やきもち焼きさんの結婚

和田島イサキ

1 やきもち焼きさんの邂逅

 あやしい結婚相談所に登録したら、あやしいお餅が送られてきた。

 なんの事前連絡もなしに、まったくなにも書かれていないダンボールで送られてきた。宛先は『さんじよう様』で、これは私の名前で間違いない。でも、まったく身に憶えのない荷物だったものだから、

「なんか爆弾とかだったらどうしよう」

 的なことをふと思った。が、まあ開けたあとなので別に問題はなかった。中には、四角い切り餅がびっしり詰まっていた。

「もしかして、なんか毒とか入っているんじゃないかなあ」

 とか、そんなことを思ったときにはもう半分以上食べていたからまあ支障はなかった。とりあえず、毒的なアレは入っていないらしいから一安心だ。私はこう、日々の生活費とかにもわりと困ったりする方だったので、こういう贈り物は大変ありがたかった。ちゃんと食物らしい食物を取ったのは久しぶりだ。

 結構な量があったから、ゆうに一ヶ月は食いつなぐことができるはずだ。ということは、一日の食事量を半分にすれば二ヶ月は保つのだな、と、そう気づいたときにはすでにお餅は残り一個になっていた。ああしまった、といまさら後悔しても遅すぎた。思えば私はいつもそうで、気づいたときにはすでに何もかもが手遅れだったりするのだ。

 例えば、ふとした瞬間に「あ、私、このひとのことなんか好きかも」とか気づくことがある。でもそう思ったときには、どういうわけかもうその彼からフラれて一ヶ月くらいが経っていたりする。なんで好意を自覚する前から付き合っているのか、よくよく考えたらものすごく不思議だ。「じゃあ今度はもっと慎重にいこう」と、そう思ったときにはなぜか新しい彼氏が私の隣にいたりする。しょうがないので、もう結婚を決める——と、そのときにはやっぱりその彼とも別れた後だったりするのだ。

 このままじゃ結婚とかできないんじゃないかなあ、と漠然とした不安を抱いたときには、すでに私は二十六歳だった。これはまずい、と慌ててあやしい結婚相談所に登録して、そしてお餅が送られてきた。お餅はおいしくてなんだかとても幸せな気分で、でもよくよく思い返せばどう考えても当初の目的を果たせていない。と、そのことに気づいたときにはもうお餅は残り一個だけなのだ。なんかこう、世の中はものすごく間違っていると思う。

 なんだか悲しい気分になってきて、とりあえず私は最後のお餅を食べることに決める。巻く海苔はないけれど、でもお醤油だけでもわりとおいしい磯辺焼きになる。お餅をオーブントースターに放り込んで、その開閉扉を閉めようとした、その瞬間。

「待ってください! 焼かないで!」

 ——えっ、お餅が、喋った?

 と、そう思った瞬間に、「ちーん」という音がした。焼き上がったお餅の香ばしい匂い。

「なに考えてんですか! この状況で普通、なんのためらいもなくこんがり焼き上げます?」

 と、お皿の上からそんな非難の声がする。そこには当然、オーブントースターから取り出した四角いお餅があった。綺麗な焦げ目が付いていて、もうどこからどう見ても立派な焼き餅にしか見えない。そしてなんだかよくわからないけれど、私を怒るその声は、もう明らかにそのお餅から聞こえてきていた。

「す、すいません。お餅が喋る感じの状況とか、不慣れなもので」

 と、とりあえず謝ってみる。が、どうもお餅は私のことを許してくれない様子だ。

「まさかこんな無茶な人だとは思いませんでしたよ! 私ね、いまちょっとあなたに対して失望してますから! あなたはもうちょっと人の話を聞いてくれる人間だと思ったのに!」

 とかなんとか、もうものすごい剣幕だから、とりあえず私はお皿に向けてぺこぺこと謝った。でもこのひと、『人の話』って言うけど実際『餅の話』じゃないのかなー、なんて思ったりしたときにはもう一時間が経っていて、そしてお餅の説教はまだ続いているのだった。なんでお餅に怒られているのかよくわからないけれど、でもそういえば私はごはんを食べようとしていたのだった。冷静に考えると、なんだかものすごくおなかがすいている。

「あの、じゃあとりあえず、お醤油につけてもいいですか」

 と、そう聞いてみたらなんかもっと怒られた。なんていうか、ものすごくよくしゃべるお餅だなあ、と思う。正直、こんなに喋るお餅には初めて会った。ちょっと衝撃的な出会いだなあ——なんてことを、ぺこぺこと頭を下げながら考える、平日の午後一時。

「あのですね、あなた、いまの状況わかってます? 餅が喋ってるんですよ? 世にも珍しい喋る餅を、あろう事かあなたはオーブンでこんがり綺麗に焼いてしまったんですよ? あれがどれだけ熱いかわかってます? ていうかあなた、ホントに反省してますか?」

「ええと、すいませんでした。反省してます。でもこう、わりとおなかもすいていることですし、もうお醤油も準備しちゃったし、そろそろ」

「全然反省してないじゃないですか! この期に及んでまだ私を食べるとか、あなたどんだけ鬼畜なんですか? ああ、さてはあなた、ひょっとしてアレですね、アホなんですね?」

「あ、はい、それはよく言われます。でも、えっと、なんでしょう。やっぱりお餅さんの立場からしてみると、磯辺焼きには海苔がないと満足できないとかそういう」

「そろそろ『食べる』的な選択肢から離れてください! ああもう、あなたと会話してるとこっちまでおかしくなってしまう! まったくなんて人だ、全然話が進みませんよ!」

 吐き捨てるようにそう言って、なんだかぷりぷりと怒り出すそのお餅。でも表情もないし動作もないし、あんまり怒られている実感がない。だって相手は、お皿の上に乗った小さなお餅だ。そもそもお餅とお話をするのが初めてのことで、まあ話が進まないのもしょうがないんじゃないかなあ——。

