第3回ユーマチ会議(議題は『これからどうする?』特別顧問としてエイリアンハイブリッドが参列)

 砂月の部屋に、四人は輪になって座っていた。時刻は夜の八時を過ぎている。

 体育座りの砂月が、ジロリと横目でアニスをみやる。その姿はいまだ、黒いマントと角、そして異形の手足だった。


「で? この小動物、もう殺しちゃっていい?」


 そんな脅し文句を聞いても、アニスは無表情にクッションに座っている。

 アニスの左腕には、いくつかの部品が組み合わさった、無骨な籠手のような物が嵌っていた。元の左手よりも二周りほど大きなそれは、どうやら先ほど光を出した機械らしい。

 空那は、覇気のない声で言う。


「……やめろよ、砂月。アニス先輩が悪いわけじゃないよ」


 そう言って庇うが、砂月は納得いかないようだ。


「だって、この小動物がおにいちゃんにやらせてたんでしょ!? 責任ないわけないじゃんっ!」


 アニスがポツリと言う。


「わからなかった」


 空那は、その言葉に補足する。


「うん。先輩はきっと、こんな風になるなんて知らなかったんだ。あの数式を解くことで、何が起こるかわからなかった。だからこれは全部、アニス先輩にやらせた炙山父がわる……」


 『悪い』んだ。言おうとして、言葉に詰まる。

 ……本当に、炙山父が悪いのか?

 彼は、『悪』なのか?

 地球に不時着し、問答無用で身体の半分を地球人に盗られた。散々に傷つけられた。

 それなのに報復ほうふくしようとはせず、ただ、宇宙に逃げるために必死になってるだけではないか。

 そのための手段は勝手極まりない行いではあるが……誰が、彼を『悪』だと断じられるだろう。

 空那は、しばらく悩んだ後で口にする。


「……い、いや。やっぱり、突き詰めて誰に責任がって言い始めたら……直接は俺だよな。俺がいい気になって、よくわからないモノを解いてみせたからさ……」


 その言葉に、アニスは空那の手をギュッと握り、首を振る。


「じかんのもんだい」


 そうかもしれない。炙山父は、「二十年も短縮できた」と言っていた。それはつまり、二十年たてば彼の存在に関わらず、計画は実行されたという意味だ。

 それはおそらく、事実だ。だが……空那の絶望的な気分は変わらなかった。

 いくらわからなかったと言えど、時限爆弾の爆破スイッチを押してしまえば、押した本人が無視はできない。

 知らずに片棒を担がされたのは、アニスも空那も同じなのだ。


 空那は、ふと……そういえば。なぜ、アニスはここにいるのだろう? と思った。


「アニス先輩。先輩は、なんでここに……?」


 その問いには答えず、アニス首をかしげて尋ね返す。


「こまってる?」

「そりゃあ、まあ。困ってますけど……?」

「このまちを、でる?」


 その問いかけに、空那は頭を振る。


「いえ、それはありません。こんな風になった責任を取らないと! 俺は……できるなら、アニス先輩のお父さん……炙山父に、こんな事はやめてもらいたい!」


 そうだ。今は、炙山父が『悪』かどうかは関係ないのだ。また、思い悩む時でもない。


 彼を放置しておいたら、大変なことになる!

 だから、止めなければならない!


 ……単純明快である。

 すると、アニスは頷く。

 そして下げていた鞄からノートを取り出し、ボールペンでサラサラと描き始めた。瞬く間に図形がいくつも重なっていく。……見ると、この町の地図らしい。手書きなのに、まるで市販の地図みたいに整っている。それから、一点に☆をつける。

 空那は指を差し、尋ねた。


「それは?」

「ここ」


 アニスは、ここ、と言ったきり、なにも続けない。

 そこは、いつか砂月達と一緒に行った、近所の自然公園のド真ん中だった。

 空那は考えた。アニスの意図を測るように。そして、言った。


「もしかして……ここに、炙山父がいるんですか?」


 空那の言葉に、こくりと頷く。

 不意にカラスが飛んできて、窓ガラスを嘴で叩く。

 砂月がそちらをチラリと見て、言う。


「うちのご近所、どこももぬけの殻だ……アタシたち以外に、人間はいないみたいだね。どっかに連れて行かれたのかな?」


 ついで、少し渋い顔をした。


「ったくぅ。この辺り、配下に引き込めそうなのに、ろくな動物いないよー」

「なあ。あのハリガネみたいなの、お前の力で操れないか?」


 空那が尋ねた。しかし、砂月は首を振る。


「んー、無理っぽい! アレ、もう別の支配受けてるんだ。魔力による支配じゃないみたいだけど……?」


 それから、頭を抱えて叫ぶ。


「あーっ! 先手取られたのがマズかったぁ! 時間さえたっぷりあれば、動物園の猛獣でも、異次元から召喚した魔物でも、不死身の悪魔でも配下にできたのに! 下拵したごしらえも触媒しょくばいも、なにもかも足りないよぉーっ! ……あとはせいぜい、犬と猫、鳥くらい。虫もだけど……虫、ヤダなー」


