第11話 気の置けない登校
「名津井さん、ごめんって」
「……」
日向が謝るも、香織はそっぽを向いてしまう。
ここはアーチ橋のど真ん中。日向は自転車を押して香織の隣を歩いていた。ギクシャクした二人の間に冷たい風が吹き抜ける。日向はどうにもならない状況に、傍の鉄骨を見上げてため息をついた。香織は唇を尖らせたまま反対側、手すりの向こうの堤防を眺めている。互いに言葉を発しないでいると、後ろからチリンチリンと自転車のベルの音が聞こえてきた。それに揃って振り返る二人。
「よお、お二人さん。……夫婦喧嘩でもした?」
「「夫婦じゃない」」
日向と香織は後ろにいた友人に反論する。紫藤快斗だ。寸分違わず揃った声を聞いた快斗は口をおさえて横を向く。見れば彼の肩は細かく揺れていた。
「とりあえず、おはよう。快斗」
「おはよう。紫藤くん」
粘りつくような視線で友人を見つめる二人。
「おっおおおはよう。クッ――」
それに挨拶を返す快斗の声はやはり震えたままだ。日向が何を言っても快斗は言葉を返せないで、ただただ笑い続けるだけ。数分もそんなことをされていれば多少の苛立ちも覚えるものだろう。日向は快斗の肩に手を置くと、できる限りの低い声を出す。
「なあ快斗。そろそろ、俺怒っていいか?」
「すまんすまん。あまりにもお前らが息ピッタリ過ぎてこらえられんかった。さすが幼馴染」
「「腐れ縁」」
再び重なる声に噴き出してしまう快斗。彼の声は飛行機雲のかかる空に響き渡る。肩をすくめて呆れたようにため息をつく日向と香織。車道を挟んで向かい側の歩道からは別の高校の生徒がじろじろと彼らに視線を向けていた。それに気付けばさすがに快斗もばつが悪くなったのだろう、笑いを止めると咳払いを一つ。
「なんかごめん二人とも。行こうか」
その言葉とともに自転車を押して歩き始めた快斗に日向と香織はついていくのだった。
「そういえば快斗。昨日大丈夫だったか?」
「なんのことだ?」
「あの後土砂降りになったじゃないか」
「ああ、俺は用事の相手が迎えに来たからな。大丈夫だった。おまえらの方こそ大丈夫だったのか? まさか相合い傘とか……」
にやっと口の端をつり上げる快斗に日向はぽつりと一言。
「だいじょばなかった……」
「まじか。二人とも傘忘れたのかよ。……あれ? おまえいつもかばんに折りたたみ傘入れてなかったか? いや、なるほど、傘の代わりに中二銃をいれてたんだな。よっ、中二再発野郎」
「よっ、中二再発やろー……えっ? 秋月くん昔は中二病だったって聞いたけど今もなの?」
快斗の真似をして片手を口の横にたて日向を煽る香織は、途中で首をかしげる。
「違うから。再発して…………ない。快斗、誤解をさせるような発言するなよ」
「ん? 日向、なんだ今の間は。まさかおまえ本当に……」
もちろん否定した日向だったが、途中で言葉を詰まらせてしまう。止まった世界。魔術を使う妹。本物だと言われた自分の妄想。昨日の出来事が頭をよぎってしまったのだ。
否の言葉を躊躇したように見える日向に驚愕の表情を見せる快斗。横では香織も目を丸くしている。
「違うから。そんなことより快斗の用事ってなんだったんだ? 差し支えなかったら教えてくれよ」
「あ、話そらしたー」
「そらしたな」
「……」
「まあいいわ、昨日の用事だったな。俺の家が剣術道場やってるのは知ってるだろ。それの稽古の一環で駅前に行ってたんだわ」
「そうだったのか。昔からやってるって聞いたな。高校でも剣道部入るのか?」
「それは考え中。中学とは違って部活への所属は強制じゃ無いみたいだしな。剣道と剣術じゃ違うところも結構あるし、これからいろいろ大変になりそうだしな……
名津井はまた吹奏楽部に入るのか?」
「そうだよ。中学でもやってたしフルートやるつもり」
「へえ、大変だって聞くし頑張ってな。日向はまた図書部、いや曲高だと図書局だっけか。入るのか?」
「俺もまだ決めてないな。自然科学部とか面白そうだし」
日向の答えにいやらしい笑みを浮かべる快斗。日向の怪訝そうな顔に向かって彼はこう言い放った。
「なるほどなるほど。今度はマッドサイエンティスト風の設定なんだな」
「中二病につなげようとするんじゃねぇっ」
「はい中二、中二。そうだ、そんな日向に聞いてみたいことがあったんだ」
「なんだよ」
いきなりポンと手を打つ快斗。そんな彼へ日向の声には少し不満の色が混じる。あまりにも中二病中二病とからかわれすぎたせいだろう。しかし快斗はその声音には気づかず言葉を続ける。
「もしもさ。もしもの話だぞ。時が止まったらどうする?」
「…………は?」
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