それを選んじゃダメなのかい?

 それでも、都合のいい選択肢を求めて……空那達はここに来た!


 炙山父は、抑揚のない声で言う。


「計画は頓挫した。よって、私はもうしばらくこの星で生きていかなければならない。私は今、消耗している。君達に協力する余力はない」


 彼は鋭い爪を動かし、湯飲みを傾けて、胸の穴に緑茶を流し込む。目の前には、雪乃の家から持ってきたヨウカンが切って置いてある。

 すでに一時間近く、空那達はここで話をしている。

 なだめ、すかし、卑屈に愛想笑いし、時には強い口調を織り交ぜ、必死に説得を試みる。それでも炙山父は協力してくれない。

 時計を見ると、すでに六時を過ぎていた。

 町の外部も昨夜から続く異常事態に、もう気づいてるに違いない、下手したら自衛隊が動いているだろう。

 うんざりした砂月が、不満そうに眉を寄せる。腰に両手を当てると、胸を張って言った。


「あのねえ、当然でしょ!? あんた、アタシ達の住んでる町で、戦争起こしたんだよっ! アタシのお母さんだって連れてかれそうになって、下手したら部品になって宇宙に飛んでいっちゃったんでしょ!? そんな事しようとしたら、やり返されるの当たり前の事じゃないのっ!」


 炙山父は、冷静に答える。


「そうだな。ゆえに協力できない。私と君たちは対立状態だ。さっさと出て行くがいい」


 砂月は涙目になり、ぐうの音も出ずに黙り込む。

 助力を求めにきて高圧的に説教しても、もちろん断られるだけであろう。

 雪乃が、穏やかな口調で言う。


「とにかく、町の半壊の責任問題は、あなたにあります。責任を取ってください!」

「責任というならば。まずは、この星の代表として私の身体を解体し、奪った責任を取ってほしい。その際、私が浪費した時間については責を問わない事とする。しかるのち、私も謝罪をし、できる限りの償いはしよう」


 言い返され、雪乃は言葉に詰まる。


「そ、それは……? 私達に、責任とれって言われてもぉ……? そんなの、困りますぅ……」

「ならば、私の身体の責任を取れる人物と、改めて話をする事になる。その後、必要があれば、君達とも交渉しよう。よって、今この場で、君達に協力する必要はない」


 まったくもって正論だった。

 あうあうと言葉を捜す雪乃は、結局、真っ赤な顔でお茶を飲み始める。

 空那が言う。


「これだけ大騒ぎを起こしたんだから、そっちもタダじゃすまないぞ!」

「この町では、この星の科学レベルでは、通常起こりえない種類の破壊活動が行われた。それについて、君達が関与した証拠は山ほど残っている。だが、私の関与した証拠はなにも残っていない」

「じゃあ、俺はあなたの事を皆に言いふらす。宇宙人がいるって、みんなに言う。そしたらまた、研究所だかに逆戻りじゃないのかよ?」

「ならば、私はこの地より逃亡する。新しい土地で計画をやり直すとしよう」


 空那は、ゆっくりと首を振る。


「俺達が逃がさない。仮に逃げても、絶対に捕まえる!」

「逃亡が失敗した場合、私は自分の価値を大々的に喧伝し、科学レベルの発展に協力する事を見返りに、この国の人々に助力を願う。結果論になるが、君たちの他に怪我人はいない。病人、胎児を含め、人的被害はゼロである。よって、この付近の住人を巻き込んだ事についても、一定の理解を得られると考える」

「ハァ? ふざけんなよっ! 何千人も殺しかけたんだぞ!? それだけの人生と引き換えになるものなんて、あると思ってるのか!?」

「妙なことを言う。数だけならば、もっと殺した人間もいるだろう。大量殺人者が組織の長として、あるいは英雄扱いされて、なにも制裁も受けずに社会生活を送っているのは、なぜだ? 大国のエゴ、戦闘命令、大企業の未必の故意まで……何故、彼らは人を殺しても罰されてない? そちらは許されないと思わないのか?」


 逆に問われて、空那は黙り込む。

 そんなの今は関係ない! 屁理屈いうんじゃないよ! ……そう断じて封殺するのは簡単だ。

 だけど、その屁理屈を論破して協力する気を起こさせなければ、空那達に明日はない。

 と、炙山父が机の上を爪でパンパン叩きながら畳み掛けた。


「そもそも、私は殺すつもりはなかった。私は住民達を借りただけで、時期が来ればそっくりそのまま返そうと考えていたのだぞ」

「……それ、本当?」


 炙山父は、偉そうに胸を張ってみせた。


「本当だ。付近の惑星でクローンを培養し、送り届けようと考えていた」

「おいぃっ!? 全然ダメじゃねーかっ! それじゃ意味ねーだろっ!?」

「記憶まで再現した完璧なクローンだ。どこに不満があるというのか? 説明を求める! 君たちのことだって、殺すつもりはなかった。ギリギリまで痛めつけて性能を引き出そうとしただけだ!」


