第63話 終章・騎士たちの行方②

「あのぉ、そのお買い物に、もう一つおまけをつけちゃいませんか?」


 騎士たちは一斉に声の方向を振り向いた。

 そこには、斧を背負ったふわふわとした巻き毛の美女が、にこやかに微笑みながら立っていた。


「フレデリカさん!?」


 ラシェルが声をあげると、「こんにちは」とフレデリカはぺこりとお辞儀をした。


「フレデリカ殿、どうされたのですか?」


 アルベルトが進み出ると、フレデリカはちらりとリュークを見やった。


「医療院にお見舞いに行ったら、リュークちゃんがいなかったので、探していたんです。そしたら、ここで騒ぎが起きてるって聞いて。慌てて駆け付けたら、なんだか大変なことになっていたみたいで、びっくりしちゃいました」


 口元に手を当てるフレデリカに、アルベルトはくすりと微笑んだ。


「びっくりしたとおっしゃる割には、あまり驚いた様子ではありませんね」

「うふふ。ばれちゃいました? 実は。リュークちゃんが魔獣になってしまった時から、こうなることは覚悟してたんです。リュークちゃんが目を覚ましたら、一緒に旅にでも出ようかしらと思って、退団届を準備していたくらいですもの」

「フレデリカさんまで退団を!?」

「ええ、そのつもりだったんですけど、リュークちゃんがこちらでお世話になるなら、私も入れてもらえないかと思って」


 にこにこと微笑むフレデリカに、アルベルトはふむと顎に手を当てた。


「素晴らしいピアノを演奏なさるフレデリカ殿ならば、ぜひとも当騎士団にお迎えしたいところです。ただ、主力が二人も同時に抜けるとあれば、さすがに神聖近衛騎士団も困るのでは?」


 それに大きく頷いたのはリュークだった。


「そうだ。フレデリカ。私のせいで君まで巻き込みたくはない」


 すると、フレデリカはぷくりと頬を膨らませた。


「リュークちゃんは出て行くのに、私には行き先を自分で決める権利はないの?」

「いや、そうではなくてだな。君はあの騎士団でも出世頭だ。こちらの騎士団を悪く言うつもりはないが、その……」


 失礼なことを言っている自覚はあるのだろう。リュークは困惑したようにアルベルトやサイラスを見やる。すると、


「まあ、神聖近衛騎士団は、全騎士団の中で最もエリートが集まると言われている。自らそこを捨ててこちらに来たとなれば、当然出世街道から外れることになるだろうな」


 言いにくそうにするリュークの後を、さらりとサイラスが続けた。

 リュークは申し訳なさそうに、少しだけ口元を覆った。

 しかし、フレデリカはきょとんと眼を丸くすると、ぷっと吹き出すように笑った。


「いやだわ。私がそんなことを気にするような、小さな人間だと思っていたの? だったら、リュークちゃんたら案外鈍感なのね。そもそも、私は幼馴染のリュークちゃんが騎士団に入ったから、後を追って騎士を目指したのよ? リュークちゃんのいない騎士団なんて、私にとっては価値がない場所だわ」


「ど、どういうことだ?」


 きょろきょろ二人の顔を見比べるザックの頭を、サイラスがわしわしと掴み「お前は黙ってろ」と促す。

 フレデリカはそんな彼らをお構いなしに、リュークの手を取った。


「小さな頃から、ずっとリュークちゃんだけを見てきたの。あなたはとても繊細で、とっても優しい人だって知っているわ。だから、貴女の分まで私が斧を振るえば、貴女は傷つかない。そう思って傍にいた。リュークちゃんにこれ以上傷ついてほしくないの。だから、あなたが騎士団を辞めるって言うなら、その時は一緒について行こうと思ってた」

「フレデリカ……。私は……本音を言えば、もう自らの槍で、誰かを傷つけたくない。だけど、私が力を振るうことで大勢が救われるなら、私は、私自身のためにも、今一度騎士としての責務を果たしたい。そう思っている」


