 「ゆうべ一緒につるんできたダンプはどこに産廃埋めたんだ」長嶋が命令口調で言った。

 「んなの知んねえよ」

 「一台じゃなかっただろう。それにどうやってこぼした産廃拾ったんだ」

 「さっき言わなかったすか。ユンボがあったんすよ」

 「オペもいたってことか」

 「まあそおっすね」

 「じゃこの奥に捨て場があるってことだな」

 「知らねえよ」

 「拾ったゴミはどこに埋めたんだ」

 「持って帰ったよ」

 「しらばっくれるなよ。走るかどうかわかんないダンプでゴミ持って帰るか」

 「じゃどうしたってんだよ」

 「ユンボが走った痕がありますから穴がどこかはわかりますよ」遠鐘が言った。

 「香魚おまえ立ち合え」

 「ちっ、しょうがねえなあ」香魚は長嶋にうながされて渋々坂道を降り始めた。「だけどよ、どっから積んだかだけはよ、絶対言わねえかんな」

 「わかったから、さっさと穴まで案内しろ」

 長嶋は有無を言わさなかった。

 農道の奥は残土をならした平場になっていた。もとは谷津田だったのだろう。畑に転用しようとした形跡があったが、最後に被せたのが赤土なので作物が育たず荒れ放題になっていた。蔦が地を這う荒地の上に重機のクローラ(キャタピラ)の跡がくっきりと残っていた。それをたどって五百メートルほど進むと土を被せた跡があった。

 「ここだな」長嶋が香魚に言った。

 「そうかもしんないっすね」香魚はしらばっくれた。

 「掘ってみるか」伊刈の号令で遠鐘と喜多がXトレールを取りに戻った。

 「俺はもう帰ってもいいすか」

 「一緒に来た運転手の名前を言えば帰っていい。嫌なら署まで付き合ってもらうぞ」長嶋が凄みを利かせて言った。

 「しゃあねえなあ。戻ってくんじゃなかったよ。俺が言ったってのなしっすよ。これっすから勝手に控えてくださいよ」香魚は携帯に仲間の名前を表示して長嶋に見せた。

 香魚を帰したあと四人がかりで現場を手堀りして一時間が過ぎた。まだ紙くず一枚出なかった。春先とはいえまだ肌寒い日だったが四人とも汗だくだった。

 「出ないっすねえ」長嶋が汗をぬぐいながら言った。

 「意外と丁寧に埋めたね。予想外だった」

 「どうしますか」

 「出るまで掘るよ。絶対あるから」伊刈はきっぱり言った。

 「わかりました。やりましょう」伊刈の意志が揺るがないのを見て長嶋はまたスコップを握った。

 被せた土は柔らかく掘るのは難しくはなかった。スコップは二本しか積んでなかったので二人ずつ交代でさらに一時間掘った。それでもまだ証拠は出なかった。伊刈は掘るのをやめるつもりはなかった。一週間でも掘り続けそうな気配にチームの三人も無言だった。そろそろお昼休みになろうかという時とうとうスコップが何かに当たった。手掘りの穴は三メートル以上の深さになっていた。

 「出ました」喜多が叫んだ。

 スコップがない者は熊手で土をかきわけて全員でトン袋を一つ掘り出した。袋を開けると、ざっくりと破砕した廃書類が出てきた。遠鐘がすぐに手に取った。

 「読めそうか」伊刈が覗き込んだ。

 「いけそうですね」遠鐘が自信ありげに答えた。

 「あと二つ掘ったら帰ろう」

 「二つもですか」喜多が冗談めかしに言ったが、顔は緩んでいた。

 「お寿司をごちそうするからもうちょっとがんばって」

 一つ見つかれば、あとは造作なかった。建設系の解体物が入った袋をさらに二つ掘り出して調査を終えた。四時間がかりになったが成果は上々だった。

 午後から遠鐘を中心に掘り出した証拠の調査を開始したところあっさりと排出元がわかった。廃書類は都心のオフィスビルのもので、解体物も都内の解体現場のものだった。どちらも処分先は板橋区の産廃業者の成城建設だった。直接電話をかける前に都庁に問い合わせると、ちょうどマークしていた業者なので、犬咬で収集した証拠を借りて許可を取消したいと渡りに船の申し出をしてきた。

 「ちょっと待ってください。撤去が先ですよ。それまでは処分は見合わせてもらえないでしょうか」電話を代わった伊刈があわてて都庁の担当者をなだめた。

 札付きの業者だとわかったので伊刈は成城建設の担当を長嶋に変えた。長嶋が電話をすると社長の田端が直接対応した。田端は電話が来るのを覚悟していた様子だった。呼び出しに応じて事務所に出頭してきたのは田端ではなく、地元の兄弟穴屋の三塚の弟だった。弟は長身で痩せている男前の兄とは似ても似つかない背の低い小太りの男だった。丁寧な覆土は犬咬の穴屋の中でも特徴的な手口だった。なるほどと合点がいった。しかし、三塚は開口一番関与を否定した。

 「俺がやったんじゃねえんだよ。だけどよ、俺が疑われてんだ。しょうがねえから今回は俺が片すよ」三塚の説明はわけがわからなかった。

 「誰から連絡が行ったんですか」伊刈が聞いた。

 「それは言えねえんだよ。世話んなった人から頼れたからよ」

 「誰ですか」

 「だから言えねえんだって」

 「成城建設の田端社長はご存知ですか」

 「んなやつ知んねえけどよ、やばい会社なんだろう」

 「どうでしょうか」

 「とにかく片すからよ、今回は俺に免じて勘弁してくれよ」

 「いつやってくれますか」

 「明日やるよ。ユンボは俺が頼む。ダンプは棄てたやつに手配させっからよ」

 翌日の朝から三塚は約束どおり撤去を始めた。四時間もかけて手堀した穴もユンボのバケットなら一、二回掬った程度にすぎなかった。見る間にダンプ三台分のゴミが掘り出された。香魚が仲間を連れてダンプを三台手配してきた。よっぽど田端に脅かされたのか怯えた表情をしていた。

 撤去が終わったことを伊刈が都庁に報告すると、担当者の石崎は気の早いことに明日にも聴聞の通知を出すつもりだとと説明した。

 三日後、三塚が血相変えて事務所に飛んできた。「伊刈さん、助けてくれ。不法投棄やってる会社はよ、百パーセントヤクザなんだよ」

 「そんなこといまさらでしょう」

 「そうじゃねえんだよ。成城がよ、許可取消されそうなんだってよ」

 「らしいですね」

 「でよ、成城の社長がよ、取消されるのは俺がヘマしたせいだっつうんだよ。三台撤去したから一台一億円払えってんだよ。どしたらいいんだよ」三塚は本気で泣き言をもらした。もはやかつての大物穴屋ではなかった。

 「世話になった親分のために罪を肩代わりしたんじゃなかったんですか」

 「それは現場の話だけだろうがよ。だけどよ、ヤクザってのはなんのかんのいったってよ、結局よ誰かに金でケツ拭かせんだよ」

 成城建設の許可取消しは動かなかった。三塚の弟はそれっきり行方知れずになってしまった。

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