 あまりにも無為に過ぎる言い合いだった。

 馬鹿らしくなった空那は、うんざりしながら言う。


「……はぁ。んっとにもー……最初から、話し合いで解決って道は、なかったんですか?」

「計画が成功すれば、今頃の私は宇宙にいたはずだ。話し合いよりもリスクが低く、成功の確率が高かったので、こちらの計画を進めた。君達は想定外の要素であった。いずれにしても、今さら意味のない仮定である」

「だったら、今から俺が、スキーズブラズニルであなたを宇宙に送りますよ。もう、それでいいでしょ?」

「演算器官もなしに宇宙に放り出されても、星空間移動はできない。また、私は自分の計画で宇宙へ帰る事に、一定の価値を見出しつつある。よって、その申し出は辞退する」


 炙山父は頑なだった。正に、ああ言えばこう言うだ。空那はすっかり閉口する。

 彼には、正義も法律も道徳も通用しない。それが通用するのは通常の社会の中だけなのだと、空那は痛感していた。

 例え彼を引っ張っていって、「こいつ! こいつ! こいつが悪いの!」と声高に周囲に訴えても、まったく解決しないのだ。

 正道の通じないイレギュラーな存在は、それだけで強い。そしてまた、彼の協力なしに、この事態を収拾できるとも思えなかった。少なくとも、四人が元の生活に戻れるような結末にはならないだろう。

 一万人近くを巻き込んで宇宙に帰ろうとした宇宙人は、どこまでも頑固だった。

 八方塞りの中、空那は溜め息をつく。

 と、アニスが空那の袖を引っ張った。


「ん、どうしました? 先輩?」


 顔に耳を近づけると、小さな声が聞こえた。


「すねてる」


 なるほど。

 炙山父は理屈を捏ね回しているが、結局それがどうこうではないのだ。実のところ、空那達に邪魔されたのが、悔しくて仕方ないのだろう。

 要は、気持ちの整理がつかなくて、拗ねているのだ。

 だが、こればっかりはどうしようもない。

 粗品もヨウカンを渡した。散々頭も下げている。これで機嫌を直してくれないなら、あとは何ができるだろうか?


(……宇宙人でも、へそを曲げるんだなぁ)


 と、妙な親近感を抱きつつ感心していると、パタリ。背後で小さな足音が聞こえた。

 振り向くと、女性が一人立っていた。小柄な女性で、手に紙袋を持っている。

 そして、空那達を見ると、にっこりと微笑んだ。


「とても、とても珍しいわ。ここに、誰かが来るなんて……」


 女性はそう言って、首を傾げた。どこかぼんやりとした、眠そうな目をしている。なんだか見覚えがあるような……?

 というか、この顔は……写真に写ってた女性では!?

 と、女性は机の上に紙袋を置いて、言う。


「コロッケ、食べる? ごめんなさいね。こんなものしかないのだけれど、たくさんあるから」


 アニスが女性に近づき、袖を引っ張る。


「どうしたの?」

「おかね」


 女性が笑って、鞄からいくつか通帳を取り出す。それを持ってアニスは、とてとて歩いてくる。空那に開いて見せると、そこには子供の馬鹿話に出てくるみたいな桁の数字が、いくつも並んでいた。

 空那は、自分の顔が引きつるのを感じる。


「こ、これ……」


 さらに、アニスが炙山父を指さす。


「すねてる」


 女性はすこし困った顔で首を傾げると、炙山父の顔を愛しげに抱いた。


「ねえ……愛する子供のやったことでしょう? 許してあげましょう」


 しばらく黙っていたが、炙山父は折れたらしい。


「残ったケイ素生物に命令を与える。町の人間をできるだけ元の場所に戻すように、指紋、監視カメラをはじめ、痕跡を可能な限り消去するように。同時に、周辺地域のデータを改竄かいざんし、局地的な災害が発生した事にする。残っているケイ素生物に総動員を掛ければ、おそらく数十分で終わるはずだ」


 そう言うと、目の前のヨウカンをマニュピュレーターでつかんで穴に放り込む。

 空那は、何度か胡散うさん臭げに炙山父と女性を見てから、アニスを見て口を開く。


「あ、あの……アニス先輩のお母さんって、死んだんじゃなかったんですか……?」


 アニスがサクサクとコロッケを齧りながら、ぶんぶか首を振った。

 炙山父は、抑揚よくようのない声で答える。


「私は、アニスの母体は廃棄したと答えた。廃棄とは、自分にとって価値のなくなった物の所有権を放棄する行為である。殺害した場合は処分したと答える。彼女は町の外に暮らしていて、週に三日、アニスに会いにくる。ちなみに祖母は、とある山奥で温泉旅館を営んでいる」

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