第1話 仕事の後で

「よーミッツ、お疲れさん」

「お疲れ様です」


 同じギルドの先輩剣士、ショーさんと受け付けで会い挨拶をする。

 仕事を終え、ギルドへ戻り討伐の完了報告と金を受け取る。今日の報酬は少し多めだから素直に嬉しい。


「てかよぉミッツ、お前もいい加減Aランクに上がったらどうだ?」

「でもAランクになるためには遠征しないといけないじゃないですか。数日空けるのはさすがに……」

「妹が心配だっつうんだろ? いつまでもシスコンだなおめえは」

「でも、たったひとりの家族ですから」

「……そういやそうだったな。わりぃ、さっきのは忘れてくれ」


 ショーさんは軽く手を振って出て行った。


 彼はこの町出身、つまり地元冒険者としては数少ないAランクだ。依頼で数日空け、強い魔物や難しい依頼をこなして帰って来る。

 そして僕の戦いの師匠のひとりであり、同じ地元冒険者の僕をかわいがってくれている。地元冒険者同士の絆は固い。


 そんな彼らがいるから僕の秘密も守られているといってもいい。

 秘密とはもちろん妹のことだ。あちこちへ旅をする、いわゆる流系冒険者は僕の回復を怪しむことがたまにある。だけど町中での諜報活動は重罪だし、そもそもここのギルド長も地元冒険者だったから、僕のことを守ってくれている。


 とはいえ彼らに妹の回復のことは話していない。理由はわからなくとも守ってくれるのはとてもありがたいことだ。


 ……ちょっと今更なことを考えすぎた。それよりも早く帰らないと。傷は大したことないけど、体力がそろそろ限界だ。




「ただいま」

「お兄ちゃん、おかえり」


 居間に行くと、ティアが夕食の準備を終えて待っていた。ちょっと前までだったら玄関まで小走りで迎えてくれたんだけど、毎日のことだから雑になってきたのかな。

 まあそれはいいや。こうやって食事を用意して待っていてくれているんだ。前は僕が食事を作っていたんだから、文句は言えない。

 僕は居間の窓の板を閉じ、上から布で覆う。そしてティアの方を向いた。


「じゃあティア、今日も頼むよ」

「う、うん……いいよ」


 ティアは下を向き、モジモジしはじめた。

 毎日のことなのに、なんか急に恥ずかしそうな態度をしている。どうしたのかな。


 とりあえずいつものようにティアの後ろ髪を持ち上げる。だけど首の後ろはさらさらのスベスベだった。


「き、今日はちょっと涼しかったから……」


 ティアは汗をかいていなかった。確かに今日は少し肌寒いくらいだったもんな。

 つまり外気にさらされている部分は汗をかいていないかもしれない。


「ちょっとごめん」

「えっ? わ、きゃっ」


 ティアの背後から肩越しに手を回し、服の胸元へ手を突っ込み腋に触れる。


「や……やぁー」

「くすぐったいのはわかるけど、少しだけ我慢して」


 手に吸い付くような肌の質感。湿っていることがわかる。よしっ。


「上着、持ち上げるよ」

「う、ん……」


 シャツの裾を捲り、腕を持ち上げさせる。そこにあるのはとても柔らかな肌のある部分だ。

 そこへそっと舌先を滑らす。塩分を含んだ刺激のある液体が、舌を通して体内を巡る。痛みと疲れが一気に消えるのを感じた。


「ん……んーっ! んんー!!」


 ティアは口を閉じてくすぐったいのを我慢している。ごめんティア。だけどおかげで全快させてもらった。



「ティア、助かったよ」

「……うん……」


 ティアは顔を赤らめうつむいている。そんなにくすぐったかったのかな。


「でもこれで元気いっぱいだ。明日も頑張れるよ」


 回復した後はごはんも美味い。僕は席に座り、食事を前にした。

 だけどティアはシャツの胸元をぎゅっと掴んだまま、暫く動かなかった。




「────ねえお兄ちゃん。明日くらい休めないかな」

「えっ? なんで?」


 食後、急にティアがそんなことを言ってきた。

 疲れているのならば休養は必要だ。だけど僕は一切疲れていないし、なによりいつ稼げなくなるかもわからないんだから、今のうちに稼いでおきたい。


「たまにはゆっくりしてもいいと思うんだよ」

「でもなぁ」


 休んだからといって、特にやることがない。買い物はいつも仕事帰りにしているし、僕が半日で行ける範囲の魔物は今の武器で充分に倒せるから装備も見る必要がない。

 だけどなんで突然こんなことを言い出すなんてどうしたんだろう。そんな感じのことを聞いたらこんな答えが返って来た。


「毎日毎日怪我して帰って来るの見るの辛いよ。いくら治せるからって……」


 ティアはやさしい子だもんな。それは確かに辛いかもしれない。

 当たり前の話だが、怪我が治るといっても、治るまでは痛いままだ。そういうのも嫌なんだろう。


「それに、なんか無理して怪我してるみたいなんだよ。これじゃまるで……」

「まるで?」

「……まるで、私を舐めるために怪我してるみたいだな、なんて」


 僕は言い返せないでいた。

 ティアの考えは、半分本当だ。確かに僕はティアを舐めるため怪我している部分もある。

 だけどそれは舐めたいというわけじゃない。いつもひとりで置いていく妹と少しでもスキンシップを取りたいという点と、僕だけ危険な目に合っているという負い目があるみたいだから、ティアがちゃんと役に立つということを教えてあげたかったからなんだ。


 ちょっと前までは僕が回復して元気になると喜んでくれたものなんだけどな。女の子は難しい。

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