第2話 雑音世界
この世界はどうやら終わっているらしい。新しいものも無ければ古いものも残らない。
残響の響く街の隅で誰もが口を揃えてこう言うのだ。
「君は希望だ」と。
その言葉を聞いて思う。あぁ、私が助けなければと。
責任感だったのかも知れない。希望だ、希望だ、と言われ続ければ責任くらいは出てくるものだ。彼らがすがるものにならなければという責任が。
けれど彼等は考えない。私にはそれすらないのだ。すがりつく物が無い。
それは重大な見落としだ。私だって一人の人間だ。人類の存続なんて重責に耐えられるほどの精神は持ち合わせていない。
それに恐怖だってする。もし自分があの極光に飲まれたらと考えると足がすくむ、一歩も踏み出せなくなる。空に舞う天使達は言ったそうだ。終末を告げるもの始まりを詠うもの、と。そんなものを私に倒せと言うのだ。持ち合わせの精神と特異性で奴等を殺せるか?殺せるわけないだろ。
一度だけ奴等の地獄を見た。地獄だった。大地は炎と氷が支配し都市だったものがあるだけ。その周りに人と同じ形をした芸術作品が落ちているだけだった。
感想なんてものは出てこない。私達は必死だった。自分じゃなくて良かったと安堵する暇もないほどに必死に生きた。気を抜けば必ず光が訪れるからだ。
空に舞う天使は終わるまで待てと言ったらしい。人はいつ終わるものかと期待していたが終わる気配はない。理不尽な破壊をし求めない始まりを与えた。
世界は甘くないと過去の誰かは言ったそうだ。その言葉は私達には当てはまらないだろう。そもそも世界なんて物が無いのだから。無い物ねだりは馬鹿のすること。そう精神を壊した彼は言っていた。
また光が迸る。駆け巡る。残響が響く。聖歌は続く。
また、世界は終わった。
無意味な希望を持つ雑音の人類は明日の夢を見て私にすがる。
月昇る黒い空に極光は光る。その色は白く白く空を染める。
天使の羽根は白い色が分からないほどに紅い。そんなものに届かぬものに手を伸ばしても無駄だ。けれど私には責任が残っている。無理に背負わされた責任が使命が運命がある。
白く彩られた空を駆ける者に手を伸ばす。もしこの手で殺せるのなら殺したい。私はこの重いものを早く捨てたい。
私はそれを捨てるためにここに来た。ここで死ぬのならそれでも良いのかもしれない。
昔も未来も今もない世界に響く聖歌と残響に私は挑む。無謀と罵られようが知ったことではない。勝手に押し付けて来たんだ。私が勝手をしても良いだろ。
次の破壊を合図にする。決めてないと失敗するから。
数秒後に目を潰す極光が生み出される。破壊がもたらされる。
瞬間に聖歌が響く全ては戻る。
人智を超えたその光景を目の当たりにして覚悟が揺らぐ。足は震える。
けれど届かないと分かっていても押し付けられた責任でも私は一歩を踏み出した。
私だって特異な者だ。元から人智なんて無いも同然じゃないか。
手を空にかざす。月明かりに照らされた残骸に残響と聖歌の音が響くなか壊れたラジカセのようなノイズが混じる。
響いた音は誰にも届かず光に消える。しかしそれで良かった。
音を鳴らす。綺麗な程に響く残響と聖歌。私には綺麗なんて思えない。憎たらしいほどに煩い音だ。
雑音だらけの世界で育ったんだ。それが私の世界だ。
残響聖歌の狭間の音は雑音だ。けれど私の世界を描いた音だ。
色が消えた世界で言う。私に与えられた名前の意味を。
「極彩色」
世界に色が舞う。私の周りに様々な色が。
また、破壊が訪れる。光を連れて訪れる。暖かみのない白が世界を支配する。
しかし私は塗り潰す。その光を塗り潰す。
天使がこちらをみつめる。
これは雑音の反撃だ。待つこともできない人類のちっぽけな勇気を勝手に振り絞った結果だ。
ここは私達の世界だと宣言するたった一つの方法だ。
さぁ、やり返そう。雑音で全てを塗り替えよう。
これは、私が勝手に描く物語だから。
極彩色のアルトシエラ 楠木黒猫きな粉 @sepuroeleven
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