第54話 父と娘

「お、お父様!?」


 突然の登場に目を丸くしたラシェルに、アルベルトが「シャルル殿は、僕と一緒に避難の誘導をしてくれていたんだよ」と耳打ちした。

 そうだったんだ……と驚いているラシェルの前で、シャルルはつかつかとグレッグの前へと歩いて行った。

 そして、グレッグの大柄な体躯を前にして精一杯胸を張って、声を張り上げた。


「私の娘のやろうとしていることに、口出ししないでいただきたい!」

「何だと!? 魔獣を倒す力も無い、落ちぶれた貴族風情が……!」


 眉を吊り上げたグレッグの怒鳴り声に、シャルルは一瞬怯んだが、それでも諦めることなく自らもまた言い返した。


「確かに私は落ちぶれていた。家の再興を願い、それが娘にとっても幸せに繋がるのだと勝手に考え、娘に無理な婚姻を強いようとしてしまっていた。……だが、貴殿のご息女へのあまりにも無体な応対を見ていて、自分が間違っていた事に気が付いた」


 シャルルの声は震えていた。それでも、彼は尚も続けた。


「子の頑張りを認めず、子の望むことをやらせず、どうして『親』を名乗れようか――と。そして、例えどんなに貴族としては落ちぶれようとも、貴殿のように人間としては落ちぶれたくない……そう思えたのだ!」


 そんなシャルルの言葉に、誰よりも一番驚いているのは、他でもないラシェルだった。


「お父様……」


(まさか、あの気難しくて頑固なお父様が……)


 こうして向き合ってくれる日が来ようとは、思っていなかった。


(……ううん、違う。ちゃんと向き合おうとしていなかったのは、私も一緒だった。お父様はきっとわかってくれない。そう思って、勝手に騎士団の面接を受けて、家を飛び出したんだ……)


 結果としてそれは父を怒らせ、親子の確執はより大きいものとなってしまっていたのかもしれない。

 親の理想と思惑、子供の夢と希望。その違いによって生じた軋轢。それに苛まれていたからこそ、ラシェルはリュークに自分と近いものを感じていたのかもしれない。

 それが今、ラシェルの中で変わろうとしていた。

 互いを理解し合えれば、解りあえる。そうすることでようやく、確かな信頼が生まれる。

 ラシェルはこれまで、騎士団の仲間に対してそれを積極的にやってきた。


(それは、親子の関係においても、同じことなんだ……)


 そう、気付かされた。

 シャルルはグレッグに対峙したまま、はっきりと言い放った。


「このパーティーの主催者は私だ。そして、貴殿を招待してしまったのは私の失態だ。だからこそ、言わせてもらおう。……今すぐここから出て行ってくれ。そして、娘たち騎士団の戦いを邪魔しないでくれ」

「……くっ」


 そう言われてしまっては、もはやグレッグは客ではなく、部外者でしかない。

 グレッグは憎々し気にシャルルを一瞥すると、やがてくつくつと笑みを漏らし始めた。


「ふ……ふふふ、はははは。本当に、愚かな奴らだ。この俺がいれば、神聖近衛騎士団の出動を即座に言い渡す事も出来たものを。エンデにおける魔獣討伐など前例がない。そう簡単に騎士団は動かぬぞ。みすみす、惨事を招くようなことをしおって……」


 そして、興味を失ったように唾を吐いてから、入り口の方へと踵を返した。


「かつて我が娘であった、邪悪なる魔獣を相手に、せいぜい足掻くが良い!」


 グレッグは吐き捨てるようにそう言うと、近くに落ちていたワインの瓶を拾い上げ、乱暴に煽りながら去って行った。

 ホッとしたような顔をしてからため息をついたシャルルの元に、ラシェルは駆け寄った。


「お父様……」


 娘と顔を合わせた父は、一瞬気まずそうな顔をしたが、すぐに頭を下げた。


「今まですまなかったな。理想を押し付けてばかりで、お前の気持ちを考える余裕がなかった。騎士になりたいと願うお前の気持ちを、もっと尊重してやるべきだった」

「……ううん。私の方こそ、もっとちゃんとお父様やお母様と向き合って、自分にとって聖騎士というものがどういうものなのか、伝える努力をすればよかった……って思う。こんなにも誇りをもって臨める、大切な仕事なんだから……」

「ああ。これからは、そういう時間を持ちたいものだ。……お前を失う前に、気付く事が出来て良かったよ。……サイラス君。君のお陰でもある。ありがとう」


 シャルルはちらりとサイラスの方を見て、一礼した。

 だが、そうこうしている間に、リュークは脈動する繭の外からは見えなくなっていた。

 中がどうなっているのかはわからない。

 奇妙な緊張感が漂う中、ピシピシという微かな音と共に、繭にわずかな亀裂が走った。

 それを見たサイラスは一層顔を険しくして、シャルルを振り返る。


「御父上、何はともあれここは避難を!」


 サイラスに促され、シャルルも顔を引き締めて頷いた。


「確かに、今はゆっくり話している暇はなさそうだ。君達は音楽で魔獣を制するんだろう?ならば、あそこにある楽器を使ってくれ!」


 シャルルが指差した先――そこには、音楽隊達が避難する直前まで舞踏会のための曲を演奏していたフロアがある。

 そこには、いくつかの楽器が残されていた。

 その中には大きなグランドハープや、立派なドラムセットがあった。

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