パークガイドと東の守護者
七戸寧子 / 栗饅頭
本編
私はジャパリパークの東方を守護する、四神獣のセイリュウ。
清き水の力と誇りの尾で一切を救済することが私の務め。
今日もパークの最東方、パワースポットの湿地帯でのんびり過ごす。
四神の東を守護する者として暇ってわけでもないのだけれど、やはり自分でこなせることは自分でやるべき。私がでしゃばってたらみんないつまでも成長しないわ。
だからこうやって尻尾の手入れでもして過ごす・・・過ごしたいのだけれどそうはさせてくれない厄介者がいる。
「セイリュウさーん!!」
遠くから若い男の声。もう何千回聞いたことやら。ものすごい勢いで走ってきて、ずべっとぬかるみで転ぶ。
「いてて・・・うわ、ドロンコだぁ・・・」
「はぁ・・・あなた、今日は何を言いに来たの?」
「セイリュウさん、僕と付き合ってください!」
またか。いつもいつも諦めずによくやるものだ。「諦めないことは美徳」というモットーを掲げている私だがそれに反して無謀なヤツは嫌い。しかしこの男はその両面を持ち合わせている。
「呆れたものね。何度も言うけど私は東方の守護者。それを性の対象として見てアプローチをかけるなんて無礼だと思わないの?」
「思いますけどセイリュウさん好きだから仕方ないですね。ところでお返事聞かせてもらえませんか?」
「お断りするわ」
「そうですか・・・また明日来ます」
「もう来なくてもいいのだけれど?」
「ああ、最近どうも耳が悪くて。さようならセイリュウさん」
「全く・・・」
ここ数ヶ月毎日のようにこんなやり取りを繰り返している。宣言通りまた明日も来るのだろう。もう気にしないことにした。
♡♡♡♡♡
「セイリュウさーん!!」
「今日は何をいいに来たの?」
「デートしてください!」
「お断りするわ」
「ですよね。今日はプレゼントを持ってきました」
「プレゼント?」
やっとこの男も攻め方を変えてきたか。彼は背中のリュックから三冊程の本を取り出した。
「こちら、小説というものになります」
「小説ぐらい知ってるわ。どうしたってこんなものを・・・」
「いやぁ、面白かったのでセイリュウさんにも是非読んでいただきたいと」
「ふぅん、まぁありがたく頂いておくわ。どうもありがとう」
「いえいえ、折角だしプレゼントついでにデートしませんか?」
「さようなら」
「・・・しませんか?」
「丁重にお断りいたします、どうぞ本日はお引取りください」
「手堅いなぁ・・・さようならセイリュウさん!」
「はいはい、さよなら」
折角だから貰った小説でも読もう。座れる場所がないので近くの池の水で椅子を作る。青龍としての特殊能力だ。
「どれどれ・・・恋愛短編集?なにそれ・・・」
しばらくの暇は潰せそうだ。
☆☆☆☆☆
今日はひどい嵐だ。外を新聞やら傘やら鳥のフレンズが風に流され宙を舞っている。こんな日はセイリュウさんに出会った日を思い出す。
まだ新人パークガイドだった僕は仕事帰りに何故だか川に流された。今日のような雨風のものすごい強い日で、川は増水し勢いが増していた。そこを流され、気がつけば今は見慣れたものだが当時初めての見知らぬ水辺。
そこでセイリュウさんに助けられたのだ。初めてのやり取りを僕はよく覚えている。
「あなた大丈夫?」
「ええ、はい、ありがとうございます。あなたはフレンズさん?」
「そう。私の名はセイリュウ。東方を司る守護けものよ」
「はぇーっ、あなたがセイリュウさん?そんなお方に助けて頂けるなんて光栄です。それに可愛いし」
「私にそういうのは無駄よ。とりあえず家まで帰りなさい、もう遅いわ」