 それは、彼女を縛っていた父であり、かつて英雄と呼ばれた騎士との決別。

 真っ直ぐに目を見てきっぱりと言い切ったリュークに、フレデリカはくすりと微笑んだ。


「そう言うと思った。だったら、貴女が貴女らしく生きることを応援できるように、私は貴女の側にいたい。ううん。貴女が駄目って言ってもついて行くわ。そう決めてるから」

「……わかった。フレデリカは強情だからな。君がそう決めたなら、私が反対することはない。これからもよろしく頼む」


 リュークはもう片方の手も差し出し、フレデリカの手を両手で握り締めた。フレデリカもまたそれをぎゅっと握り返した。

 その場に居た面々にも、自然に柔らかな笑みが浮かんだ。

 すると、サイラスが二枚の書面を二人に向かって差し出した。


「話は決まったようだな。ならば、二人ともさっそくこちらの書類にサインをしてもらおう」

「異動届ですね」


 差し出された書類を受け取り、リュークとフレデリカがさらさらとサインをする。


「異動届をちゃっかり二枚用意していたなんて……もしかしてサイラスさん。リュークさんがこちらに加入すれば、フレデリカさんもついて来る……って、はじめから予想してました?」


 ラシェルが感心半分、呆れ半分でそう尋ねてみると、サイラスはふっと微笑みを返してくるのみだった。


「一応話を通してあるとはいえ、手続きは必要だからな。ああ、そうだ。あとで退寮届も出しておくように」


 サイラスは書類を確認しながら、騎士団規則をまとめた書面を二人に提示する。

 事務手続きなのだろうが、サイラスの言葉に引っ掛かりを覚えて、ラシェルは首を傾げた。


「退寮届……ですか?」

「リューク殿としても、今後、かつての同僚が居る騎士団宿舎には滞在しにくいだろう」


 とはいえ、父親と決裂した以上は、当然実家に帰るわけにもいかないはずだ。

 新しく住居を見つけるにしても、それまでどうするのか。

 すると、ラシェルの内心の疑問を汲んだのか、サイラスはにやりと口元を上げた。

「そういうわけで、今日からうちの騎士団はこの騎士団領の外で活動することとなる」

 突然そんなことを言い出したサイラスに、ラシェルとザックはあんぐりと口を開けた。

「ええ!?」

「マジかよ!?」

 一瞬呆けていた二人が口々に叫ぶと、アルベルトがふふっと笑って言った。

「元々、以前から案として出ていたことなんだよ」

 それにサイラスも大きく頷いた。

「なにしろ、どこかの誰かが中庭で大騒ぎを起こしていたからな。騒音問題で苦情が出ていた」

 じろりとサイラスがザックを見やると、ザックはうっと言葉を詰まらせて視線をそらした。

「そういうことだ。すでにこちらで、新しい『訓練所』は手配済みだ。その施設内に団員専用の宿舎を設ける予定だ」

「ラシェル君やザック君も、退寮届を出しておいてくれたまえ!」

 これからますます忙しくなるよ! と、アルベルトは目を輝かせる。

「いつでもどこでも練習し放題というわけだよ! 楽しい共同生活の始まりだ! もちろん、モルナー殿も招待しておいたからね!」

「え……ええええええ!?」

 またもやラシェルとザックの声が、騎士団領に響き渡った。

 団員も増え、ますます騒がしくなりそうだと感じる午後だった。



 アッシュブロンドの髪が、窓からそよぐ風に揺れた。

 自室の椅子に腰かけ、静かに佇む青年のもとに、一人の騎士が駈け込んできた。

 それは、ギリアムだった。

「ハンクロード・ランディス団長! 失礼いたします! リューク・エクセレイアに続き、フレデリカ・オルウェンも、神聖近衛騎士団を脱退するとの報告がありました!」

 すると、ハンクロードは至極冷静な赤銅色の瞳で、部下を見遣った。

「そうか。報告ご苦労。では、ギリアム・スコット。本日付で、君を副団長に任命する」

「は……は!?」

 呆然としているギリアムに、ハンクロードはふっと微笑んだ。

「以後、励むように。ますますの活躍を期待している」

「し、しかし……。それに、我が騎士団の戦力低下の問題も……」

「問題ない。我が騎士団の力は、一人や二人抜けたくらいで危惧するようなものではない。他のどの騎士団よりも、女神の加護を受けし至高なる聖騎士として、務めを果たすべく邁進するのみだ」

「は、はい! 承知いたしました!」

 畏まって敬礼したギリアムに退室を促し、再び一人になったハンクロードは、静かに瞳を閉じた。

「……そう。私にとっては、この騎士団の戦力など意味を成さない。我が大望の前では……な」

――それにしても。『あれ』を植え付け、強化させるという計画は失敗したか……。まだまだ改善が必要だな。

その小さな呟きは、吹き込む風によってかき消された。

ハンクロードの整った顔には、どこか不敵な笑みが浮かんでいた。



           ―― 第二楽章 完 ――

      * 第三楽章開始まで、今しばらくお待ちください *

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騎士達が奏でる協奏曲 ナツメチサ @doubletora

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