密室おべんとう1

@stdnt

第1話

これは実話です!


職場でのお昼。お弁当のふたをあけて、また、ため息をついた。

白いご飯を敷き詰めた上に、今日はピーマンの肉詰めが三つ。

焼き魚の日もある。

おかずとご飯を分けて盛り付けるのが面倒なのと、

この方がご飯に味がつくので、少ないおかずで済むという一人暮らしで得た知恵である。

男の独り暮らし、手製の弁当を持ってくるだけでも上等というものだ。


だが、ため息の原因はそれではなかった。

今日「も」おかずの上に数匹のこばえの死骸がのっていたのだ。

今日はピーマン肉詰めの上に2匹。昨日は焼き魚の上に3匹ものっていた。

しかたなく箸の先でこばえを取り除くと、ご飯とおかずの摂取にとりかかる。

食べなきゃ生きてけないからね。


夏場のぼろアパートとこばえはセットみたいなもの。

どんなに密封したゴミ箱であっても、どこからともなくやってきて、

卵を産み付けていく。卵はうじとなり、こばえに成長してまた卵を産む。


これまでに様々な対策を講じてきた。

こばえトラップに強力スプレー。いずれも長続きはしない。

やつらはとってもしつこいのだ。

そういうわけで、我が家の夏は、今年もこばえの巣窟となっている。


・・・にしてもだ。

ご飯をつめて、おかずをのせて、醤油をかけて、ふたをする。

この瞬間にやつらが入り込むすきはないはず。

その点は注意深くやってるし、醤油をかけた後は素早くふたをしているのだ。

ふたをする前に確認しようものなら、ハイエナのごとく回り飛んでいる奴らのこと、間違いなく飛び込んでくるわけである。


そうやって作られた「密室」のはずなのに、今日もやっぱり、明日もやっぱり、そして来年の夏もやっぱり、奴らは死骸となっておかずの上に現れるのである。


ほとほと困った迷探偵(=私)は、推理をめぐらす。


Ⅰ密閉したゴミ箱にでさえ卵を産むのだから、ふたの隙間から入り込むのだろうか?

答え:否。

ゴミ箱と弁当では、密封のレベルが違う。弁当のふたはゴムパッキンで囲まれ、プラスチック製のストッパーでカチッと止めるタイプである。さすがのこばえも入れないのである。事実、こばえの死骸がない時もある。そういえば4日前のハンバーグのときは、ソースの上にこばえはいなかった。


Ⅱふたに卵が産み付けられている?ご飯の温度で孵化して成虫に?

答え:否。

試しにパンくずを入れたお弁当にふたをして放置してみた。

パンがカビただけであった。


Ⅲこばえに見せかけた他人の犯行?

探偵(=私)に恨みをもつ人間がこっそりこばえを混入しているのか?

答え:否。

弁当をつつむ風呂敷の結び目に自分にしか気が付かない糸くずを差し込んでみた。

第三者が弁当を開けば、糸くずはなくなっているはず。

探偵はだいぶ賢くなってきているのだ。

しかし、お昼に結び目をほどくと、糸くずはそのままであった。

もちろんこばえの死骸もいつもどおりにおかずの上であった。


探偵の推理は行き詰まり、あきらめた探偵は今日も「ピーマンの肉詰め醤油味~きまぐれこばえを添えて~」を摂取していたのだが、この事件、恐怖の結末を迎えることになる。

ヒントはある程度は提示したつもり。続きを読む前に推理してほしい。


ちょうどお盆を過ぎたころのある日、いつも通りに弁当を作っていた。

ご飯を敷き詰め、おかずを乗せ―今日は奮発して二品、鮭の塩焼きと厚焼き玉子だ―

最後に醤油をかけようとしたその時である。

醤油さしの中の醤油が残り少なくなってきていた。

残りの醤油は凝縮されて黒い澱(おり)のようになっている。

少し降ってみたが、細い口からはその澱が出てこない。

そして、その澱の正体に気が付いたのだ。

そいつは、あいつらだったのだ・・・。


事件は意外な展開を持って解決した。

今では、醤油の入った醤油さしは、こばえトラップとして活躍している。

おかずにかける醤油の醤油さしはもちろん、冷蔵庫の中だ。

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