 それきり、砂月は膝を抱えて沈黙した。

 アニスが、赤いボールペンで地図に何かを書き足す。いましがた作った地図の上に、新たな道のようなものが書き加えられる。

 空那はそれを見て、はて一体なんだろうかと考え、すぐに膝を打った。


「これは……わかった! 地下水路!」


 アニスは、こくりと頷く。

 そういえば自然公園の地下には、大雨洪水対策に、貯水用の巨大タンクが設置されていると聞いた。テレビに取材されるほどの巨大構造物で、それを引き込むための水路も、町の地下全体に張り巡らされているらしい。

 アニスが、赤線の地図の何箇所かに、「人」と言う字を書き加える。

 おそらく拉致された人たちは、そこに連れて行かれたのだろう。

 さらに、炙山父のいる付近、真ん中の辺りに赤ペンで「Ωオメガ」と。そしてそれに×をつけ、直後に花丸を書き足した。

 空那は指差して、尋ねる。


「ええと……つまり、ここに『なにか』あって、それを壊せば計画阻止?」


 アニスが頷いた。

 砂月が、ベッドに寝かされた母親へと視線を送る。


「ねえ。お母さん、全然目を覚まさないよ……これ、大丈夫なの? アタシ、心配なんだけど……」


 アニスが小さく呟く。


「しちじ」


 空那は、炙山父の言葉を思い出した。


「あ……! そういや、明日の七時までに24人連れて、この町から出ろって言われたな。それじゃ、七時になれば、みんな自然に起きるってことですか?」


 空那の問いアニスが頷き、雪乃がホッとした顔で問いかけた。


「じゃあ、うちのお姉ちゃんとか、パパやママも……朝になれば、みんな無事に目が覚めるんですね!?」


 アニスはまた、こくりと頷いた。


 ……起きている人間は、ここにいる四人だけ。

 外からの応援は期待はできない。なにより、朝になったら全てが手遅れなのだ。

 だけど、八千人以上の眠ってる人を運び出すなんて、どうやったって四人じゃ無理である。とにかく、圧倒的に時間がない。


(救助は無理そうだ。炙山父を説得……できるか、わからないなぁ……。だったら……まずは、力ずくでもいいから、計画の阻止をするべきじゃないか!?)


 なんとかして炙山父の邪魔をして、明日の七時まで時間を稼げば、皆も目覚めるに違いない。

 眠ってる人間は運べないが、起きてる人間ならば、自分の足で逃げてもらうことができる。連れ去られた人々が目覚めれば、それだけ有利になるはずだ。

 それに事態が長引けば、外からの介入だって期待できる。

 この異常が伝われば、警察や自衛隊だって動き出すだろう!


 当面の目標が……やるべきことが、これで決まった!

 マップに書き込まれたΩマーク。炙山父の計画を阻止するために、まずはそれを壊す!

 空那は顔を上げると、真剣な表情で三人に向き合った。


「砂月! 雪乃! そして、アニス先輩! 聞いてくれ。俺は、この事態をなんとかしたいと思ってる。だけどそれには、みんなの力が必要なんだ。だから……頼む! 俺に、協力してくれないか!?」


 雪乃が、大きく頷いた。


「この事態をなんとかしたい……それは、私だって同じだよ! こんなの、絶対に許しておけないもの!」


 砂月も腕組みをして、立ち上がる。


「アタシのおにいちゃんを傷つけようとしたケジメ、しっかりつけさせないと。……それに、愚か者に制裁を加えるのは、魔王の醍醐味だいごみだかンね!」


 アニスも、こくりと頷く。


「たすける、やくそく」


 空那は、ありがたさで胸がいっぱいになってしまった。涙ぐみそうになるのを我慢しながら言う。


「……っ、みんな、ありがとう! それじゃまずは、ここを出よう! 落ち着いて臨機応変に行動できる場所に、移動した方がいいと思うんだ!」


 その提案に、砂月が手を上げて言う。


「さんせーいっ! お母さんも心配ないみたいだし、うちは公園までも歩いて行くにはちょっと遠いもん! 攻めるんだったら、もう少し動きやすい場所がいいよ、絶対っ! あ……できたら、高い所がいい。たくさんの生き物に、命令できるから……」


 雪乃が、アニスの描いた地図を見て、


「この町で一番高くて、自然公園にそこそこ近くて、拠点にしやすい場所……だったら当然、ここよね!」


 一点を指さす。それは、自然公園と空那たちの家の真ん中に位置する、この町一番の夜景スポット。


 ……『ミモザホテル』だ。

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