あやかしは人間に化けて暮らしている

一期あんず

幼なじみは鬼である。

ドンドンドンッ

戸を叩く、重い音が聞こえる。


「う~ん?あと5分…」

むにゃむにゃと、眠い声を出す。


昨日はたくさん頑張った。

あと少しだけ、あと少しくらい休んでもいいじゃないか。


だが、私の願いとは裏腹に音はどんどん大きくなっていった。


「おい、咲良!まだ起きてねえのかよ」


「あと5分!あと5分でいいからあ~」


「さっきもそう言ってただろ!?もう10分だからな」


鬼だ。鬼がいる。

これは出てはいけない。食われてしまう。


私は布団を強く握りしめると、奥へと潜り込んだ。


(…あ。ここは声が聞こえにくいかも…)


眠すぎて意識が途切れる中、それだけは考えることが出来た。

鬼のことなんぞ、無視しよう。

と、思ったところで、ひっそりと声が聞こえた。


「咲良さーん。3…2…1…」


奴が0と言う前に、背筋が凍りそうになったので、勢いよく戸を開けた。


「ちょちょちょちょ、待って。何、そのカウントダウン!」


開く先には鬼の顔。

今日に至っては、眉間の皺がより深くなっている…ように感じる。


「何って?咲良が天へと帰るカウントダウンだろう?」


「不吉な事言わないで!」


奴の名前は、吉良賢人。

幼稚園から高校までの間、ずっと一緒にいた、いわば幼なじみというやつだ。

綺麗な黒髪に、成績優秀、スポーツ万能、ルックスまで完璧。

憎いが、パーフェクトヒューマンというやつだ。


咲良は頭をぼりぼり掻きながら、咲良自身の首の辺りまでしかない鏡の前に立った。

顔が全く見えないので、一歩下がる。


くるくるのくせっ毛が、腰まで伸び、しわしわになったパジャマに、欠伸をしている自分が映る。


「おい。外で待ってるからさっさと着替えろ。つか、何してんの?そんなずっと見ていらる容姿でもないくせに」


背後で賢人の嫌みが聞こえたので、私は振り返り、べー、と舌を出す。

戸が閉まる直前、殺気と共に舌打ちが聞こえたので、軽く身震いをした。


私はパジャマのボタンを一つ一つ外しながら、クローゼットへと目を向けた。

はあ、と大きなため息をつくと、クローゼットから目を離し、机の横のタンスにたたんでおいた制服を手に取る。


え?おかしいって?

そりゃそうだよね。クローゼットがあるのになぜタンスに服があるなんて。

でも仕方ないんだ。


クローゼットには入らないから。


咲良はブレザーである制服を着てしまうと、もう一度鏡の前に立ち、服装確認をした。

「よし、完璧」


一言呟くと、問題のクローゼットを開いた。


中は、なにやらステッキのようなものや、真っ黒な手袋やマスクなどで埋め尽くされていた。

女子高生の部屋にある物としては、明らかに怪しい。


咲良はその中から、手袋、マスク、ステッキの3つを取り出し、通学バッグに紛れるように入れた。


「よーし。準備万端!」

部屋を出る直前、棚の上に置いてある家族写真を見る。

懐かしく、うやむやになりかけている記憶。


(…また、こんな感じで遊べると良いな)


写真の中の私は、お父さん、お母さんに囲まれて幸せそうに笑っている。


(いやいや。今も十分幸せ)


私は、外で待っている鬼に向かって戸を開けた。

案の定、足をプルプルと震わせていた。

これは相当ご立腹のようだ。


「そんなに貧乏揺すりしてると、金がなくなるわよ」


「てめえを待っててこんななったんだよ。もしそんな事になったらお前から巻きあげる」


「まあ。か弱き一人暮らしの乙女から金を巻きあげるというの?」


「俺も一人暮らしなんで。でもお前よりは稼いでる。それだけは断言できる」


そう。私たちは一人暮らしなのだ。

1LDKという狭い空間の中、安い家賃で住んでいる。

しかも隣同士だ。


「つか、お前はこの高校じゃなくても良かったんだよ」


学校に遅れないように、早足で向かう。

その最中でも、賢人はすかさず文句を言ってきた。


「仕方ないじゃない。私だって一人暮らしなんてする気もなかったわ。でも、お父さんとお母さんが長期出張で、何年も帰ってこないと言うし。アンタが地元の高校に行かないなんて言うから、親が慌てて私も連れて行かせたのよ」


なんて白状な父と母だ。

娘を信用しないだなんて。


「とりあえず、お前は俺がいないと駄目って訳ね」

んじゃ、と一気に走り出した賢人。


咲良は小さくなっていく賢人をぽかんと口を開き、見つめた。



(でも良かった。今、この顔を見られなくて)


咲良はケーキ屋を通り過ぎる時、ちらりとショーケースを見ると、頬を赤くした自分が映った。



(…図星をつかれたわ)


赤くなる頬を抑えるように両手で勢いよく叩いた。

ぱんっと音が響く。

道行く通行にがぎょっとこちらを向くが、気にしない。私は遠くに見える賢人の背を追った。

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