3話 とうとう妹が

 ティアを部屋に入れ、扉を閉める。目の前には少し怯えたような表情をするティアが。

 これは良くない。僕らはまだ仲のいい兄妹であるべきだ。


「ティア、話がある」

「な、なに?」


 心なしか、恐怖を感じているような声だ。きっと離れている時間が長すぎたせいだ。少しでもいなかった時間を取り戻さないと。


「僕がバカだった」

「えっ? あ、うん」

「だからこれからはマメに休みを取ろうと思う」

「……それいいと思うよ。お兄ちゃんが怪我しなくて済むのは嬉しいな」


 ティアが嬉しいと言ってくれている。よし、僕の考えは間違いじゃなかった。


「だから休みの日はティアとのスキンシップに当てようと思うんだ!」

「えええええええええっ!?」


 ティアが驚きの声を上げる。

 今まで仕事の虫だった僕が突然自分に時間を作ってくれるということにビックリしたんだろう。でも僕は働きたくて働いているわけじゃない。ティアを幸せにするため働いているんだ。

 だけど幸せとお金はイコールじゃない。僕との時間が減ることでティアが不幸になるのなら、仕事を減らしてでもティアとの時間を作るべきだ。


「とりあえず今日から始めようと思う。だからほら、一緒に寝よう」

「む、無理! 無理だから!」


 反抗されてしまった。恐るべし反抗期。

 だけど僕だって負けていられない。ティアのためだ。反抗期に反抗してやる。


「なんで無理なの?」

「えっと、その……色々準備しないと……」


 ティアは頬を赤らめ、視線を逸らした。


「準備なんて必要かな。ちょっと前まで冬場は毎日一緒に寝てたじゃないか」

「あのときはまだ子供だったんだよ。今はその……」


 昔と今でなにが違うんだ?

 うーんと、暖房器具を買った。薪を燃やすのとは違い魔力で発動するものだから、つけっぱなしでも大丈夫。これで冬場は体を寄せ合って寝なくてもあったかい。

 でも別に僕らは寒いからといって嫌々くっついていたわけじゃない。暖房を買ってからもティアは僕にくっついてきたくらいだし。

 ただし暖房つけた状態で一緒に寝ると暑苦しくなり、それから僕らは別々に寝るようになったという経緯がある。


 他には……ああ! 僕らは成長しているんだ!

 昔はふたりで1つのベッドでも寝れた。でも今の僕らじゃ小さすぎる。確かにこれは準備が必要だ。


「わかった。じゃあ大きいベッドを買おう」

「なんでそんな結論に!?」


 ティアが驚愕の表情を浮かべている。自分の考えが見透かされたことに驚いているんだろう。でも僕は幼いころからティアを見ていたんだ。これくらいのことはわかる。


 そうだ、この際だからふたりの寝室を作ろう。父の部屋に母の部屋の荷物を集めて倉庫にすればいい。

 あと今のベッドは、箱を並べた上に板を乗せた一般的なものだ。でも折角だから庶民的じゃないベッドでも手に入れようかな。

 Bランクとはいえ過分に働いている僕は、普通の冒険者の20年分くらいの蓄えがある。ふたりで使うものなんだから、ある程度贅沢をしてもいいと思う。


 うーん、だけどそうなると今日はどうすればいいかな。


「とりあえず大きいベッドは後々として──」

「それは決定なんだ……」

「当たり前じゃないか。で、今日はどうするかだよね?」

「今日はいつも通りでいいと思うよ」


 そんな。折角のスキンシップデーだぞ。なにもしないとか初日で蹴躓いたら今後が続かなくなる。


「駄目だよ。これはティアのためでもあるんだ」

「私のためを思うなら、今まで通りのほうがいいな……」


 ティアが反抗を始めた。これはきっちり説明したほうがいいかもしれない。ティアは賢い子だ。きっと理解してくれるはず。


「いいかティア。ティアは今、反抗期になっているんだ」

「……えっ?」


 ティアがきょとんとしている。やはり自分では気付いていなかったようだ。


「反抗期の原因というのは、保護者が仕事で家を空け過ぎて放置することが一番多いらしい」

「そ、そうなの?」

「確かに僕は仕事ばかりしていて家を空け過ぎた。だからティアが反抗期になったのは、僕の責任なわけだ」

「あのねお兄ちゃん……」

「だから僕は仕事を休み、ティアとのスキンシップデーを作ることにしたんだ」

「ううぅ……」

「週2回でいいかな?」

「週2回も!?」


 驚きの声をあげ、不満が感じられる表情をしている。ううん、やっぱり少なかったか。


「週2回は1か月後として、それまでは1日おきにしようかと思う」

「……せめて今から週2回にしようよ……」


 そう? ティアは遠慮しいだな。


「まあいいや。とにかくティア、こっちおいで」


 僕はベッドに座り、ティアを招いた。だけどティアはもじもじして動こうとしない。


「どうしたの?」

「えっと、せめてもう一度お風呂、入ってきていいかな」


 うん? ……うん、そうだ!


「わかった。じゃあ一緒に入ろうか」

「うええああえええぇぇ!?」


 一緒に入るのもスキンシップだ。互いに洗いあって綺麗になろう。

 幸い、この家には風呂場がある。両親に感謝だ。


「あ、あのー、ねっ、お兄ちゃん。お風呂だとほら、私の汗とか摂取できないし」

「それなら大丈夫。今回の目的はスキンシップだからね。それが果たせればいいんだ」


 ティアが物悲しそうな顔をした。

 ……なんとなくだけど、僕とティアが噛み合っていない気がする。


「ティア」

「な、なに?」

「なにか僕に言いたいことがあるんじゃないかな」


 ティアはキョロキョロしたり、なにかを言いかけては口を閉じ、顔を赤らめたりする。なにを言いたいのか整理できていないみたいだ。もう少し待とう。

 少し待つと、ティアが口を開いた。


「あのねお兄ちゃん。私を見てどう思う?」


 どうって……いつものティアだ。


「いつも通りだよ」

「そうじゃなくて、昔と比べてみてよ」


 昔と比べて?

 昔は大して稼げなかったから、僕らはいつも空腹だった。そのせいでティアは酷く痩せていた。

 だけど今はふっくら……といっても、同じ年ごろの子と比べたら少し細いかなくらいで、健康的な姿になっている。

 といってもやはり女の子。出ているところは出ている。胸は膨らんできているし……あっ!


「恥ずかしくなってきた……」


 ティアは無言でこくりと頷いた。


 これ、反抗期よりも大変じゃない?

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