カサゴは鍋に。想いは星に3<師走>

  土曜日の朝。約束の時間に、ナギと保さんが、川村さんの運転する車でやってきた。

 すごくセレブでお金持ちの塩野家だけど、塩野のおじさん(ナギのお父さん)がいない時に乗ってくるのは庶民の乗るバンのボックスカー。うちの釣具屋の駐車場に止まっていて全く違和感のない車を、いつもチョイスしてくる。

「おはようございます」

 降りてきた三人に、声をかける。

「おはよ! 遥。いい天気でよかったね」

 ナギが、にっこり笑う。相変わらず可愛い。

 今日は帽子をかぶるために、長い髪を編みこんでアップにしている。長い睫はお人形さんのようだし、目はクリクリっとしていて唇はふっくら。ピンクを基調にした防寒着も可愛い。

「やあ、遥ちゃん。今日も元気そうだね」

 こちらは、ナギのお兄さんの保さん。ナギと一緒で、まつ毛が長い。サラサラのナチュラルヘアで、整った顔立ち。決してなよなよしているわけではないけど、永沢よりさらに線が細く、女装が似合いそうな美形である。

 ふだん、糸田や永沢基準で男性を見ているせいか、身長は低めだが、均整の取れた体格をしていて、カッコいい。

「大磯さん。今日はよろしくお願いします」

「川村さんもお久しぶりです」

 お堅い挨拶を交わしたのは、塩野家のボディガードの川村さん。

 確か二十八歳ぐらいだと聞いた。

 すらりとして細く見えるが、めちゃくちゃ強い。糸田の目も怖いが、この人が本気で睨み付けると、あることないこと懺悔したくなる凄みがある。

「あれ? 亮君は?」

 保さんが、いつもなら自転車で先に来ている糸田の姿を捜す。

「今日はしゅんさんといっしょに車で、友達を拾ってきてくれるそうです。」

「本当? 瞬さんも来るの?」

「はい。でも、瞬さんは用事があるそうなので……」

「なーんだ。がっかりだなあ」

 保さんは、糸田の三つ上のお兄さんの瞬さんと仲がいい。

「あ、来た!」

 瞬さんの運転する車が駐車場に入ってきた。

「おはようございます」

 車から出てきたのは、糸田と、瞬さん、永沢兄妹。

 永沢も、由紀子ちゃんも、ちょっと緊張しているのか表情が硬い。

「うわあ、遥ちゃん、めちゃ可愛くなったねえ」

 糸田家の次男の瞬さんが私の頭をグリグリなでる。

 瞬さんは糸田とよく似ているけど、目が少し切れ長で、優しい目をしている。

 そもそも糸田家と我が家の付き合いは、私が中学に入ったころから。糸田のお父さんが起業して会社を作るために引っ越してきたとき、学生時代の友人であるうちの父さんと再会してから始まっている。

 糸田と知り合ったのは中学二年になってからだけど、糸田の二人のお兄さんは中学一年から知っているのだ。

「お久しぶりです」

「……瞬兄ィ、用事があるんだろ。手伝えよ」

 一人でもくもくと荷物を降ろしていた糸田の言葉を無視して、瞬さんは私の肩をポンポン叩く。

「よぉ。保もナギちゃんも元気だね」

「瞬さん、また、夜釣りいきましょうよ」

「じゃあ、メールくれよ。待っているから」

 保さんと親しげに言葉を交わすと、じゃあな、といって車に乗って去っていく。

 糸田の話によれば、新しくできた彼女とデートなのだそうだ。

 瞬さんは、飽きっぽいのか、会うたびに彼女が違う。糸田の堅物ぶりと比較すると対照的な人だ。

「えっと。ごめんね。紹介するね」

 私は、永沢と由紀子ちゃんを手招きする。

「こちら、塩野凪ちゃんと、お兄さんの保さんで、えっと、糸田と同じバレー部の永沢君と、妹の由紀子ちゃんです」

「こんにちは」

 永沢と由紀子ちゃんが緊張気味に頭を下げる。

「あ、君は、確か……文化祭の劇で、遥ちゃんの相手役の王子様をやった……」

 保さんが永沢の顔を見て思い出したように言う。

 保さん。相手役じゃないです。私、魔女ですから。

「……そうですけど、よくご存じですね」

 永沢も否定しなさい。

 たしかに、面倒なだけかもしれないけど。

「文化祭のビデオ、うちの川村が撮ってきたからね。遥ちゃんのクラスのもしっかり見たから」

 うーむ。魔女の呪縛はなかなか抜けられない。

 まさか、保さんまで見ていたとは。

「えっと。それじゃあ、って。糸田、荷物多いね……」

 なんかよくわからないけど、釣り道具がいつもより多いし、釣り具じゃなさそうなものまである。

「由紀子ちゃんはともかく、剛の道具は俺が貸すから。ちょっと座敷に置かせてもらっていいか?」

「それは構わないけど……うち、釣具屋だよ? そんな心配しなくていいのに」

 私がそういうと、保さんが首を振った。

「女の子は男に教えてもらってもいいけど、逆はきついよ。遥ちゃん」

 保さんが優しくそう言う。

 なぜ?

「お前、虫エサつけたり、魚絞めたりするの、剛に見せたいのかよ?」

 糸田が小声で私にそう言う。

 いや、別に平気だけど。

 それって恥ずかしいことなのでしょうか?

「遥、違うよ、永沢君のためよ。男のプ・ラ・イ・ドってやつ」

 きょとん、としている私に、ナギがこっそり私の耳元で囁いた。

「ああ。そうか」

 昨今は、魚を触れない男子も多いし、虫エサを触れない釣り人だっていないわけじゃない。

 それを別に軟弱ともかっこ悪いとも言う気はないけど、さすがに女子に餌を付けてもらったり魚の針を外してもらったりするのは、男の立場がないって感じるかもしれない。

 特に今日はナギがいる。

 永沢だって、いい格好したいだろうし……って、糸田は、本当に気配り上手だなあと思う。


 糸田だって、ナギにイイトコ見せたいだろうな。


 荷物を運び、餌を取りにうちの店に入りながら、そんなことを思う。


 あの日。

 糸田に好きな人がいることを知ってから、油断するとそのことを考えてしまう。

 単なる好奇心と思いたいけど、頭に浮かぶたびに胸が苦しい。

 結論を言えば。『私の知っている』範囲で、糸田の好きな人って、バレー部のマネージャーの中野さんか、親友のナギしか思い浮かばなかった。

 中野さんは素敵だけど、前に糸田自身が全否定していただけに、さすがにないかなあと思う。


 ナギなら納得だ。


 あまりにも大本命すぎて。今まで気が付きもしなかった自分のうかつさが呪わしい。

 そういえば、糸田に鈍い、鈍いと笑われたことあったな、私……。

「遥?」

 ナギが考え込んだ私をふしぎそうにのぞき込んだ。


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