「はーい、また改めて来させて頂いてもいいですか?お礼もちゃんとしたいし」
「まぁ、別に拒みはしないわ。来なくてもいいけれど」
あの日、僕はセイリュウさんに惚れたのだ。所詮一目惚れというもの。ココ最近になって仕事も落ち着き、毎日会いに行っている。
さぁて・・・今日もカッパ着て行ってこよう・・・
♡☆♡☆♡
「あなた、こんな日にもここに来たの?全く、酔狂な人」
「いやぁ、もったいないお言葉」
「褒めてないわよ」
「どんな雨風も僕の愛は止められませんよ」
「はいはい、それで?」
「昨日の小説どうでした?」
「あら、今日はいつものような言葉じゃないのね。成長だわ」
「へへ、ありがとうございます」
「小説、まだ少しだけしか読んでないけど面白いわ。あなたの勧めってのが癪だけど」
「恋愛したくなりました?」
「別に?」
「そうですか・・・ところでそのセイリュウさん自分のところだけ雨避けてんの入れてくれませんか?びしょびしょなんですけど」
「それなら早いところ帰りなさい、私の力はそうポンポン使っていいものでは無いの」
「ガッツリ傘代わりに使ってますやんか・・・」
♡♡♡♡♡
「今日はアイツ来ないのね・・・いい天気なのに」
嵐も過ぎ去り空は快晴。なのに昨日でさえ来た彼が来る様子がない。いつもならとっくに来ている時間だ。
「まぁ、鬱陶しいからせいせいするわ。久々に騒がしくなく過ごせるわね」
ふぅ、と一息つき水椅子で小説を読み進める。世の中にはツンデレという属性があるのだと学んだ。
「しかし・・・急に来ないとそれはそれで調子狂うわね・・・」
☆☆☆☆☆
その頃。
「うーん、40度・・・雨に濡れたからかなぁ・・・」
熱を出して寝込んでいた。今日は起き上がるのすら無理そうである。
「くそぅ・・・セイリュウさん・・・待ってて・・・」
わざわざ待ってたりはしないがそれでも会いにいかなくてはと自分の中の愛が叫ぶ。
「うぅ・・・今すぐ治れ・・・」
♡♡♡♡♡
「今日も来ないわね・・・」
「例のガイドさんですか?」
そう答えてくれるのはしっぽ友達のセンちゃんことオオセンザンコウ。相方と何でも屋の「ダブルスフィア」を営んでおり、今回のオーダーが近くだったから立ち寄ったとのこと。
「そう、三日前の嵐以来、毎日来てたのがパタリと来ないのよ。二日ぐらい来ないこともあるか・・・って思ってたんだけど流石に三日も来ないと気になるわ」
「心配なんですね?」
「心配・・・私があんなやつわざわざ心配すると思う?」
「・・・神様レベルの守護けものでもツンデレってあるんですね」
「ツンデレ?急に何のことかしら」
「・・・セイリュウさんがツンデレだって言ってるんですよ」
「センちゃんも冗談言うのね」
「気になるなら、ダブルスフィアで調査しますか?」
「まぁ、お願いだけはしておくわ」
「じゃあ、早速取り掛かりますね」
「ん、さようなら」
「ではでは」
☆☆☆☆☆
「熱が落ちない・・・」
嵐から五日目。まだまだ熱が落ちず、四日目間も外に出れてない。
病院に行くことも出来ず、ただストックの食料を食い潰す生活。
「セイリュウさんに会いたいよぅ・・・」
辛い。体調が回復する気もしない。
「うぇぇん・・・」
心も日に日に弱っていく。
♡♡♡♡♡
「ダブルスフィアの調査としては、彼はもう一週間ほど外に出てないそうです」
「目撃情報はない、職場にも休みの連絡を入れるのみ。体調を崩しているのでは?」
「あのバカが?」
「まぁ、そんなわけです。住所も入手したのでご自由にお使いください」