 と、だいたいそんなことを考えたときには、

「——と、まあおおむねそういうことなんですけど。わかりましたか?」

 という具合に、お餅の話はすでに終わっているから困る。

「あの、すいません。わりと聞いてませんでした」

 そう正直に謝ったのに、なんかまたものすごい勢いで怒り出すお餅。お餅のわりに、怒りすぎな気がする。なんか「この馬鹿」とか「いい加減にしてください」とかさんざん罵声を喚いたあと、

「じゃあ頭の悪いあなたにもわかるようにかいつまんで話しますから、今度こそちゃんと聞いてくださいよ!」

 とか言う。わかりました、と頷いて、私はお餅に集中した。

 お餅の話は、とても単純な内容だった。

「あなたはですね、私と結婚するんです」

 そうですか、と私は頷いた。結婚。確かに、私もそろそろ結婚してもいい時期だと思う。小さい頃から将来の夢は『およめさん』だったし、それに結婚とかなんだかものすごく楽しそうな気がする。

 でもよくよく考えると、結婚の仕方がよくわからない。いままでに結婚した経験もないし、いざ「結婚しろ」とか言われるとわりと不安になる。なんだか心細くなってきたので、とりあえずお餅に聞いてみる。

「でも、どうやったら結婚できるんでしょう」

「簡単です。婚姻届を出せばいいんですよ。他にもいろいろないわけでもないですけど、でもあなた、頭悪いですしそれだけで充分です」

「そうなんですか。えっと、じゃあ婚姻届って、どうやって出すんですか」

 その私の質問に、なんだか急に黙り込むお餅。おーい、とお餅を突っついてみると、「つつくのはやめてください」とか返ってくる。そのくせ、婚姻届の出し方は教えてくれない。ああなるほど、と私は納得した。

「あれですか。出し方、知らないんですか」

「馬鹿言わないでください。そのくらい知ってますよ。あなた、人のこと餅だと思って舐めてますね?」

「じゃあなんで教えてくれないんですか」

 その私の質問に、「教えますけど」とお餅。なんだかひるんだ様子に聞こえる。

「でも、ちょっと待ってください。あのですね、私が言うのも変なんですが。でも、その……私、餅ですよ?」

「そうですね」

「いや、『そうですね』じゃなくて。それ、ちょーっとおかしいですよね? 餅と結婚するとか、どうも旦那さんが餅っぽいとか、そういうのなんか変だと思いません?」

 言われてみれば、確かにあまり聞いたことがないような気がする。でもまあ、しょうがないといえばしょうがない。実際お餅に求婚されてしまった以上、いまさらお餅がどうこう言い出してもどうにもならない問題だと思う。

 と、おおむねそんなことを告げてみたところ、

「——素晴らしい! ああ、やはりあなたは、私の思った通りの素敵な女性だ!」

 とかなんとか、急に素っ頓狂な声を出すお餅。なんだか興奮した様子で、ものすごい勢いで勝手にまくし立てる。

「まさか、あのうさんくさい結婚相談所の判断が正しかったとは! 餅差別をしない女性、そんな相手がこの世に存在するだなんて! まあちょっと限度を超えて頭が悪すぎる気もしますが、しかしその程度は我慢するのが餅の甲斐性というもの。それに定期収入もなく社会的な身分もろくすっぽありませんが、しかしそこにも目をつぶってあげましょう!」

 それにあなた見た目はずいぶん魅力的ですし、とお餅。髪が綺麗だとか目鼻立ちがいいとか、あとおっぱいが大きいのが最高だとか。なんだかいっぱい褒めてくれるので、私はこのお餅のひとはわりといいひとなのだな、と思った。

「ありがとう、うれしい」

 という私の言葉に、「長所はちゃんと認めて褒めるのが私の流儀です」とお餅。

「あなたに足りないいろいろなもの——例えばこう、知識とか知恵とか知能とか。その程度は、私が補えば済むことです。そのための伴侶ですからね。でもあなた個人の女性的な魅力だけは、いくら私が頑張っても補えるものではありません。あなたには魅力がある、そして、餅差別をしない。それがあなたの素晴らしい個性で、そして私の伴侶となるにふさわしい素養であると言えます」

 そこで一旦、言葉を句切るお餅。なかなか喋り始めないので、「どうしたの」とせっついてみる。やがて咳払いがひとつ聞こえて、そのあと。

「改めて、あなたに求婚します。私と、生涯を共にしてくれますね?」

「えっと、そうですね。はい、じゃあ共にします」

「——おお、神よ! 感謝いたします、今日はなんという素晴らしき日であることか!」

 そしてしばらく、一人で勝手に喋り続けるお餅。なんだかよくわからないけれど、でもそれでもひとつだけ、私にもはっきりとわかることがあった。

 ——ああ、そうだ。私はこれで、いよいよ『およめさん』になれるんだ。

 よろしくおねがいします、と、お餅に頭を下げる。「こちらこそ」とお餅。まだ実感ははっきりと湧かないけれど、でもそんなのは、いつものことだ。よくわからないけれど、でもなんだか、幸せな予感。こんなとき私は、いつも無意識のうちに、にっこりと笑う。

 そのままお餅を見つめる私に、「あなたの魅力をもうひとつ発見しました」と、お餅——いや、私の、彼。

「愛する妻よ、君には、笑顔がとてもよく似合います」

 どこか大げさなその言葉。ありがとう、と返す私は、とても幸せなのだと思った。

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