「いらないわよそんなの」
「セイリュウさんがそう言っても一応渡しときます。では」
「ではって・・・あ!ちょ!?待って・・・行っちゃった」
置いてかれた紙を見る。
「はぁ・・・いらないっていうのに」
「でも流石に大丈夫かしら。いつだったか一人暮らしって言ってたし見に行った方がいいのかな・・・」
☆☆☆☆☆
「しにそう」
何日こうしているかわからない。もう食料も尽きてきた。
(おーい、あんた大丈夫?今にも死にそうな顔してるじゃない)
「はぁ・・・幻聴が聞こえらァ、セイリュウさんが呼んでる・・・」
コンコンと窓が鳴る。流石に不審に思い音の方を向いてみる。すると・・・
「大丈夫?あんまり来ないからこっちから来てやったわよ」
「せいりゅうさん・・・?」
「そーよ、とりあえずここ開けなさい」
幻覚では無いかと疑いつつ力を振り絞り窓を開ける。そこからトン、と家の中に入ってきた彼女が自分の額に手を当てる。ひんやりして気持ちがいい。
「あらあら、すごい熱ね」
「ほら、看病ぐらいしてあげるから横になりなさい。」
「はぃ・・・」
言われた通り横になる。ぼやけた視界だが彼女がわたわたと動いているのがわかる。
「これぐらい乗っけておきなさいよ」
そう言ってぺちんと濡れタオルを頭に乗せられる。
「ご飯はちゃんと食べてるの?」
「あんまり・・・」
「はぁ、そんなんだから治らないのよ。待ってなさい」
台所で何かし始めた。彼女の好意でこうしてくれているのだろうが夢に見たシチュエーションに不謹慎ながら興奮を覚える。
・・・向こうから時々「あちっ」とか聞こえるが大丈夫だろうか。セイリュウさんは意外とドジっ子なのかもしれない
しばらくして、鍋を持って台所から帰ってきた。
「ほら、おかゆ作ったから食べなさい」
「う〜ん・・・」
「何よ、わざわざ作ったというのに食べない気?」
「いや・・・食べたいんですけど生憎スプーンを握る体力も無くて・・・」
「はぁ、仕方ないわね。ほら、口開けなさい」
これは、「あーん」というやつだろうか。
なんだか現実味がない。夢か?きっと夢だろう。それなら今のうちにたくさん楽しまなくては。
「お言葉に甘えて・・・」
口を開けてみる。すると、アッツアツのおかゆが差し込まれる。
「んんっ!?あふい!あふい!」
「元気あるじゃない。心配して損したわ」
「ゴクン・・・違います、熱々なんですよ」
「そう?美味しい?」
にっこりと笑いながら問いかけてくる彼女。
その姿を見て胸がキュンとなるあたり、やはり僕はセイリュウさんが好きなんだなと再実感する。
「美味しいです、いいお嫁さんになれますよ」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ」
そう言ってまた一口掬い、ふーふーと息を吹きかけ冷ましてからもう一回差し出してくる。
また口でそれを受け取る。適度な温度で今度は食べやすい。
「あれ、そう言えば今『心配』って言いました?」
「心配・・・?言ったかしら」
「なんでセイリュウさんはここまで・・・?」
「それは、あなたがこうして熱出してるのも不本意ながら私の責任よ?あなたをああやって嵐の中外出させたんだから」
「それは僕の勝手ですけど」
「それに・・・私だってあなたが急に来ないと不安になったりぐらいするわよ、どうしてるのかなって」
「え?なんて?」
「・・・何でもないわ、ほらおかゆ食べなさい」
そうやって何回もおかゆを口に運んでもらい、鍋が空になった。
「ねぇ・・・」
「なんですかセイリュウさん」
「デートぐらい・・・してあげてもいいわよ・・・?」
「マジですか!?ありがとうございます!」
ああ・・・なんか急に眠気が・・・今までの苦労が報われた安心からかな・・・あ、だめだ眠・・・
「・・・夢?」
まぁ最初からわかっていた事だ。
現実だったら良かったがそんなわけ無いかと起き上がる。
ふと、額からポロリとタオルが落ちる。
「アレ?これセイリュウさんが・・・」
ベッド横の床には鍋も置いてある。恐る恐る蓋をとると、なかには半分ほどおかゆが入っていた。
「どこからが夢だ・・・?おかゆがあるってことはデートの話は夢か・・・残念」
しかし見てわかるように明らかにセイリュウが来た痕跡はあった。
「ふむ・・・ちゃんとお礼しなきゃ・・・ところで随分楽だな、熱計ろ」
案の定熱は下がり、平熱。ちゃんと食事をすれば体力だって戻るだろう。生きる望みが湧いてきた。
♡☆♡☆♡
「お陰様で熱が落ち元気になりました、ありがとうございます」
「神獣に看病されたのよ?ありがたく思いなさい」
「そうですね・・・ところで、昨日セイリュウさんいいお嫁になれるって言って笑ってましたね?」
「なにか悪い?これでも女、褒められたら嬉しいわ」
「じゃあ僕と結婚しませんか?」
「ぶっとばしたわね・・・お断りするわ」
「まぁ、そうなりますよね」
「今日はお礼と言ってはアレですがお弁当を作って来たんです、一緒に食べませんか?」
「そうね、折角だから頂こうかしら」
「本当ですか!?いつもなら突っぱねられてたのに」
「まぁ、ああやって私の為に熱出してくれるぐらいなんだから多少は向き合ってあげるってことよ」
「じゃあデートしませんか?」
「お弁当頂いていいかしら?」
「はーい・・・どうぞ」
弁当箱と割り箸を差し出す。
彼女はそれを受け取り、パキンと割り箸を割って食べ始める。
「あら美味しい」
「それは良かったです。僕のお嫁さんになれば毎日でも作りますよ」
「はいはい、なりません」
二人で並んでお弁当を食べた。
「ふー満腹」
「ごちそうさま、おいしかったわ」
「また明日来ますね」
「・・・さよなら」
「今日は来なくてもいいって言わないんですね」
「ええ、さようなら」
「さようならセイリュウさん」
♡♡♡♡♡
「恋愛、ねぇ」
貰った小説を読破し、ふと口から漏らす。
「まぁ、私にはほど遠い話だわ」
なんて、猛アプローチかけてくれる人はいるくらいなんだけど。
「そんなのじゃない、わよね?」
「セーイリュウさんっ」
「ん、来たわね」
「僕とデート・・・というかお買い物しませんか」
「・・・」
「セイリュウさん?」
あれ・・・?いつも通り断るだけなのになんか惜しい。
「セイリュウさん、顔赤いですよ?」
「いや・・・なんでもないわ、お断りします」
「そうすか、ちょっと行けそうだったのに」
「甘いわね、私がOKすると思う?」
「ワンチャンス・・・」
「ワンチャンもないしツーチャンも無いわよ。」
「はぁい・・・すみませんお仕事してきます・・・」
「え?あ、うん、そう。行ってらっしゃい」
「行ってきます、ということはここにただいましてもいいんですか?」
「自分のお家に帰りなさい」
「はーい」
☆☆☆☆☆
「うーん、そろそろ行けないかなぁ」
前よりは確実に彼女との距離も縮まっている。
今なら思い切って指輪とか渡せばなんとかなる気がする。
「花束でも持ってってみるか・・・」
「セイリュウさーん」
「あら、今日は早いわね。それは・・・?」
「花束です。どうぞ」
「あ・・・ありがとう」
顔をほのかに赤くして花束を見つめる彼女。今なら行けるか?
「セイリュウさん、僕と付き合ってくれませんか?」
「・・・毎度飽きずによく言うわね、お断りするわ」
駄目か・・・
♡♡♡♡♡
今日、四神での集まりがあった。ひょっとしたら、今後発生するセルリアンを抑える為に四神全員自らを石版の形にしてフィルターを火山にはらなくてはならないかもしれないとのこと。
正直、長い間生きてきた自分にとっては石になるくらいちょっとの不自由ぐらいにしか感じないが、私と親密な人はどう思うだろう。
断ることが多いものの、私を頼って相談してくるフレンズは多いしセンちゃんだっている。それにアイツだって・・・ほら来た。
「セイリュウさん、ご機嫌いかがです?」
「ちょっと斜めよ」
「あら、そうですか。気晴らしにご飯でも行きます?」
「結構よ」
沈黙。彼も私が機嫌悪いと話してしまった以上会話しにくいのだろう、悪いことをした。
「ねぇ・・・」
「なんです?」
「あなたはさ、私が居なくなるって言ったらどうする?」
「そうですね・・・どこにも行かないように抱きついてます。殴られようと蹴られようと。」
「はぁ、セクハラね」
「ドキッ♡ とか無いんですか?」
「・・・ないわ」
「あ、今ちょっと悩みました?悩みましたよね?」
「ふん、どうとでも思っておきなさい」
☆☆☆☆☆
「あー仕事だるい。セイリュウさんに会いたい・・・」
そんなこと言いながらパソコンに向かっていると、後ろから話し声が聞こえて来た。
「なんか最近サンドスターロウとやらがやばいらしいぞ、知ってるか?」
「知ってる、謎の大型セルリアンの件だろう?」
「ああ、四神の方々が問題解決の案を練ってるらしいが・・・」
「へぇ、どうなるやら」
なんだか不吉な話題だ。そっか・・・セイリュウさんもちゃんと仕事してるんだなぁ、俺も頑張らなくちゃ。稼げるようになってセイリュウさんと暮らせるようにならなきゃ・・・
♡♡♡♡♡
「はぁ・・・」
本格的に石版にならなくてはいけないかもしれない。
あの男に話すべきか話さぬべきか・・・センちゃん達には勿論話すんだけど。アイツは本当に抱きついて離さなそうだしなぁ・・・
「セイリュウさん、どうも。お仕事はどうですか?」
「お仕事?ああ、サンドスターロウのことね」
「ええ、なにか対策をするとか聞いて。具体的になにするんです?」
「まだ未決定よ。あなたには教えられないわ」
「えー、そんな。決まったら教えてくださいよ?これでもパーク関係者ですから」
「そうね、教えてあげるわ」
♡♡♡♡♡
しばらく月日が経った。
その間に、本格的に私達の石版化が決まった。なんか、犠牲が必要だとかでセルリアンのフレンズが名乗り出たそうだ。友達だっていたろうに、その勇気は尊敬に値する。
そもそも四神のフレンズというのは知名度が低いらしく、フレンズ化前のように名は知れていても実在するか不明という扱いが多いそうだ。
まぁ、そんなわけでわざわざ公言はせずにこっそりと石版になるそうだ。それも、明日の夕方。
「セイリュウさーん」
「お、来たわね」
「そろそろお付き合い出来ませんかね?そろそろ半年ぐらい通い詰めですが」
「知らないわよ、私は呼んでないわ」
「でもいつだったかに熱出した時、あんまり来ないからって看病してくれたじゃないですか」
「そんなこともあったわね。ただの気まぐれよ、私だって一応神の類なんだから」
「あれって、密かに毎日来るの待っててくれたって事ですよね?」
「まぁ、毎日来るから待ってたというより「そろそろか・・・」って毎日やってんのよ」
「ふふ、嬉しいですね。そんな面倒なことせず、結婚しません?きっと楽しませて見せますよ」
「考えてあげる、なんて言うとでも?あなたもいい加減学習しなさいよ」
「いや、もう習慣というか挨拶みたいなものなんで。でも気持ちは本当ですよ?」
「そう。ありがとう、とは言っておくわ」
「どうも、そろそろ行きますね」
「あらそう?さようなら、どうせまた明日来るんでしょ」
「あ、ごめんなさい明日は来れません。ちょっと仕事があって・・・」
「え?・・・そ、そう・・・。また、ね」
「はい、ではまた」
そう言って彼は後ろを向きスタスタと歩き始める。もう会うことも無いのだろうか。急に惜しくなってくる。
「ね、ねぇ!」
「はい?わざわざ呼び止めるなんて珍しいですね」
「・・・毎日通ってくれてありがとう。」
「急にどうしたんですか?結婚します?」
「・・・ふふ、いつもそうやって・・・」
「どうしたんです?え・・・?泣いてる・・・?」
「泣いてないわ。さようなら」
「はい、さようなら」
彼の姿も見えなくなった。
急に寂しさがこみ上げてくる。
涙が堪えられなかった。うまく誤魔化せただろうか。こんな別れ方になるなんて。いっぺんくらいデートにでも付き合ってあげて良かったかもしれない。もっと、もっと色んなことがしてあげられた・・・
思い返せば、私は彼が好きだったのかもしれない。
最初こそ鬱陶しいと思っていたが、途中から慣れてしまったし満更でもなかった。私だって一人の女の子。貰った小説みたいな恋に興味が無いわけでもなかった。
はぁ・・・こんな石版になるだけなのに辛いなんて・・・
♡♡♡♡♡
ついにこれから石版になる。アイツが来る僅かな期待を込めてギリギリまでいつもの場所にいたが、叶う訳でもなくて。今日来たらデートぐらいしてやったのに。
他の四神であるスザク、ゲンブ、ビャッコとの別れを済ませ、彼女たちは躊躇いもなく石版になった。私は定位置に立ちすくみ、石版になれずにいた・・・
☆☆☆☆☆
仕事が終わって夕方、びっくりすることを聞いた。四神全員が自分達を石版にして火山にフィルターを張りサンドスターロウを防ぐそうだ。
今、懸命に火山を駆け上がっている。
間に合うわけが無いが、走らずにはいられなかった。
山頂に着くと、セイリュウさんだけはまだ石版に成らずにいた。
「セイリュウさん!」
大声で呼びかけるとびっくりした様子で、コチラを振り向く。涙で顔を濡らしている。初めて彼女のハッキリとした泣き顔を見た。
「あなた・・・なんで、ここに・・・」
「噂で聞いたんです・・・なんで教えてくれなかったんです?今日だって知ってれば会いに行ったのに・・・」
「あなたが悲しむかと思って・・・」
そう言っている彼女こそ悲しそうな顔をしている。それを見て思わず抱きつく。
「っ・・・なにを・・・」
「こうさせてください・・・いつだったかの話、抱きついて離しません。なにがあろうと、絶対・・・」
「ねぇ、いつものは言ってくれないの?」
「付き合って、結婚して、デートして・・・」
「欲張りね。いいわ、もしまた会えたらデートしてあげる・・・せいぜい楽しませなさい」
「はい・・・!是非!」
「ふふ、元気でね・・・」
そう言って、抱きついている僕の手の中に感触はなくなり、足元に一つの石版が落ちていた。
これが彼女なのだろう。何とも言わなくなってしまったそれを見て、涙を流す。
どれだけ時間が経ったのだろうか。ふと、その横に単行本サイズの本が落ちているのを見つける。
いつだったかに僕がプレゼントしたものだ。きっとポケットかなんかに持っていてくれたのだろう。
僕はそれを石版の横に埋め、場所を後にした。
☆☆☆☆☆
後に例の異変と呼ばれるアレが起きた。
どうやら、彼女・・・セイリュウさん達が犠牲になったお陰で被害は予想より少なく済んだようだ。
パークからは人が出ることになった。
毎日火山に登って彼女に会っていたが、それも叶わなくなる。
いつか、パークが再興したら、真っ先に火山に登ろう。それで、彼女が戻って来るまでずっと待とう。
そして、念願のデートに行くんだ。
終わり
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